神の大きさ
カレン達と色々相談した結果、残る滞在期間は自由に活動するということになった。よって翌日、俺はアミリースの所へ一人で訪れる。
彼女の部屋は王宮で言わせれば王妃が暮らすような……といっても配色などはできるだけ統一して派手さを抑えているような形だった。
女神の部屋に人間が訪れて大丈夫なのかと不安になったのだが、彼女は快く了承してお茶をすることに。さすがに大いなる真実に関する話をするためか侍女のような存在は皆無だ。
「さて、どうぞ」
ティーカップを差し出される。俺は礼を述べた後に一口飲んで、話し始める。
「俺がここに来たのは……別に何か意図があってのことじゃない。ただ、なんというか……しっかりとアミリース達のことを聞いていなかった、と思ってさ」
「私やデュガがどう考えているか……勇者ラダンのことや、大いなる真実のことを?」
「ついでに言えば『原初の力』も、だな」
沈黙が生じる。デュガと面と向かって話せるかはわからないので、彼については聞けずじまいになりそうだけど。
「……そうね、まずは――」
と、ここでノックの音が。即座にアミリースが呼び掛けると扉が開いて、現われたのは――
「どうも」
デュガだった。あまりのタイミングに俺は目が点になる。
「そんなに驚く必要はないさ。アミリースを話をすると聞いて、これは行かなければと思ったまで」
「……何故ですか?」
「最後の最後にアミリースの話をするのであれば、勇者ラダンのことなどをどのように考えているのか、改めて尋ねるくらいのことはするだろうという予想だ。タイミング的に話をするなら今しかないし、推理するのは難しくない」
肩をすくめた後、デュガはアミリースの横へ座った。
「ということで私も混ざる……仕事については心配しなくていい。ここで茶を飲むくらいの余裕はある。あ、それと」
アミリースにお茶をついでもらい、カップを受け取ったデュガは続ける。
「今更言うのもあれだが、私に対しても砕けた口調でいいぞ。主神だからといって遠慮する必要はない」
「……わかった」
これから話す内容については、かしこまるより普通の方が良いだろうと判断し、俺はデュガに応じた。
「それで、改めて問うが……勇者ラダンを始め、一連の出来事をどう思っている?」
「まず、彼自身やり方はどうあれこの世界をどうにかしようという意思があるのは間違いない。彼に全てを握らせることでどのような結末を招くのか……正直悪い予感しかしないが、そこについては彼の意思を尊重したい」
「尊重……か」
「肯定しているわけではないさ。ただ、世界をどうしていくべきか……あるいは、どのように運営していくか。そのやり方は千差万別であり、主義主張が対立するのは当然だ。世界を管理しようとする意思のある者として、ラダンの存在は認めよう。しかし」
「私達は、それを真っ向から否定する」
アミリースの言葉だった。デュガもまた深々と頷き、
「ラダンは今ある世界を根本から否定している……『原初の力』という不可思議な能力を得たからこその選択かもしれないが、今を維持する私達は、それを否定しなければならない」
「否定……しなければならない、か」
俺は小さく呟く。今の世界を形作った主神に加え、魔王……彼らが勇者ラダンの所業を否定するのは理解できる。
「私達には、自負と誇りがある」
デュガはそう述べた後、俺を見据えた。
「この世界を管理し続けてきたという強い自負が……だからこそ、積み上げてきたものを壊す勇者ラダンを……世界を奪おうとする勇者ラダンを許すことはできない」
と、そこまで述べた後にデュガは苦笑した。
「といっても私達が世界を握っているとまでは言わないけどね……アミリースもまた、同じような見解だとは思うが」
「そうね」
端的にアミリースは応じる。
「確かに勇者ラダンの方にも主張はあるでしょう……彼はこの世界の真相に気付いたわけだし」
「私達も始祖が人間である、という事実はもちろん理解している」
デュガは俺へそう述べた後、
「だが、それは言わば人の歴史だ。人が成してきた事柄であり、その事実をもってして正当性を主張するのは、違うだろうと私は思う」
「管理については歴史的背景などは不要、ということか?」
「そうだ。無論のこと、大いなる真実という名称で秘匿し、神族と魔族の一部が世界秩序を管理しているという世界は、理想とはかけ離れたものであるかもしれない……だが私はその状況を打破できる人物に出会った。それが勇者セディだ」
「俺……か」
「勇者セディのやり方であれば、私達は託そうと考えられる……結局のところ、勇者ラダンは私達を納得できるだけの材料を揃えることができなかった……まあ、そこには彼に真実を正しい形で伝えられなかったという事象も関係はしているが」
「難しいとは思うよ……けれど、そうだな。二人は勇者ラダンの所業を否定するのではなく、自分達の信念と自負により、止めるべきだと考えている、と」
「そうだ」
善悪や正否で戦うのではなく、互いが主張をぶつけてどちらが良いかを決める……か。それが筋の通ったやり方なのかもしれない。
「言ってみれば私達は勇者セディの支持者といったところか……本当にこの世界に風穴を開けることができるのは、君のやり方だと私は思っている」
「俺は単に、管理手法を人間でも扱えるようにとだけ考えているのみなんだけど……」
「今までとアプローチは同じだが、やり方が根本的に違うからな。大いなる真実は、色々な意味で人間を変えてしまう情報だ。だからこそ知れ渡ったのならば、革命的だ」
……俺は単に人間でも管理できるようにと考えているだけだ。しかし、神族や魔王からすれば、重大なことであるという認識でいるのかもしれない。
「……なら」
俺は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「期待に応えることができるように、頑張るよ」
「ああ、助力は可能な限りするからな……と、話はこのくらいでよさそうか?」
「ありがとう」
「ああ。共に仕事ができて、良かったと思う」
そう述べた後、デュガは笑みを浮かべた。彼の姿は絵になるような雰囲気で、また同時に神々の器の大きさを理解することとなった。