神族の夜襲
現場に到着すると、まずデュガは俺達へある場所を指差した。そこは一軒の家。石造りかつ周囲と比べてやや大きめの家屋なのだが、彼に促されじっとそこへ視線を集中させる。
わずかながら魔力を感じ取ることができた。あの建物……その地下で会議が開かれているということだろう。
結構な人数いるはずだが、そんな気配を微塵も感じさせないくらい周囲は静か。見張りなども存在せず、完全に周囲に溶け込んでいる。
「怪しさは一切ないな……けど」
俺はもう少しだけ意識を集中させた。気配……らしきものはほんの少しだけ感じられる。さすがに数まではわからないが、地下で何かがあるというのは知覚できる。
「神族同士だと、気付かないことが多い」
俺の様子から気配を探っていると察してきたデュガが声を上げた。
「神界故に、同族の気配を探るのに疎くなる……が、勇者セディならば察することができるみたいだな」
「それほど評価されるようなことでもないと思いますが」
デュガは笑い始める。次いで、
「さて、そろそろ始まるな」
彼が告げた直後、周囲に魔力が。それは一挙に家屋を中心にして一帯を覆う結界が構成される。
途端、地下に存在する魔力がにわかにざわついた。ここが気付かれた――そういう動揺が見え隠れする。
「アミリース」
「ええ」
デュガとアミリースが動き出す。それと同時に天使達も動き始め、建物へと向かう。
彼らは最短距離で家屋へと近づき、玄関から堂々と入った。どうなるのか……俺達は結界の外側で観察し続ける。
やがて、少しばかり魔力がざわつき始めた。その変化は俺にとって明瞭なもので、カレンなども気付いたらしく、
「始まったようですね」
俺が頷くと、さらに魔力が動き始める。ただその気配は逃げるか戦うか……判断に迷っているようにも感じられる。
デュガ達が間近に迫っているという状況で、ここで仕掛けるか否か……どうすべきか悩んでいるのだろう。もっとも、迷う間にデュガ達は決着をつけようと動いている。明らかに他とは異なる魔力が存在し、それが地下を動き回っていることから、これがデュガ達だとわかる。
この調子なら、決着までそう掛からないか。浮き足立っていることから思ったより楽に攻略しそう――
そんな推測を立てた矢先、突如バリバリバリ、と大気を切り裂くような音が聞こえた。何事かと思った矢先、結界に干渉する存在がいるのか、結界そのものが大きく揺らいだ。
「外側の妨害者か?」
「いや、まだ中からみたいよ」
指摘はミリーからのもの。見れば建物から魔力を発している。
「ずいぶんと器用だな……もしかして、建物自体に何か仕掛けがあるのか?」
「そういうことみたいね……さて、こちら側の対応は――」
その時、デュガ達も反撃に転じた。空気を切り裂く魔力を敵が放ったかと思った矢先、味方は地響きすら感じさせるような鳴動の魔力。次の瞬間、地下に存在していた敵と思しき魔力が、一気に飲み込まれた。
「容赦がないな……」
「これ、決まったかもしれませんね」
カレンが呟く。俺は小さく頷いた。
完全勝利を目指し、準備をしてきたデュガ達……相手も神族である以上は非常に厳しい戦いも予想されたのだが……デュガ達が圧倒する結果になっている。
まあ主神があらゆる状況を想定して挑むのだから、これくらいできて当然かもしれないけど。もし敵側がアミリースに対し何かしら対策を講じていたとしても、応じられるだけの余力は残しているだろう。そう確信させられるだけの力を主神は持っている。
俺は主神と戦った時のことを思い返す。あれは完全に俺の自陣に引き込んだ上での勝利だった。確かにああした場を設け、デュガが自らこちらのフィールドに入り込んだという要素はあるにせよ、あの勝ちは本当に条件が恵まれていたからと捉えてよさそうだ。
というか、勝てたことが奇跡と言うべきか……そんなことを思う間に勝負がいよいよ決まる。デュガ達の魔力が完全に地下を覆い尽くした。こうなっては敵も反攻することは無理だろう。このまま俺達の出番はなく終わりそうだ――
「……兄さん」
ふいにカレンが声を上げた。緊張を含むものだったので何事かと思った矢先、気付く。
外側から、こちらへ猛烈な勢いで近づいてくる何かがいる。
「……味方、じゃないよな。さすがにここまで作戦が進んでいるんだ。遅刻して慌ててきたなんてことはあるはずもない」
「敵だとしても、これは……」
「まあ今から結界に入り込んでもおそらくどうにもならないとは思うけど……万が一ってこともある。様子を見に行こうか」
地上かつ、明らかに魔力をたぎらせているので俺達でも容易に捕捉ができる。たぶんだけど、これは誘っているのだ。魔力を拡散して外側にも注意を向けさせ、結界に閉じ込められた者達の負担を軽減しようとしている……ただ、大勢は既に決している。今行動している神族は、無駄足だ。
俺達は速やかに移動を開始。結界を維持する天使とかについては暗がりということもあって見えない。ただそこが狙われたら厄介だ。戦いはこれで終わらせたいだろうし、俺達は最短距離で……相手の顔を見に行くことにしよう。
少しして走り始める。すると相手もこちらに気付いたのか、魔力が明らかに俺達の方へ進路を変えた。これはもしかすると俺達を人質に……とか、そういう意図があるのかもしれない。ともあれ、それでも俺達は止まらなかった。
本当は天使達にでも任せるべき状況かもしれないが、仲間達だって足を止めない。全員わかっている様子。おそらく外部からやって来た者は、天使では止めることができないのだと。
それを確信したのは、接近してきた存在と真正面から対峙した時だった。天使であることは間違いないが、発している魔力……注意を向けさせるその魔力に、何か特殊な力を感じ取った。それは俺自身深く理解できるもの……そう、神魔の力だ。
勇者ラダンの関係者であることは間違いない。問題はどこで神魔の力を得たのか。そしてそうした力を持っておきながらなぜ家屋の会議には出ていないのか……俺達としては出席していないことが功を奏したわけだが、理由については……疑問を頭の中に浮かべた矢先、相手の天使から俺達へ向け言葉が飛んできた。