神界の戦場
外へ出た矢先、俺達は騒動の震源地をすぐに見つけることができた。
城の門を真っ直ぐ進んだ先で、どうやら交戦している。戦場が俺達の所からでもはっきりと見えた。
「走るぞ!」
号令と共に俺達は全速力で駆け出す。途端、くぐもった爆発音が戦場から聞こえた。
「派手にやってるな……!」
「主神達が抑え込んでいるのに、これだけの規模の爆発が……?」
カレンが小さく呟く。確かに主神の力であれば配下であった天使を封じ込めてもおかしくはない。
だがどうやらそうはなっていない……原因は明白だ。神魔の力。
俺達が駆けつけた時、状況としてはかなりまずいことになっていた。戦場になっているのは大通りの交差点。いくつも道が枝分かれしている場所であり、通行人がいたようで端の方では怪我人の治療をする天使の姿もあった。
そして交差点の中央。そこにエブンと思しき存在が立っていた……思しきと表現したのは、もはや原形を留めてはいなかったからだ。
天使としての面影は喪失し、体は漆黒の魔力をまとい、魔神と形容しても良い姿へと変貌していた。その変わりように周囲の天使や神族は驚いている……どうやら魔力でエブンだと察しているらしい。
加え、主神と女神のデュガとアミリースは……真正面で対峙しながら厳しい表情をしていた。双方が爆発にでも巻き込まれたのかあちこち負傷している。天使達からすれば主神が傷つけられたという時点で異様な状況だろう。
この光景を見て、動揺が広がらないか……あるいは、俺達が戦闘に参加して大丈夫なのか……疑問はあったけれど、最優先はエブンを倒すことだ。
「……大丈夫、か?」
デュガに近寄り小声で呼び掛ける。それに彼は、
「来てしまったか……状況はわかっているな?」
「ああ。俺はどうする?」
「ヤツの狙いはあくまで私だ。理性が飛んで魔力だけで敵を判断しているらしく……主神の私を明確に狙っている」
彼は笑みを浮かべる。不敵なものではあったが、余裕はなさそうに見えた。
「勇者セディを狙う可能性もある。それは君が力を発揮しなければわからないことだ」
「なら試してみる」
俺は有無も言わさず剣を抜くと神魔の力を発動させた。直後、エブンは反応。どうやら戦った人間だと認識したらしいが……視線の矛先は、再びデュガへ向かった。
「どうやら大丈夫みたいだな……こちらで食い止める。横から仕留めてくれ――」
デュガが述べた瞬間、エブンが動いた。それは走り出そうとするような所作。だが俺は直感的に理解する。瞬き一つした後に、エブンは間違いなくデュガの間近へ迫る。
刹那、エブンの足下から爆発的な魔力が生じた。それは風の魔法で矢を射出するような無茶苦茶な移動技法。だがそれを使い、エブンはデュガの喉元へ迫った。
周囲の天使達が悲鳴を上げる。アミリースも負傷していたか、それとも周囲を気にしていたのかわからないが一歩対応に遅れた。おそらく先ほどの爆発の時も、こうして迫りデュガに一撃食らわせたのだろう。もしかして主神が――そうこの場にいる者達は予感したかもしれない。
だが俺だけは動けた。デュガとエブンの間に割って入るように剣を差し込み、相手の進路を妨害。それでもエブンは向かったが……俺の刃に触れた瞬間、甲高い音を上げた。
それはもしかすると悲鳴だったのかもしれない――神魔の力を宿した剣はこの上ない効力を発揮し、後退するより先にエブンの体へ一閃する。それにより、音が漏れた。
ジャアアア――表現するのなら、そういう擬音になるだろうか。もはや生物の声とは形容したくないそれを聞きながら、俺はデュガへ告げる。
「対応はできる……真正面から打ち破ろう」
「主神を囮にする方が楽じゃないか?」
「そんなことはしないさ。万が一のこともあるし……何より、神々の戦い方じゃないだろ?」
デュガは小さく笑った。それと同時にエブンが再び迫る。
魔法を無理矢理発動させて体を動かしている。暴走状態であり、速度だけを見れば脅威的で誰もついていけないレベルなのだが……正直、それとわかっていれば事前に対応はできる。この場合、見た目の速度などに騙されず冷静に対処するのがコツだ。
エブンが来る位置を予想して剣を薙ぐ。そのタイミングはドンピシャであり、漆黒の体……おそらく胸元へ入った。またも聞こえる金切り声。昆虫とかが発するような音だと思いながら、俺は追撃を決めるべく剣を一閃する。
だがそれは届かなかった……エブンが逆に後退したためだ。直情的な攻めでは俺を倒すことはできないと判断したか、俺の様子を窺うようになる。
「そうだ……それでいい」
俺は小さく呟いた。標的をデュガではなく俺にしてくれた方が、やりやすい。
その理由は――エブンが動く。まずは俺を仕留めて次にデュガと方針を変更した。
速度は脅威で、俺はまず相手の攻撃を受けた。右手が剣のように鋭くなっており、漆黒の刃と俺の剣が鍔迫り合いとなる。
剣先から神魔の力を発動しているのがはっきりとわかる。このようなやり方で強化する方法も神魔の力にはあるが……俺は、間違っていると思う。
理性を失うような技法は、結局のところ身の破滅を呼び込む……それは勇者ラダンの部下もそうだが、他ならぬラダン自身も同じ事が言えるはずだ。
俺が攻撃を受けた矢先、周囲に展開していた仲間達が攻撃を仕掛けた。ミリーやフィンは動きを鈍らせるために足や腕に斬撃を叩き込み、カレンは金色の炎で漆黒の体を灼く。とはいえ神魔の力を発動させている以上ダメージはほとんどないだろう……だが、
「少しくらいは、役に立たないとな」
デュガが仕掛ける。手に握り締めるのは槍。それが一瞬の内にきらめき、エブンの胸元へ入った。
「そうね。勇者が頑張っているのだから……私達だって負けていられないわ」
アミリースの声。彼女が使用したのは光の剣。デュガの槍へ合わせるように彼女の刃がエブンの胸部を刺し貫く。
とはいえ、まだ足りない。神魔の力を使った天使にはまだ……けれど俺が残っている。
猛攻撃を受けて身動きがとれなくなったエブン。そこへ、俺の渾身の一撃が放たれる。上段からの振り降ろしは、仲間達の援護がなければ使えない――刹那、俺の刃が、エブンの脳天を捉え、その体を駆け抜けた――