天使という貴族
こちらが仕掛けるより先に、天使がこちらを仕留めるべく動いた。狙いは俺自身。先ほどの言葉が多少なりとも効いているのか、明らかに俺だけを狙っている。
正直安い挑発だったと思うのだが、相手には痛かったのかもしれない――そもそも天使は挑発的な言動をされたことなんてあまりないだろうし、ましてや人間相手に……例えばデュガやアミリースであれば、同じように人間から発せられたものに対し頭の中で考察はするだろう。相手の意図を読み、真意を探り、また戦いであればどう対峙するかを思考するはず。
けれど目の前の天使はそうじゃない。明らかに人間を下の存在であると見なし、服従させるべき者だと考えている。だからこそ、先ほどの言葉を発した俺に狙いを定めたのだ。
「――ふっ!」
それに俺は真っ向から挑んだ。神魔の力を引き出して天使の剣と激突する――周囲に響く金属音。ギリギリと剣が噛み合い、鍔迫り合いとなる。
「思った以上に、抵抗するか」
天使は俺にそんな評価を下した。自分の力が人間に負けるはずがない……そう考えているようだ。
まあ、天使であればそんな風に考えるのは至極当然と言えるか。しかし、俺は内心で呟く。目の間にいる人間は、一騎打ちで主神を倒した存在だぞ。
剣にさらに魔力を込め、天使の剣を弾いた。こちらの行動に相手は眉をひそめるが、応じるように魔力を高めて刺突を繰り出す。
それを俺は身をひねって避ける。続けざまに放たれた剣も見極めてかわす。天使の剣筋はひどく直情的で、力押しで攻め立てれば仕留めることができるだろうと侮っているのがわかる。
この場合、下手に勝負を長引かせて警戒心を持たれると面倒だ……そういう結論に達し、俺はまず次に放たれた斬撃を受ける。
次いで魔力に剣を収束。相手としてはそれに応じるべく魔力を高めるのだが――ここで俺は剣をはじき返した。
途端、天使は押し込もうとする。だがその動作が始まるより先に、俺の剣が天使へ届いた。
「なっ……!?」
驚愕した天使はまず俺の剣をさばいたのだが、さらに一閃された剣に対し、脇の甘い防御しかできなかった。そこから俺はラッシュを始める。神魔の力を存分に活用し、さらに身体強化も加えて勝負を決めようとする。
これで逆に押し留められたら不利になるのだが……そこは仲間達がいる。既にカレン達は四方に展開して俺達の戦いの行く末を見守っている。もし天使が反撃して俺が不利になったら仲間が援護に入るだろう。それは神魔の力ではないので天使にダメージは皆無なのだが……動きそのものを妨害することはできる。
その隙に体勢を立て直して……という考えを抱いていたのだが、そこまで考慮するのは杞憂だった。
俺の剣が天使の体を掠める。それによって相手は憤怒の形相を見せた。
「人間……!」
この体を傷つけたな、とかそういうことを言いたかったのかもしれない……例えるなら、目の前の天使は貴族だ。物語の中に出てくるような、傲慢な貴族。自分の地位を鼻にかけて威張り散らしている……さすがに目の前の天使が常日頃威張っているとは思わないが、内心で他の者達のことを馬鹿にしているくらいはやったかもしれない。
その理由は自分だけが真実を知っている……それは実のところ、勇者ラダンに吹き込まれた情報なわけだ。それを知っているからこそ……情報の優位を持っているから、相手を馬鹿にできるというわけだ。
だからまあ、威張って当たり散らし喚いているような、悪役の貴族に見える……まあ実際、戦っている天使は俺達からすれば――世界からすれば悪役だけど。
俺の攻撃が苛烈さを増す。ここに至り天使はまずいと悟ったのか怒りから焦りに表情を変えた。
このままでは自分が刃を食らってしまう……天使はここで引っ掛かっているわけにはいかない。早く建物へ向かわなければと思っているところに加え、人間にしてやられている状況。頭に血が上っていながら、なおかつ焦っている。決着をつけるのであれば、今しかない。
俺はさらに攻撃の速度を上げた。ここに至り仲間達も大丈夫だろうという気配を見せる。それに勘づいたか、それとも俺が仕留めに来ていると悟ったためか、天使は吠えた。
「侮るな……人間が!」
侮っているのはどちらかのか。相手はさらに力を引き出したようだが、俺の神魔の力がそれを上回った。どうやら勇者ラダンから授かった技法はまだまだ未完成らしい。俺はクロエと共に神魔の力を実戦の中で理解していったから、その差が出ただろうか。
力をもらっただけで、満足してしまった……まあ、元々天使だし強者の自負はあっただろう。訓練をしなくとも、容易に魔物などを滅ぼせる存在と考えれば、力を得ても訓練しなかったのはやむなしか。
ふと、俺はデュガなんかは訓練している風に見えたことを思い返す。真実を知っているからこそ……いや、知ったからこそ、だろうか? ともかく大いなる真実を知る者達は研鑽を積み、修練の日々を過ごしているように思える。
やはり、管理の世界というのは一定の責任がある以上、襟を正し向かわなければならないってことだろうか……そんな風に考えた時、いよいよ決着がついた。俺の剣が天使の剣を弾き飛ばした。カランカランと剣が地面を滑り、俺の剣は天使の首筋へ突きつける。
「勝負ありだ……おとなしく、降参してくれないか?」
天使は何も答えない……が、ただ驚愕していた。
「答えはない……ということは、このまま捕縛されるまで待つか?」
「……貴様」
天使はそれでも戦意を失っていない。しかし剣は手元にはない。
次の瞬間、天使の両腕に力が発せられた。瞬間的なもので、身構えていなければ俺が剣を首筋へ突き通すよりも早く、拳が俺へ迫っていたかもしれない。
だが俺は冷静に対処した。魔力を収束した腕へ向かって剣を一閃する。それは神魔の力であり――俺の刃から発せられた魔力と相手の魔力が、相殺される。
「な――」
そんな真似が……という顔を見せた直後、俺の剣が天使の体を捉えた。斬撃は魔力で刃を潰していたので出血はない。しかし神魔の力を直に受け、天使は声もなく倒れ伏した。
「こっちは終了……と」
振り返れば、掃討戦どうやら終わりの気配。俺達は天使を捕縛魔法で拘束した後、デュガ達の所へ向かうべく歩き始めた。