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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
国家潜入編
38/428

遭遇せし難敵

 避難を行う騎士は六人。それに俺を加え全員で七人だった。


 道中騎士に聞いたところによると、今回の討伐は性急であったためこうした事前連絡ができず、討伐寸前で行うこととなったらしい。ちなみに避難場所は別所の村。そちらにも騎士が数人赴き、事情を話しているとのことだ。

 村に到着すると、騎士達はまず周囲に魔物がいないかを魔法で確認。いないとわかると呼び掛けを始める。少しすると、村人を一ヶ所に集まり始めた。


 誘導の最中、俺は周囲の警戒を行う。騎士達が村人の護衛を行なうので、魔物が出れば率先して戦うのは俺ということになる。

 なので、俺は陽が沈み夜となり魔法の明かりで照らされた中、騎士とは別に村の入り口付近に佇んでいた。


「問題は、魔物がどう動くかだな」


 もし騎士団の中に首謀者がいるとしたら、昨夜の戦いを見ていたはず。一撃で悪魔も魔物も倒す姿を見れば、ここに数で押し寄せてくるか、強力な魔物を連れてくるかのどちらかだろう。

 そうして俺達を攻撃する……あるいは、俺のいない時を見計らい女王を襲撃するか。


 ともあれ、もしこちらに来たならば相手の出方が多少なりともわかる。間違いなく敵の目的は――


「俺を殺すため、だろうな」


 推察しつつ、騎士へ目を向ける。村人を集め点呼を取っている段階だった。

 そこで俺は静かに剣を抜いた。一方で騎士達は村人を集め終え、移動を始めようとする。


 その時、ふいにどこからか咆哮が聞こえた。


「古竜か?」


 俺は空を見上げる。響いた方角まではわからなかったが、結構距離があるのだけは理解できた。

 だが村人達は警戒し始めた様子で、騎士達と何やら話を始める。それを騎士がなだめ、先頭に立ち入口へと歩み始めた。


 ここからは避難場所まで同行することになっている。時間としては深夜にまたがるかもしれないとのことだが、致し方ないだろう。

 俺は先頭を歩く騎士を一度見て、彼らの歩調に合わせ歩こうとした――しかし、またも咆哮が響き、足が止まる。


「……ん?」


 心なしか、音が近づいている気がした。方角としては、街道からだろうか。


「近づいているのか?」


 呟きつつ騎士へ視線を流す。彼も咆哮の場所に推察がついたのか、村人を一度停止させていた。


「古竜が近づいている可能性があります。一度ここで様子を」


 そう騎士が村人へ発し――次の瞬間、今度はドン、ドンという重い音が聞こえ始めた。


「……え?」


 俺は首をやり、音のありかを探る。断続的に続いているそれは、少しずつ大きくなっている。

 同時に考えたのは、最悪の可能性。


「……セディ殿!」


 騎士が叫ぶ。村人もにわかに不安な顔を見せ、口々に会話を始める。


「これは……」


 俺は近づきつつある音――おそらく足音に注意を向ける。少しずつ近づいているそれは、一定の意思を持っているかのように大きくなっていく。

 先ほど、自分が想像していた可能性を頭に浮かべる――魔物がここに襲来した場合、俺を殺しにかかるだろうという推測。多少は心構えをしていたが、まさか……古竜自身が来るというのか。


 正直、予想外も甚だしい。相手は古竜を操っていると推察していた以上、このようなことになる可能性はゼロでないのは確かだった。しかし、いくらなんでも――俺は内心首謀者に悪態をつきつつ、どうするか思案する。

 その間にも、咆哮が響き渡る。明らかに距離が近くなっている。ここにきて村人だけでなく騎士達も不安げな表情を浮かび始めた。誰もが最悪なケースを想定し、村人の中には祈りを捧げる様なポーズをとる人もいる。


 きまぐれであれば、こちらを無視する可能性はある。しかし、古竜は紛れもなくこちらに迫っていると考えた方がいい。


「――森へ逃げるようにしてください!」


 俺は騎士や村人達へ叫ぶ。そこへさらなる咆哮と足音。間違いなく、先ほどよりも近い。

 こちらの言葉に最初反応したのは騎士達。特に先頭にいる人物が俺に視線をやった。


「早く!」


 俺は急かすように檄を飛ばす。瞬間、騎士は弾かれたように村人達へ向き直り、反対側の森を指差し叫ぶ。


「入口と反対側から避難を!」


 彼の声と共に、村人達は一斉に動き出す。悲鳴に近い声を上げる者もいる中、騎士達は少人数で必死に統制に努める。


「セディ殿――!」


 そこへ指示を出した騎士の声。俺は彼に一度首を向け、


「すぐに追いますから!」

「わかりました……こちらは魔物がいないか逐一確認しながら進みます! お気をつけて!」

「はい!」


 返事をした後、再度村の入口を見た。

 後方では次第に声が遠ざかっていく。それに少しばかり安堵しつつ、一度深呼吸をした。


 息をゆっくりと吐き出した時、正面からズドン、というひどく重い音が聞こえた。暗がりで見えないが、紛れもなく古竜が俺の真正面にいる。

 剣を握り締め、静かに魔力を込める。直後、雄叫びが周囲にこだました。魔力に反応したのか、それとも俺を見定めたのかわからないが――声が途絶えた瞬間、体に響くような、こちらへ駆ける音が生じ始めた。


「来る、か……」


 呟き、暗がりを注視し……古竜を視界に捉えた。

 猛然と駆けるその姿に俺は少なからず畏怖を感じつつ、目だけはしっかりと相手を見据える。


 背丈だけで俺の五倍以上はあろうかという巨体。首は長く俺を射抜くように顔を向け、二本の足によって走って来る。

 翼は俺の視界からは見えない。火山の洞窟に籠るように暮らした結果、飛ぶ能力は退化してしまったのだろう。代わりに大地を踏みしめる足は太く、人間とは比較にならない大きな一歩により、鈍重ながらも恐ろしい速度で迫ってくる。


 そして魔力が感じられる強固な茶褐色の鱗に覆われ、所々真紅の皮膚が見える――そこまで確認すると、俺は待ち得る魔法具を全開放した。

 これだけの巨体を押し留める方法は、非常に少ない。魔法で対処しても良かったが、選択を誤ると俺は死ぬだろう。


 だから、一番確実な方法を取ることにした。


「――おおっ!」


 古竜に負けじと叫びながら、剣をすくい上げるように放った。


 剣先が地面に接地した瞬間光が大地に収束し、それは古竜に負けず劣らずの高さを持つ鋭さを持った光へと変化する。大地の魔力を借り巨大な刃を生み出す――そういう技だ。

 俺は剣を勢いよく振り抜く。それにより巨大な刃は地面を砕きながら猛然と古竜へ襲い掛かった。


 古竜はその攻撃に対しても、走るのをやめなかった。いや、正確に言うと止まらなかったのかもしれない。とにかく古竜と白い光は正面から衝突し、せめぎ合う。

 これで倒せるとは思っていない。だが時間稼ぎにはなる。俺はすかさず次の行動に移ろうとして――古竜が剣戟によって弾き飛ばされるのを見た。


 けれど衝撃はそれほど大きくなかったようで、二本の足によって体を支え体勢を整える。対する俺はさらに剣先に魔力を収束させ、追撃を加える構えを見せた。

 それに古竜は叫ぶことで応じた。俺に怒りを抱いたか濁り切った真紅の瞳はこちらを射抜き、一飲みにしてやろうかという暴虐な気配を見せる。


 しかし俺は反応を示さず、剣に魔力を込め続ける。


 エーレとの戦いの時のように強大な力を使って叩き伏せることは、できるかもしれない――のだが、それには結集した剣を接近し当てる必要がある。接近すること自体巨大なリスクであるため、俺としてはできれば控えたい。

 そして現状俺の能力では、先ほどの巨大な光にエーレと戦った威力を加えることは難しい。


 だから、次の手は一つしかなかった。


「――おあああっ!」


 先ほどと同様魔力を刀身に収束させ、今度は剣を振り上げ地面に叩きつけるように斬った。直後剣先からまたも魔力が溢れ、今度は地面を伝い白い塊が古竜へ向かう。

 古竜は攻撃の発生に対し一歩も引かず、俺に突撃を敢行する。そして光が古竜の足下に迫り――白き光が炸裂した。


 魔力を凝縮し、地面に走らせ衝撃波を放つ技。かなり出力を上げたため、爆発した瞬間周辺を覆い尽くすような白光と耳を塞ぎたくなるような爆音が轟く。

 さらにその衝撃波の規模は、古竜を飲み込むほどの大きさとなる。


「っ!」


 俺は呻きつつ慌てて後方に下がる。シアナの指輪の力を全力で使った一撃だったのだが、予想よりもかなり大きかった。


「けど、これで……多少なりとも手傷は負わせられたはず」


 呟く間に光が消え、古竜が姿を現す。


 明かりに照らされた古竜は超然と俺を見下ろしてはいた。しかし衝撃波により至るとことに傷が散見され、中には強固な鱗を弾き飛ばし皮膚にすら一撃が食い込んでいるのが見て取れた。

 一目見てかなりの手応えを感じる。これなら連撃を加えれば十分に傷を負わせることができる。致命傷を与える前に古竜は逃げ出すと思うが、足止めできることだけは間違いないだろう。


「ならここでもう一度――」


 言った瞬間、古竜の雄叫びが夜空を切り裂いた。さらには足を後方に向け、退却を意思を見せる。


「逃げる、か……」


 追い払えた――古竜は踵を返しそのまま村から離れて行く。一方の俺は無理することなく佇み、逃げるのを静かに見送った。


「ひとまず、事なきを得たか……」


 足音が遠ざかっていくと、俺は深く息を吐き構えを崩す。

 追撃すれば倒せる可能性も――いや、さすがにそれはジクレイト王国に大きな問題が生じることもあるし、何より危険。魔物や悪魔が襲来した経緯がある以上、追撃すれば魔物と古竜、同時に戦うことになるかもしれない。


 ひとまず、犠牲が出ずに済んだ。それで満足とし、後方を見る。

 騎士達の姿はない。とりあえず追わないと……思いつつ、森へと走り始めた。






 ――野営地に戻って来た時、俺は相当の驚愕によって迎えられた。状況は伝わっているらしく、騎士達からは一様に驚かれた。

 けれど、女王のテントの中では少し反応が違った。


「改めて、あなたの力には驚かされますね」


 女王から、そう言葉をもらう。一方彼女の傍らにいるレナは俺の功績を知っているせいか、さして驚いている風には見えない。

 そんな二人に俺は「運が良かっただけです」と答えつつ、一つ見解を述べた。


「女王、古竜の動きですが……故意に、俺達を襲ったものと思われます」

「故意……そうですね。私もそう思います」


 俺の意見に女王は深く頷き、口を開く。


「セディ様が来たと同時に襲い掛かってきたわけですから、作為的なものがあるとみて間違いないでしょう」

「では、敵は古竜も支配化に?」


 レナが尋ねる。対する女王は険しい顔で彼女に応じる。


「魔物や悪魔の件と合わせ……新たな懸念が生まれたということになりますね」

「はい。それで確認ですが……」


 俺は厳しい顔をする女王へ問い掛ける。


「討伐は予定通り行うということで、よろしいんですね?」

「ここまで来た以上、引き下がるようなことはしません」


 決然と女王は応じる。俺は「わかりました」と答え、女王へ語る。


「俺はひとまず女王の護衛……ですが、騎士団が動き回っている状況で女王を暗殺するような真似はしないでしょう。一番考えられるのは、古竜と魔物による複合攻撃です」

「複合……つまり、古竜と魔物を同時に相手する必要があると」

「はい。もしそうなったら、俺が率先して魔物を倒します」


 もし数が多い場合、他の騎士達の援護も必要になるかもしれないが……そこは実際状況を見ないとどうとも言えない。


「わかりました」


 俺の言葉に、女王は頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「わかりました」


 女王の意志に応えるよう深く頷く。彼女は古竜の討伐を望んではいる――しかし、それでいて騎士達の生存を願っている。

 だが、生存を願う騎士の中に女王の命を狙う者がいる可能性が――俺はこの問題の根深さを改めて感じながら、女王の傍らにいるレナを見据えた。


 彼女はどこか悲しげに俺を見返している。きっと考えていることは同じ。俺は女王に「周囲の様子を見ます」と告げ、静かに天幕の外へ出た。


 外では騎士がせわしなく動き、周囲を警戒している。その中で俺は夜空を見上げる。

 綺麗な星空。どこか胸のすくような思いを抱きつつも、明日の戦いを思い、誰も犠牲とならないよう戦い抜くことを固く誓った――

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