神界の文献
俺とカレンが次に訪れたのは図書館……らしき場所。ここの近くへ来たのはまったくの偶然なのだが、カレンが大量の本棚を見つけ入りたいと言ってきたのだ。
室内に入ると、光によって本が傷むのを避けるためか太陽光は必要最低限かつ、魔法の光によって照らされている。目を見張るのはその規模。ここは独立した建物ではなく、城の一角に存在する一室であることは間違いないのだが、とにかく広い。なおかつ二層構造で階段まで存在しており、玉座のように圧倒される場所だった。
「さすが、神界も歴史が長いし蔵書が多いんだな」
「そうですね」
カレンは応じながら近くの本棚に目をやった。
「背表紙を見る限り、この棚は統計情報などを記載した資料みたいです。ただ、古いですね……ここにあるのは二百年前のものです」
「人間と寿命が違いすぎるし、スケールが違うな……二百年前の資料か。人間だと、国が残っていなければ資料も散逸するからなあ。そこまで古い書物ってあまり見ないんじゃないか?」
「そうですね。そもそもこれだけ綺麗に残っている書物はないですし――」
「ようこそ、資料室へ」
俺達に声を掛けてくる人物が。見ると柔和な笑みを見せる男性司書が一人。
白いローブを着て、なおかつ腰まで届く茶髪を三つ編みにまとめているという、女性のような出で立ちを持つ人物だった。声で男性とわかるのだが、その柔和な顔つきも相まって中性的に映る。
「えっと、あの――」
「アミリース様によって神界を訪れた勇者殿とそのお仲間、ですね? 存じていますし、ここに入るのは自由ですよ。気になさらなくとも大丈夫です」
こちらを安心させるような声音で語る男性司書。
「あ、自己紹介を。私の名はルーノ=ヴェシス。この資料室の運営、管理を行っております」
「これだけの蔵書を、お一人で?」
「いえ、さすがにスタッフは他にもいますよ。まあ私はこの資料室……第二資料室の管理を任されている室長、という肩書きですね」
室長……なるほどと思った時、カレンは眉をひそめ、
「……第二、資料室?」
「ええ、この城には全部で第九まで資料室が存在します」
「もしかして、これだけの規模の資料室が九つ?」
「ええまあ、そういうことになりますね。あ、この資料室の規模は全資料室の中で真ん中くらいですね」
……これで、真ん中か。入口付近から見ると、奥行きがあるので先が見えなかったりするのだが。
「神界の歴史は長いですからね。例えばあなた方人間の国であるなら国家が断絶するなどしてしまいますが、神界は生まれた当初から同じ枠組みで続いています。よって、それだけ資料も多くなるわけです」
「……ここにある蔵書は、統計資料なんですか?」
カレンが尋ねる。それに対しルーノは首肯した。
「はい、統計資料に加え、歴史に関する資料も」
「他の資料室はどのような蔵書があるのか決まっているのですか?」
「ええ、そうですね。例えば第三資料室などは地図などの資料が多いですね……ただ」
と、彼は苦笑する。
「実を言うと資料が多くなるごとに数を増やした結果なので、どういう資料があるのか決まっているわけではないのです。ここも元々第一資料室から多くなった歴史資料と、統計資料を管理するために増設されたものなので、厳密に蔵書内容が決まっているわけではありませんね」
はあー、なるほど……ってことは、
「現在は増えに増えて第九までになった、と」
「はい、そういうことになります。さらに増やそうか、という話もありますね」
まだ増えるのか……内心で驚いていると、一つ気になることが。
「あの、そんな簡単に増やせるものなのですか?」
「増築を行えば」
そんな簡単に言っているけど……俺が疑問に思っているとルーノは理解できたようで、
「ああ、増築なんてすぐにやるのは難しいのでは、と思っているのですね? 確かに人の手では厳しいでしょうが、私達神族ならばそれほど難しくはありません。今私達がいる城に、付け加えることはできます」
人間であれば、増築なんて大仕事であり困難を極めると思うのだが、どうやら神族達は持ち前の能力によって対処ができるらしい。
「ここの資料については統計などが主なのであまり面白みはないと思いますが……ご覧になりますか?」
「良いんですか? 閲覧制限などは……」
「一切ありませんので」
ルーノはニコリとしながら俺達へ応じた。
ただ、統計資料というのは面白みがないかなあ……いや、そもそも資料室という名称がついているわけだし、例えば物語などがあるわけではないのか。
俺は一冊の本を手にとってみる。綺麗に装丁されているが、ずいぶんと年季が入っている。
中身を読んでみるとどうやら人口統計資料らしい。村名が記載され、人口分布などがきっちり記載されている。
人の国で村単位を正確に資料として残しているのは、ジクレイト王国くらいじゃないだろうか……統計手法などは例えば女王アスリなら興味を抱くところかもしれないが、あいにく俺は関心がないので尋ねるつもりはないけど。
歴史資料とかがあると語っていたし、その辺りを少し読んでみようか……と、資料を本棚に戻しながら思っていると、首筋に違和感を覚えた。
「……ん?」
なんだろう、チクリとしたような……痛みではない。服がけば立っていてイライラする時のような感触に似ている。
振り向いてみると、別の本棚に目を向けているカレンの姿と、本棚に目を移しているルーノの姿。するとこっちに首を向けているためか彼が声を掛けてきた。
「どうしましたか?」
「ああ、いえ」
特に何も、と答えて目を本棚へ。気のせいかな? でも、なんだか違和感が……ルーノが勇者の俺を珍しげに眺めていたとかだろうか?
まあ仮にそうであったとしても敵意とかはないみたいだし、俺も変に言及したら不思議がられるかもしれないので、言及はしないでおくことにする。
それから歴史資料なども漁ってみたのだが、神界で起きた事件などの詳細などが記載された物だった。その辺りについては興味もあったが探索する時間がなくなるので、今日のところは退散することに。
「またお越しください」
そんなルーノの言葉を背中に受けながら、俺とカレンは資料室を後にした。