庭園と天使
城内を歩き始めてすぐに気付いたことは、この神界に取り巻く濃い魔力……ここまで進んできて気付かなかったのは他のことに意識を集中させていたからか。
大気中の魔力が濃いからといって別段魔法などの威力に影響が出るわけではないのだが、大きな違いとして人間を含めた動植物の生育に影響が出る。世界には発生する魔力が特殊であるために何かしら人間が能力を抱える土地があるそうだ。また、濃密な魔力があれば魔物もそれだけ強靱になる……神界はそうした空間がどこまでも広がっており、この白亜の城は最たるものと考えてよさそうだ。
「幻想的な光景ですが」
ふと横を歩くカレンが呟く。
「それでいて厳かな雰囲気ですね……」
「ああ、まったくだ」
「ただ、人気がまったくありませんが」
「俺達を呼ぶために人払いをしたんだろ?」
それにしたってずいぶんなものだけど……大いなる真実に関する会話をだということで、警戒したのだろうか?
俺はカレンへ真実に関して疑問を投げかけようとして……やめた。気配がないと感じているわけだが、実際は誰かが俺達を監視している可能性もある。そうした人に真実を知っていることを把握されたら面倒なことになるかもしれない。相手は俺やカレンを地力で上回る存在……警戒はすべきだ。
なら頭の中で考察するしかないのだが……これだけ人払いをする主神、デュガの内心は推測しかできないが、俺達の会話を絶対に知られてはならないという強固な意思を感じ取ることはできる。つまり現状、これくらいしなければならないくらいには、敵が誰だかわからないというわけだ。
そういえばデュガは俺達の歓待方式についても言及していた。大いなる真実を知る者ならば俺達を招く手段については納得するだろうけど、もしそうじゃない場合……どう考えているのか?
頭の中で考察する間に、俺達は廊下を抜け外へ。そこは中庭みたいなのだが……まるで森のような広い庭が、眼下に存在していた。
下り階段を経由して中庭まで入れるみたいなのだが、鬱蒼と茂る青々とした木々に加え、色とりどりの花々。ここに妖精などが加わったら最高に幻想的な場面だが、中庭にいたのは天使らしき者達……いや、こっちも十分幻想的か。
「ようやく天使に会えましたが……」
「話を聞くにしろ、どうだろうな」
頭をかきながら周囲を見回す。俺達のことは通達されているとデュガは言っていたので、表面上は愛想良く振る舞ってくれると思うのだが。
無理して話を聞こうとする必要はないかな? それに強引に質問をしたら怪しまれる可能性だってあるし。
「とりあえず、中庭に行ってみましょうか」
カレンに言われ、俺は「そうだな」と返事をして階段を下り始める。ここに至るまで城の建材は全て真っ白。なおかつ庭園も手入れがきちんと行き届いており……エーレが見たら羨ましがること請け合いの光景である。
中庭は森と呼んでもいい木々が太陽の光を遮り、ずいぶんと涼しげな空間だった。なおかつ不思議なことに暗い影のような場所は見受けられず、太陽光の光で森の中を進んでも問題ないよう上手く配慮がなされている。
肝心の天使達だが、こちらに気付くとニコリとなる。反応としてはそれくらいで、話し掛けてもフレンドリーに対応してくれそうな印象。
神族というのは天使と神々を含んだものとなるわけだが、背に翼を持つ天使と言われる存在はこの城の中にどのくらいいるのだろうか……どうしよう、尋ねてもいいかな。
「――すみません」
悩んでいる間に、俺よりも先にカレンが天使達へ話し掛けた。両方とも女性であり、片方は黒髪、もう片方は茶髪かつ、双方とも腰まで届くくらいの長さを持つ。顔立ちは……ここが町中なら、問答無用で男性から声を掛けられるのは間違いないくらいには綺麗。
「ご不快でなければお尋ねしたいのですが……ここで何を?」
「休憩中ですよ」
黒髪の天使が答える。それに合わせるようにあはは、と茶髪の天使が笑う。
「勇者様ご一行からすると、私達は普段どのようなことをしているのか想像しづらいかもしれませんが、この巨大な城を管理する上で、私達天使の存在が必要なのです。その仕事の合間に、こうして休憩を」
つまりあれか、事務員ということか。そんな表現をするのは身もふたもない気がするけど、他に適合する言葉が見当たらないので仕方がない。
仕事をしていて友人と談笑中……ってことかな。ギルドで働く事務員とやっていることは変わらないのだが、談笑している場所がこんな幻想的な空間なので、なんだかそういう談笑も高尚なものに見えてきてしまう。
これは相手が天使だから、というのもあるのかなあ……気圧されているのかと思っていると、カレンがさらに問い掛ける。
「他の方々も休憩中なのですか?」
「場所によって仕事をする時間帯もマチマチなので、休憩が重なる所と重ならない所がありますね」
シフト制か何かかな? なんというか、話を聞く度に人間くささが増していく。
巨大な組織を維持運営するには役人的な存在は必要不可欠だし、これは仕方のないことなのかな……そんな風に考えていると、天使達は微笑を見せた。
「勇者様達だけにお話ししておきますと、私達天使を始めとした神界の者達は、そのほとんどがあなた方人間と同じように生活をしています。この城に務める者については少しだけ特殊かもしれませんが……それでも、多くの神族は人と同様の営みをしています。畑を耕し、物を売り歩き、酒場で共に食事をして歌うような営みを」
「なるほど……」
「皆様が想像する神々は、それこそ上位の者達ばかりですね。同じ天使であっても、女神様達にお仕えする者達は、違うかもしれません」
ふむ、一兵卒が王様の生活様式を把握できないのと同じように、天使達も全部同じ立場で動いている、という解釈はできないみたいだな。まあ組織として階級が存在する以上は仕方のない話か。
そしてこの城……というか、この神の大地に暮らす大半の者達は、人間とそれほど変わらない生活スタイル、と天使達は言いたいようだ。さらに言えば俺達が神界に到着して見ることができた町……そこでは俺達の想像する天使達とは異なり、人間味のある光景が広がっているのだろう。
そう思うと少しばかり親近感が湧いてくる。緊張も抜けたので俺達は天使達へ礼を述べ、庭園を後にしてさらに散策を続けることにした。




