神界の統治者
大きい門構えを見て俺達は全員例外なく萎縮した雰囲気になったのだが……そんなこちらの様子を見ながらアミリースは俺達を中へと誘っていく。
門を抜け建物に入ると、ずいぶんと天井が高く、また幅の広い通路が現われた。加えまるで人間の城みたいに赤い絨毯が敷かれ、俺達の進むべき道を示してくれている。
通路の建材は大理石のように白い物が使われている。ただ普通大理石というのは真っ白ではない。近づいてみると純白ではなく乳白色という色合いだし、そもそも模様なども存在している。
だが、この城に使われている石材はどうやら、混じりっけなしの純白らしい。正直、どこからか採掘してきたとは思えない……たぶん神族達が自前で素材を作ったのだろう。
また周囲に人影はない……シン、と静まりかえっているのが印象的だ。
「まず、何をするんだ?」
なんとなく誰が見ているかもわからないのでちょっとばかり小声でアミリースへ問うと、彼女は苦笑した。
「まだ声を落とす必要はないわ。やることはまず、あなた方をある神と引き合わせる」
「引き合わせる……?」
「この神界においても、魔王と同様に長となる存在がいる。私達は主神と呼んでいる存在……男性なのだけれど、彼は人間の王様のように玉座へと座り、客人に応対しているのよ」
――つまり、神界の中で一番偉い存在と会うわけだ。
「セディ達の功績を評価する以上、主神と最初に顔を合わせることは必須よ。ここへ滞在する用意はしてあるけど、まずは謁見からね」
緊張してきた……その様子をアミリースはしっかり理解しているのか小さく微笑み、
「大いなる真実のことについて気を掛けてくれれば、他のことは気にしなくてもいいわよ。ちょっとぐらい粗相をしても問題はないし」
「あの、作法とかは?」
カレンが訊く。うん、神界の統治者と会うわけだし、何か作法があってもおかしくない……もし複雑なものだったら、今の時点で教えてもらっても遅いかもしれないけど。
「ああ、大丈夫よ。主神はその辺り気にしないから」
「当然の確認をしますが、主神は大いなる真実を――」
「そこは隠し立てする必要はないわね。ええ、もちろん知っているわ」
――なんというか、その情報を改めて聞くだけでちょっとだけ肩の荷が下りた気がした。いや、本当にちょっとだけど。
アミリースがズンズン進んでいくので、俺はあまり心の準備ができない中で通路を歩む。正面には門と同じように大きな扉。魔王の玉座がある扉も重厚感があったのだが、魔王城とは異なり城以外の物にも迫力満点な物ばかりだったので、威厳というか、そういう空気が強く感じられる。
威圧感というのは白という色合いのせいかあまり感じないのだけど……俺は呼吸を整える。扉が近づき、いよいよだ。
アミリースが手をかざす。するとゆっくりと扉が開き始めた。
「さあ、ご対面ね」
それは俺達に言ったのか、それとも主神に対する呟きか……扉はゆっくりと動き、その間に中を窺い知ることができた。
荘厳、という言葉では表せないくらいの空間が、俺達を待っていた。一直線に進めば当然玉座へと辿り着くのだが……その途中までに、装飾の施された台座のようなものが並び立ち、俺達を出迎えていた。
その装飾は鳥を象った石像などを始め、騎士の彫刻や様々な調度品などが置かれている台座も存在する。加え、左右奥にある白い柱などにも綿密な彫刻が施され、壮大な雰囲気をより高めていた。
さらに、玉座の両脇には泉のような物が見えた……のだが、瞬時にそれが水ではなく魔力を湛えているのだと気配でわかった。言うなれば魔力の泉というわけだが、あんな風に可視できる魔力なんてものは人間では作り出せない。この辺りはさすが神族、ということだろうか。
そして玉座だが……まず人間の王と同じように玉座の手前には階段が存在。座っているのは――
「入ってくれ」
玉座の間に響く男性の声。青年……とは言いがたいが、かといって老齢というわけではない。けれどその声音にはこの神界を治める存在として絶対的な力に裏打ちされた自信のようなものが見え隠れしていた。
俺は歩きながら主神の姿を確認する。まず衣服は赤を基調とした法衣。とはいえその法衣にも数々の装飾が施されており、また同時に魔力を感じ取る……いや、この魔力は主神自身が発するものだろうか。
主神の顔つきだが、若い……といっても見た目は三十前後といったところだろうか? 皺などは存在していないのだが、鎮座する姿からは壮年の人間が発する迫力がしっかりとある。魔族などと同様に見た目と年齢は一致しないはずなので、その辺りが俺の抱く雰囲気の理由かもしれない。
やがて背後にある扉が閉まっていく……ここで一つ気付く。主神やここへ通された俺達以外に、誰もいない。
「……ああ、この場に誰もいないことを疑問に思っているのか」
歩いていると、こちらの感情を察したか――あるいは仲間達の視線でわかったか、主神が声を上げた。
「勇者を迎え入れるための手順は様々あるのだが……今回はその中でも上級のものを用意させてもらった。最上級については私の配下……つまり神族が整列してこの場に立っているのだが、さすがにそれでは緊張するだろう?」
……たぶん、緊張というか夢であるように錯覚するくらいだろうな。
「今回は事情が事情だ。勇者セディ……大いなる真実を知る勇者として相応の歓待はしたい。よってこうして忌憚なく話をする意味で、私と案内役であるアミリースが立ち会って話をする形をとった。不満か?」
俺達は一斉に首を左右に振った。そんな態度を見て主神は破顔する。
「うんうん、納得してもらって結構。ああ、ひざまずく必要もない。もしこれが真実を知らない勇者なら、もっと儀礼的にやる可能性もあったが、その気もない……で、だ」
主神はまずアミリースへ話を向ける。
「この神界についてはどこまで話した?」
「基礎知識くらい」
「なるほど、わかった。では、そうだな。本題に入る前に私からアミリースの話に補足しておこう……と、その前に自己紹介が必要か」
そう言って主神は胸に手を当てた。
「私の名はデュガインヴェール=ファルザット。長い名前で憶えにくいだろうから、デュガと呼んでくれ。ああ、ただし他の神族の前で話をする際は主神と呼ぶように。その方が、怪しまれないで済むからな――」