主神の問い掛け
「さて、神界に関する現状だが……大いなる真実を知らない者からすれば、至って平和。来たるべき魔王との戦争に準備……をしているかどうかは微妙なところではあるが、神界の運営については順調極まりない」
そう神界の主神、デュガは切り出した。
「私の配下達もよく仕事をしてくれていて、盤石の支配体制を確立している。この場所以外に神界には町なども存在するが治安も問題ない。もちろん人間と同じように争い事やいさかいは存在するが、それは起きて仕方のないことであり、小さいことなので捨て置くことにする」
「表面上は、問題ないってことですね」
俺の意見にデュガは「そうだ」と応じた。
「あくまで表面上は、という点が重要だ。では真実は……大いなる真実を知る者からすればどうか。さすがに大っぴらに何かをされているわけじゃない。ただ、勇者ラダンの陰がちらついているのも事実」
「……この大地には、多数の地下があると聞きました」
デュガに対し話し始めたのは、カレン。
「そこで何かしら動いている、と?」
「その可能性も十二分にある。しかし、それ以外……どうやら勇者ラダンに連なる一派は厄介事を準備しているらしい」
「厄介事?」
俺が聞き返すとデュガは頷き、
「ああ。そのものズバリ、反乱だな」
「……厄介事で済ませられるものじゃないと思うんですが」
率直な感想を述べるとデュガは笑い始めた。
「ははは、確かに勇者セディの言うとおりなんだが……ただ今日明日にどうにかなるというわけじゃない。そもそも勇者ラダンが雲隠れしているせいで情報のやり取りができていないようだ。ラダンの関係者……裏切り者と呼称するが、彼らはどうやらラダンが何かしらのトラブルに巻き込まれており、その詳細が判明するまではみだりに動かない、という取り決めをしているようだ。つまり」
「現時点で、動く可能性は低いと」
俺の言葉にデュガは「そうだ」と肯定する。
「そのことから考えても、裏切り者は勇者ラダンをリーダーとして指示を受けていることがわかる。問題は彼ら裏切り者について……どうやら全員が大いなる真実を知っているわけじゃない、ということだ」
「どういうことですか?」
「実はその一人……といっても下っ端なのだが、構成員を捕まえたことがある。怪しい動きをしていたためなのだが、さすがに勇者ラダンに関する情報は吐かなかった……というより、どうやら知らなかったらしい」
「知らない?」
「言ってみれば現体制に不満のある者達を集め、反乱を起こそうとしている……それが表向きの理由であり、勇者ラダンが裏で糸を引いているということは、大半の構成員も知らないというわけだ」
「……なるほど。なら、なぜあなた方は裏切り者が勇者ラダンの関係者であるとわかったんですか?」
「彼らが所持していた武具の中に、神魔の力に関連する物があったためだ」
ああ、そういうことか。それは何よりの証拠となるな。
「頭の痛い話だが、どうやら神界にいる裏切り者は勇者ラダンから武具を提供されているようだ。しかもそれは神魔の力に由来するもの。実際にラダンは勇者セディが接触する前にその物品を手にしているようだが、それを用いて『原初の力』に触れることができたわけではないらしい。ただ、そうした道具を研究し続けた結果、到達する可能性はゼロではない」
「人間を使わず、武具を用いて……ということですか」
それが成功したら勇者ラダンの独壇場になるな。それだけは、絶対に防がなければならない。
「私達の方針としては、勇者ラダンに連なる勢力の打倒と、彼らの存在を糸口にした勇者ラダンの発見だが……さすがにそこは厳しいかもしれないな」
「あ、ちなみにどのような武具なのか、解析はできたんですか?」
神魔の力に関連することなら、分析する価値はあるが。
「ああ、その辺りはもちろんしたさ。ただ未完成品もいいところで、神魔の力そのものの詳細な分析はできなかった」
デュガは述べると一度息をつき、
「今後、武器についても得られたら分析することにする。こちらとしても神魔の力に関する情報を得られるのは良い……さて、話は変わるが私としては一つ訊きたいことがあった。実を言うと、人払いをしているのは質問をしたいからだ」
……な、何だ? 途端にデュガの表情が厳しくなる。一体何を知りたいんだ?
唐突な表情に対し、仲間達も……アミリースもまた深刻な表情となる。彼女もまたそんな顔をするということは……予想外の問い掛けだったのか?
「……なんでしょうか」
俺が問い掛けるとデュガは一拍置いて、
「……肝心の原初の力について、だ。それについて君の意見を、私は聞いていない」
俺の、意見?
「原初の力について、私は色んな者達から聞いている……が、勇者セディが原初の力についてどういう意見を持っているのかは知らない。私はそこをどうしても聞きたかった……アミリースがこの勇者こそ、と太鼓判を押す人物だ。この管理世界のことを知り、学ぼうとしている意欲もある。加え、仲間達も適応しようとしている。理想的だとは思う。しかし」
デュガは真っ直ぐ俺を見据え、述べる。
「……君が、勇者ラダンのようにならないという保証はどこにもない」
――ああ、なるほどな。そういうことか。
アミリースは俺のことをしっかりと見定め、認めた。けれど情報でしか受け取っていないデュガにしてみれば、果たしてそれは真実なのかを疑ってしまうということか。
そもそも同胞にさえ疑いの目を向けなければならない状況なのだ。魔王や女神からの推薦とはいえ、勇者ラダンと同じ人間……どういう考えを持っているのかを聞きたいのは、理解できる。
そしてこれは、俺にしかできないことでもある……つまり俺自身の言葉を、デュガにしっかりと聞かせなければならない。
気付けばこの広間を訪れた時に存在していた緊張が消えていた。主神に対し、面と向かって話をしなければ……そういう使命感のようなものを抱いたが故に、思考がそちらへと集中し始めたのだ。
仲間達の視線を感じるが、きちんと話すことができるだろうかという不安によるものだろう。とはいえ俺は心配するなと心の中で呟く。
「……仰りたいこと、私も理解できます。そこについて、確かに語る必要がある」
「ああ、是非とも聞かせてくれ」
デュガからの要求。俺は小さく頷き……少しだけ間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。