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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
国家潜入編
36/428

一日目の野営

 討伐に際し、行軍自体は三日程度で終わるらしい。俺としても時間がそれほどかからないのはありがたい……のだが、以前の仲間達がやってこないか少しばかり危惧しているのも事実。


「もし出会えば、俺は逃げざるを得ないのですが」


 一日目の野営。俺は護衛する女王に対してそう告げた。ちなみにレナは食事のため席を外している。


 女王のために用意された天幕は通常のものと比べ大きく、なおかつ女王は地面に敷かれた絨毯の上に設置された椅子に座り、俺の言葉に耳を傾けている。


「一応、別所に見張りを控えさせてもらっているので、近くに来たらわかるはずですが」

「その辺りは運も絡みますが、ひとまず大丈夫でしょう」


 女王はどこか確信を持って応じる。


「今朝出発前に報告が来ました」

「報告? 俺の仲間の情報が?」

「あなたのことを見て、気を遣って騎士の一人が報告してきたのです」


 女王は返答した後、俺に仲間の所在を伝える。


「お仲間は、どうやらあなたの郷里に帰っているようです」


 郷里――俺は以前転移して見た屋敷と花畑を思い出す。


「そこでしばし逗留しているとのこと……少し前の話だそうですが、距離もあるので大丈夫でしょう」

「俺の所在がわかったら、魔法で飛んできそうな気もしますけど」

「情報が伝わるタイムラグもあるので、討伐の間はどうにかなるはずです」


 にこやかに女王は語る。うん、確かに情報が郷里まで伝わるのに時間がかかる。

 推測の域は出なかったがひとまず大丈夫そうだと認識すると、俺は話を変え女王に尋ねた。


「それで現状……護衛は俺とレナの二人体制で?」

「はい」


 女王は神妙な顔つきで頷く。


「正直、俺だけに任せるなんて、よくできましたね……」

「昨日の内に、ロシェへと事情を伝えたのが大きな理由ですね。彼が騎士団を説き伏せたようです」


 ロシェに――それなら納得できるのだが、問題は出ないのだろうか。


「弊害とか、大丈夫ですよね?」

「今のところは何もありませんし」


 楽観的な女王。彼女が言うのであれば、それで良しとするべきなのかもしれない。まあ、行程としては三日なので、不満が出る前に終わるかもしれない。


「わかりました。女王が仰せになるなら」

「ええ」


 頷く女王。妙に愛嬌のある顔で、玉座にいた時と少し印象が異なる気がしたのだが、


「見張りの件は問題ないでしょう。次の問題としては……」


 途端に表情を変える。俺をまっすぐ見つめ、瞳に強い光を伴い、


「古竜の方です。もし戦う場合、犠牲を出さずにしたい」


 俺に言う。女王は以前の戦いを悔いるように――どこか遠い眼差しをしている。


「……あの、女王。一ついいでしょうか?」


 丁度古竜に関する話題も出たので、これを機に俺は質問する。


「古竜と何か因縁が?」

「その辺りは任務を言い渡された際、聞いていないのですか?」

「任務に必要な情報ではないと判断したんだと思います」


 咄嗟に嘘をつく。すると女王は口元に手を当てつつも、俺から目を離さず答えた。


「そうですね。事情を話しておくべきでしょうか」


 女王は切り出し――古竜に関する説明を始めた。

 内容は以前シアナやファールンから聞いたことと同じ。だが、一点だけ大きく違う部分がある。


「そして……その時私の身辺を護衛していた魔法使い、ファールンが古竜によって殺されました」


 ――エーレ達が真実を隠すために用いた、嘘を話す。


「そしてこれは、私にとって弔い合戦とも言うべき戦いです。ファールンが死んだにも関わらず、古竜は存命している……その事実に、私は怒りで身を震わせた時期もありました」


 語る女王の目に、どこか暗い影が走る。


「ですが、私は女王であり、自身を律する必要があります。討伐から帰還した時にはどうにか平静を取り戻し、今日に至るまで国民を守ってきました」

「……そう、ですか」


 俺は女王に相槌を打った。

 どうやら傷は深いらしい……ここで、その部分に踏み込むかどうか迷う。ファールンを含め魔族側は、真実を公にすべきでないと判断し隠した。俺としてはこうした事例は好ましくないと思っているが、女王の態度などを見て判断したとしたら、否定することはできない。


「……そのファールンという方は、女王とどういうご関係だったのですか?」


 俺としては判断材料が少ない。だから、女王に問い掛けた。


「私の一番の理解者であり、一番の友人でした」


 どこか陰のある笑みを見せつつ、女王は答える。


「私が即位する前からずっと付き従っていた人物で、私を守るために必死で魔法使いとなりました。最終的にそれが叶い、家臣にも認められ私の側近として働いていた女性です」


 その時の情景を思い起こすような顔で、女王は語る。きっと、彼女との記憶は女王にとって大切なものだったのだろう――推測が、俺の頭に浮かび上がる。


「だからこそ、でしょうね……ファールンが死んだと知った時、密かに従軍していた魔族の方々にさえ、憎しみを抱くほどでした……彼らが古竜を仕留めていれば、ファールンは死ななかった――そういう気持ちが頭を支配し、錯乱してしまったのです」


 そうした経緯があったからこそ、エーレ達は話さないことを決めたのかもしれない。


「ともあれ、今回の戦いはそのような因縁があるということだけご留意ください。本来、事情を鑑みれば私が出るべき戦いではないはず……しかし犠牲を出さずに決着をつけたいと私が願う以上、退くわけにはいきません」


 決然と言い放つ女王。俺は「わかりました」と答えつつ、さらに女王へ質問する。


「事情は把握致しました……ですが一つだけ、よろしいですか?」

「どうぞ」

「その一事で魔族に憎しみを抱いたと仰られましたが、今もその気持ちが?」


 こういう質問はあまり良くないか――思いはしたが、本心を聞くために仕方ないと割り切る。


「その思いは一時のものでしたから」


 女王は悔いるように笑い、俺へと続ける。


「あの事件でガージェン様にも色々とご迷惑を掛けました。あのようなことが二度とないよう、精進していきたいと考えています」


 女王は語り、話をまとめるように俺へと告げた。


「さて、そろそろレナが戻ってくる頃でしょう。交代してはいかがでしょうか?」

「……そうですね。ここに戻ってくれば、食事に」


 返答し――なおも考える。ここでファールンに関する事実を伝える気は毛頭ない。しかし、


「……女王、もう一点だけよろしいですか?」


 機会がないかもしれないことを考慮し、俺は質問を重ねた。


「ファールンという方が亡くなったという事実は、直接拝見なさったのですか?」

「いえ、従軍していた大いなる真実を知る幹部の方々からです」

「そうですか、なら――」


 多少怖かったが、俺は女王に尋ねた。


「彼女を殺したのが実は魔族である……という可能性は?」


 そう問うた。次の瞬間、女王は眉をひそめる。


「……と、いいますと?」

「いえ、話を聞く限り彼女は無断で古竜を追ったわけですよね? そして、古竜に殺された」

「はい」

「私は勇者として古竜と戦ったこともありますが……古竜というのはそれなりに知性があり、退却するとなれば早々に距離を取るはずです。そして彼女もまさか、一人で突撃していく無鉄砲な人物ではないでしょう。となれば、古竜の動向を隠れて追うくらいのことはしていたでしょうし、古竜もそれに襲い掛かるようなことはしなかったはず……だから真相はそこにいた幹部達の手によって、という可能性も考えられませんか?」


 ――正直、話を蒸し返すという懸念はあった。けれど、ここを聞いておかなければこの問題は永遠に解決しない。そんな風にも感じた。


「俺の言っていることはあくまで推測の域を出ませんが」

「……確かに、あなたのいうことは一理ありますが」


 俺の言葉に女王はどこか、疑問符を頭に浮かべながら話をする。


「なぜ、そのような言を?」

「いえ……もし何かしら事実を隠しているのなら、大いなる真実を知る間柄であっても、由々しきことではないかと」


 どこか勇者としての使命感を覚えている――そういう態度で言った俺に、女王は何かを察したようだった。


「ふむ……つまり、もしこの事件に裏があるとすれば、隠すべきではないと?」

「まさしく」

「確かに隠し立てされるのは不本意ではありますし、同意します。けれど」


 その時、女王は寂しそうな顔を見せる。


「どのような事実であれ、私が彼女を止められなかった。その一事が、全ての大元ですから」


 どこか自身を咎めるように、結論付けた。

 ああ、そうか――彼女は最終的に、自分に責があると認識し、それを押し殺し、人々のために動いている。


「わかりました。ありがとうございます」


 俺はそこで一礼し、


「それとぶしつけな質問、申し訳ありませんでした」


 重ねて言った。対する女王は首を振り、


「大いなる真実を知り色々と気苦労が多いでしょう。共に頑張りましょう」

「……はい」


 俺は短く女王に答え、会話は終わった。






 それからレナが帰ってきたため、俺は夕食を済ませるため外に。


「だけど、夕食の前に……」


 しておくべきことがある。俺は近くにいる騎士を捕まえ、用を足しにいくと伝え、森へ入った。


 既に外は夜なので、森の中は非常に暗い。魔物とか出そうな雰囲気だが、明かりはつけずにそのまま直進する。

 やがて、木々が少なく月明かりが降り注ぐ一角と衝突する。俺は足を止め周囲を見回し――


「こちらです」


 声を聞いた。

 顔を上げる。木の枝に、ファールンが座り込んでいた。


「お疲れ」


 俺が声を掛けると、彼女は小さく頷き木から下り、


「ご報告ですよね」


 確認する。俺は「そうだ」と答え、懐からシアナから渡された書状を取り出した。

 さらにファールンへ報告を行う。口で話す内容としては、書状に載っていないこと。


「女王がどうにか理由を付けて俺と、もう一人レナという元仲間だけが護衛を行うようにしている……レナのことは知っている?」

「もちろんです」


 頷くファールン。ま、側近をやっていた以上当然か。


「私の目から見ても、セディ様と戦っていたレナを護衛に置くのは、正解だと思います」

「そっか。で、後は守護の魔法なんかを天幕の中に張っているみたいだから、大丈夫だと思う」

「そうですか」


 ファールンは書状を確認しながら言う。俺はふと、彼女の体が緊張を帯びているのがわかった。


「女王のことが、気になるか?」


 問うと、ファールンは俺を見た。どこか不安げな瞳。


「アスリ様の命が脅かされているとは思いませんでしたから」

「……そうか」


 彼女にとって、女王の存在は非常に大きいというわけだ。本当ならすぐにでも自分が駆け付けたい――そんな風に彼女は思っているかもしれない。

 だからこそ、俺は彼女に告げる。


「一つ、頼まれてくれないかな」

「何でしょうか?」

「敵が身内にいるのはほぼ確定。そして、もしかするとこの部隊の中にいるかもしれない」


 俺の発言に、ファールンは顔を引き締める。


「そういった方々の監視を?」

「ああ。ただ無理はしなくていい。バレたら一巻の終わりだから……ただ」

「ただ?」

「もし俺やレナのフォローが回らず女王に危機が迫れば……ファールンが助けてくれ」


 その言葉に――ファールンは目を見開いた。


「私が……ですか?」

「もしもの時の話だ」

「ですが、私という存在が露見することは――」

「女王は」


 ファールンの言葉を、俺は半ば止めるように話し出す。


「話を聞いた限りでは、自責の念に駆られているように見受けられた」

「自責……?」


 ファールンは呟き――すぐさまはっとなる。


「女王に尋ねたのですか!?」

「深くは訊いていないよ。事情を知らないから経緯を聞いた程度だ」


 答えたのだが、ファールンの顔にはっきりと蒸し返すなと出ている。


「いや……ほら、前にも言ったと思うけど」

「目の前の戦いに集中してください」


 怒られた。まあ、仕方ないと思うけど。


「前の時もそうですが、やはりセディ様は無茶をしますね」

「無茶か、これ?」

「場合によっては確執を生むかもしれない問題です。もう少し配慮してください」


 ファールンは俺をたしなめるような口調で語り――やがて、我に返ったのか口をつぐんだ。


「……出過ぎた発言、申し訳ありません」

「いや、いいよ。それにファールンの言葉も一理あるから」


 俺は首を振りつつファールンへ言う。しかし、


「けど、俺の意見も言わせてくれ」


 そこだけは重要だと思ったので、提言する。


「さっきも言った通り、女王は自責の念に駆られている。ファールンを死なせてしまったのは自分のせいだと、女王は思っている」

「アスリ様が、ですか……」


 どこか疑わしげなファールンの反応。だが、俺は続ける。


「きっと、女王はファールンを止められなかったことそのものに大きな後悔を抱いている。君が死んだ当初錯乱し、幹部達がそれをエーレに報告し、この事実は伏せるべきだと解釈したようだけど、時間が経過した今では女王もこの事件に理性的となっている。だから俺の見解としては、話しても大丈夫じゃないかと」

「しかし――」

「わかっている。俺だって今すぐに伝えるべきというわけじゃない。この一連の事件が解決した後でもいいし、ずっと先でもいい。ただ、女王の考えはそうだから、いつか話すべきだろうということだ」


 その言葉にファールンは目を細め、思案するように俯く。


「俺はそういう解釈だから、もしもの時女王を守るように頼んだんだ。女王の命がなくなるより、事が露見した方がまだいいだろ? 大丈夫かもしれないとわかれば、ファールンも女王を守るために行動できるだろ?」

「それは……そうですが」

「俺としても、ファールンという後ろ盾があると安心できる。女王は現在、古竜との戦いに神経を注いでいる。俺もきっと、そちらに注力するよう指示される。けど、その時こそ女王が危ない。レナだけでは不安だし、どうしても他に戦力がいる」

「ですが、私が出た場合……」

「無論、最終手段だ。頼む」


 俺はファールンへ懇願する。状況的にも彼女が備えていた方が心強いのは確か。だから、理屈としては比較的正当なはず――


「……わかりました」


 やがて漏れたのは、承諾の言葉。俺は「ありがとう」と答え、改めて話す。


「もちろんレナなんかに事がバレる危険性はある。だから物陰に隠れて援護とかをメインにして、どうしても危ない時だけ、馳せ参じ助けに入るということで――」


 そこまで言った時、遠くから爆音が聞こえた。


「え?」


 振り返る。音が反響してわかりにくかったが……おそらく、野営地からのもの。


「セディ様!」

「ああ、わかった!」


 俺は短く告げると、体を反転させ走り出した。






 俺が野営地へ戻って来た時、いくつかの場所で粉塵が舞っている光景が目に入った。


「敵襲だな」


 再確認するように呟いた時、右方向から気配。顔をやると俺に飛び掛かってくる猿型の魔物がいた。

 気配としては、城で遭遇した魔物とは異なる――間違いなく、従来の魔物だ。


「ふっ!」


 俺はすかさず剣を抜いて一閃する。魔物はこちらに到達する前に剣戟を食らい、空中で消滅した。


「セディ殿!」


 そこへ俺を呼び掛ける声。見ると駆け寄ってくるロシェの姿。


「大丈夫ですか?」

「え、あ、はい」

「良かった。森の中にいると聞いて心配したのです」

「こちらは大丈夫です。それと護衛を任されている状況なのに、申し訳ありません」


 頭を下げようとした俺だが、彼は首を左右に振る。


「警戒の目を常に張るのは不可能ですから……とにかく、掃討にご協力を」

「はい。それで状況は?」

「今のところ怪我人もなく対処できています。ただ、これが一連の人物の仕業かどうかは不明です」


 ロシェは言いながら、周囲に視線を巡らせる。


「ほとんどの敵は倒しました。しかし、先ほどセディ殿が攻撃を受けたように、まだ潜んでいる可能性があります。現在は、騎士達が魔法と目視の両面で他に魔物がいないか警戒している状況です」

「わかりました。俺はひとまず女王の下へ」

「はい。お願いします」


 承諾を受けると俺は女王の天幕まで走る。到着し中に入ると、緊張を帯びたレナと、椅子に座りどこか達観した様子の女王がいた。

「女王」

「現状、ここに来るという結果には至っていません」


 俺が尋ねるより早く、女王は答える。


「魔物の特性も普段通りのようですし、森に潜んでいた魔物達かもしれません」

「ですが、数が多いような気がします」


 女王の言葉にレナが反論する。


「動きも野営地を狙い強襲した形となっています。偶然と捉えるのは危険では」


 そう告げた瞬間、外から咆哮のような音。俺とレナは視線を合わせ、どうするか相談しようとする――


「セディ様、行ってください」


 けれど、女王の指示が先だった。


「ここは保護魔法とレナの護衛だけで十分です」

「……わかりました。女王もご注意をお願いします」


 俺は女王の意見に従い、天幕から飛び出す。

 正面方向に狼型の魔物。労せず倒せる相手だと思いつつ、周囲にいる騎士達がざわついているのに、眉をひそめた。


 彼らだってそれほど苦労はしない相手のはず――考えた直後、またも咆哮。狼が発したものではない。それは俺から見て正面上。木々の上に、存在していた。


「あれは……」


 視界に捉えたのは、筋肉の鎧を身にまとい背中に漆黒の翼を生やした人間型の悪魔。深紅の瞳が俺達を射抜き、鋭く尖った牙を剥き、すぐにでも襲い掛かろうという構えを見せている。


「セディ殿!」


 悪魔に注目した時、ロシェの声が聞こえた。俺は彼の姿を確認しようと視線を転じ――悪魔が動くのを察知する。

 再度目を戻す。同時に悪魔が地面へと着地し、重い音を立てた。さらに狼型の魔物も悪魔の隣に進み、ある予感を覚える。


「来る……!」


 声を発した時、悪魔が翼を広げ突撃を仕掛けた。

 俺は迎え撃つ体勢を整え、左腕を悪魔へかざす。


「防げ――女神の盾!」


 叫び使用したのは結界の魔法。これにより俺と悪魔との間に半透明な壁が生じ、


「セディ殿!」


 再びロシェの声。不安のためだと思われるが――構築した結界に衝突した悪魔は、強度に負け逆に吹き飛んだ。

 シアナの魔法具による力は使っていない。しかし、さすがに女神の力を用いた結界の前には、悪魔も勝てない様子。


 よし――胸中で呟きつつ結界を解除し、剣に魔力を込め走り出す。そして悪魔が体勢を整えようとしている中、剣を振り下ろした。

 対する悪魔は腕を動かし、俺の剣戟を防ぎにかかる。通常の騎士ならば、剣が弾かれて終わりだろう。


 けれどそうはならなかった。次の瞬間剣は腕を易々と両断し、さらに斬撃は体にも走った。


 次に起こったのは悪魔の咆哮。すぐさま塵と化し、悪魔はひどくあっさりと消滅した。

 そこから多少遅れて狼が突っ込んでくる。けれど俺の敵ではなく一刀の下に叩き伏せ、野営地に沈黙が訪れた。


「……どうやら、終わりのようだな」


 俺がポツリと漏らした次の瞬間、周囲の騎士達が声を上げ始める。耳を傾けると号令であったため、戦闘の事後処理に入ったのだとわかった。


「セディ殿」


 次に聞こえたのはロシェの呼び掛け。見ると驚いた表情をする彼が立っていた。


「まさか正面から戦って勝てるとは……」

「このくらいできないと、魔王には挑めませんよ」


 ちょっと冗談交じりに呟く。ロシェは一度目を見開き俺を見た後……笑みを浮かべ、小さく頭を下げた。

 ……どうやら先ほどの戦闘により、畏敬か何かを抱いた様子。


「私は騎士の状況を確認して参ります。セディ殿は一度女王の下へ」

「はい」


 答えるとロシェは格式ばった動きで他の騎士の下へ歩んでいく。

 それを見送りながら、ふと考える。勇者として強敵と戦い続け、なおかつ現在俺の周りには魔王もしくはそれに準ずる幹部ばかりであるため、感覚が麻痺しているのかもしれない――普通の人間に言わせれば、あんな悪魔を正面切って倒すなど、それこそ偉業と呼べるものだろう。


「ま、それで信頼を置いてくれるのであれば、利用させてもらおう」


 活動がしやすくなるので上手く使わせてもらう。相手の態度をそういう風に利用するのはちょっとばかし心苦しいが、女王の命を守るためと思い飲み込むことにした。

 俺は剣を鞘に収め再び女王のいる天幕へ向かう。中に入るとにっこりと微笑む女王と、安堵しているレナがいた。


「終わったようですね」


 女王が口を開く。俺は小さく頷き、


「悪魔のような存在がいたので……作為的である可能性が高いでしょう」


 口にしつつ、さらに付け加える。


「問題は、城で遭遇した魔物と形状や特性が大きく違う点です。城にいた魔物はかなり特殊であったにも関わらず、悪魔とはいえ今回は従来存在している魔物となります。ここから導き出されるのは……首謀者は通常の魔物も作り出せるということです」

「ですね。いつどうやって作り出しているのかは……首謀者がわからない以上どうにもならないので、ひとまず保留でお願いします。後は、城からの報告を待ちましょう」


 報告――女王の言葉に反応したのはレナだった。


「報告、とは?」

「レナには話していませんでしたね。実は密かに城内を見張っている者がいるのです。その者には私の部屋の周囲などを監視させ、怪しいことがないか随時報告が来るようにしてあります」


 シアナのことだろう。ただ大いなる真実に関わる部分が含まれるので、レナに詳しい話をすることはできない。


「ではレナ。セディ様も戻ったことなので、ひとまず野営地全体の状況を見て、報告をお願いします。もし問題があればロシェと連携し対応を」

「わかりました」


 レナは一礼し、俺と交代で天幕の外へ出て行った。

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