一騒動と行軍
討伐について女王が参加すると周知されたのは、その日の夕方だった。
俺の時間制限を配慮したためか、出発はいきなり明日。今回は精鋭を率い、前と比べ半分の人数で動くという算段となった。
もっとも半分とはいえ四、五十人はいる。その中には俺やレナ。さらにはロシェやケビンも含まれており――
「なぜ、女王に話した?」
騎士の詰所で討伐に関する挨拶をしようと訪れた時、ロシェとレナが俺から見て背を向けているケビン向かい合って座り、会話をしているのが目に入った。
「なぜ、とは?」
聞き返すケビン。態度にロシェはやや憤る。
「活発になっていると報告すれば、女王が指揮するという事態になるのは目に見えていただろう? だからこそ、女王に危険を及ばないよう秘密裏にやるべきだったはずだ」
「嘘の報告をまとめることはできません」
拒絶に等しいケビンの言葉。ロシェは彼の言動に心底あきれ果てたのか、
「……わかった。真面目が何よりだからな」
皮肉気に言い残し、席を立った。
ロシェはそこから俺の立つ入口へを足を向ける。やがて彼はこちらに気付き、会釈をした後すれ違った。
「……ねえ、ケビン」
次に声を掛けたのはレナ。彼女もまたどこか不服そうな表情を浮かべている。
「女王に正しく報告するのは重要だと思うけど……今回はいくらなんでもやらない方が良かったと思うよ」
「と、言いますと?」
あくまで表情を変えないケビン。レナはその様子に苛立ちを覚えたのか、表情が僅かに険しくなる。
「ケビンは、今の女王がどのような状況に置かれているかわかっているでしょう?」
「はい」
「なら……女王を外に出すこと自体、危険を伴うことになるし――」
「その辺は、心配いらないよ」
そこへ割り込む。レナとケビンは同時に顔を向けた時、俺は口を開いた。
「女王については、俺が護衛する……まあ、至らないところもあると思うけど」
「いえ、セディさんに頼むわけには――」
「それにほら、俺も討伐メンバーに含まれているからさ。大なり小なりそういう流れになるんじゃないか?」
俺の意見に、レナは押し黙った。反面ケビンは目を細め、俺を観察しながら言葉を紡ぐ。
「女王を、あなたが?」
「はい。状況からそうなるかと」
「そう、ですか」
どこか俺を疑わしげな眼で見るケビン。いきなり現れた勇者が女王の護衛など――そんな風に考えていると、確信する。
彼の考えはもっともだ。とはいえ、打ち合わせではそうするよう決まっている。
ただ、彼のように跳ねっ返りを気を付けないといけないかもしれない。何しろ彼のような聖騎士を始め、城に仕える人間を差し置いて俺が動いているわけだから、反発も少なからずあるだろう。
とすれば、注意すべきは古竜ではなく味方側――しかも、味方に魔物を生み出している存在がいるというおまけつき。面倒なことこの上ない。
「今回は挨拶のために来ました。よろしくお願いします」
俺は話をぶった切り、目的である挨拶を行う。
「……わかりました」
ケビンはやや目つきを鋭くしながらも了承。俺は態度を見て、さっさと退いた方がいいだろうと思い「では、これで」と言い、そそくさと退散した。
詰所を出て、俺はふいに息をつく。
「厄介事ばかりだな」
懸念材料ばかりがどんどん増えていく……今後、ケビンの様な反発を身に受けながら仕事をしなければならないと思うと――これに乗じて色々と仕掛けられそうな気もしてくる。
「その辺も女王に聞いておくか……」
方針を決定し、俺は一路部屋に戻ろうとして――ふと、足を止めた。
「ん?」
進むべき廊下を見据え、呟く。今、何か気配がしたような。
「気の、せいか?」
目を凝らしつつ移動を再開する。先ほど、魔力を感じた気がするのだが――
思っていると、またも気配。周囲に視線を巡らせ――廊下の一角に、漆黒の尻尾の様なものが映る。
「こんな時間帯に、敵か……」
言いながら歩を進める。ここで大騒ぎするのは、女王の意にそぐわないだろう。ならば、一人で片付けるしかない。
「とはいえ、こんな白昼に魔物をけしかければ、いくらなんでもバレるんじゃ――」
と呟いたところで、ふと気付く。そういえば、城内にだって魔物などを探知する魔法くらいはあるはずだ。気配を感じる以上、それに引っ掛かってもおかしくないのだが――
「あ、そういうことか」
女王に訊くまでもなく、俺は理解する。つまり、あれだ……この城内に使っている術式。それを看破して、わざとくぐり抜けるよう魔物を生み出しているというわけだ。
こう考えると結論は一つ。術式をの作成者か、構造を把握できる人物……少なくとも、大臣とか上位の騎士とか、そういうクラスの人物が裏切っている。
女王はその事実に気付いていて、警戒している――そんな風に考えると、俺は足を速くした。さっさと片付けなければならない。そう思ったからだ。
尻尾の消えた廊下へ進む。幾度かの角を曲がると、またも廊下の先に黒い尻尾。誘っていると確信できた。
俺は静かに剣を抜き、人に見られないよう注意を払いつつ進んでいく。それにより城の奥まった場所へと案内され、廊下も幅が狭くなっていく。
一体どこまで行くのか――考えた時、真正面に扉が開け放たれた一室が見えた。おそらく、あそこに魔物がいる。
歩調を遅くし、じりじりと進むことにする。気配を読むことに意識を集中させ、敵が飛び出してくるような状況に備える。
やがて、開け放たれた場所の近くまで到達。気配を探ると、部屋の中に魔物がいる。さて、ここからどのように戦うか――
「……ちょっと待て」
刹那、ある事実に気付く。気配の中に、明らかに別の魔力がある。しかもそれは間違いなく人間……魔力が発露し俺でもわかるので、一般人ではなくおそらく魔法使い。
「人質、といったところか?」
推測しつつ、部屋の中を一瞬だけ覗き見る。中は空っぽの倉庫か何かで薄暗い。そして部屋の中央に昨夜見た狼と、床に黒いローブを着た男性が一人倒れていた。
そこまで確認すると一度身を引く。魔物がこちらへ来るかもしれないと期待したのだが、音すら生じない。
「反応、無しか」
どうやら部屋に入って戦うしかないようだ。俺はすぐさま呼吸を整え、昨夜のシアナがやった方法を記憶から引き出しつつ、思案する。
あの攻撃……シアナは平手で容易く光を消失させていた。詳細を聞いていないのが痛かったが、多少なりとも推測はつく。あの行動でシアナは、魔物に生じた魔力を全て消し飛ばしたのだ。
だから方法としては魔力の相殺――だが、あんな芸当魔物の魔力を正確に把握していないと無理だ。で、そうしたものを把握する術は手持ちにない。
シアナの場合はモルビスという魔族の技術であることを理解し、なおかつ持ち前の力で防ぎ切ったのだろう。魔族も上位になると、相手の魔力などを瞬間的に解析できるのかもしれない。
となれば、やり方は一つしかない。俺は決心し左手に着けられた白銀のブレスレットを見据えた。それは幼馴染のミリーから借りっぱなしの魔法具――
直後、勢いをつけ部屋へ入る。次の瞬間魔物は反応し、俺へ威嚇のため前傾姿勢となった。
そして魔物が跳躍する。俺はすかさず剣を握り締め、魔力を全身に込めた。そして瞬きをする時間で魔力が体に収束し、勇者としての力が開放される。
元の姿であるため、エーレとの戦いで見せた覚醒の力も使える――すかさず俺は剣を振り抜いた。昨夜の戦いとは大きく異なり、魔物が発光する前に、俺の剣は魔物を両断した。
――速度強化により、相手の攻撃を待つ前に叩く。それが作戦の一つ目。そして、
魔物が剣戟によって吹き飛ばされる。だがその間に体が発光し、爆発でも起こそうという姿を見せる。
それに対し、俺は左腕をかざし叫ぶことで対応した。
「包め――天使の鳳翼!」
放った魔法は、ミリーが使用していた対象を包み込む魔法。一瞬でいくつもの青い帯が生まれ、それが魔物を包み込んだ。
次に生じたのは、青い帯の中で爆発したような轟音。室内にそれが反響し、俺は僅かに顔をしかめ――やがて、魔力が消えた。
魔法を解除する。魔物の姿は消え、虚空のみが存在していた。
そこで俺は倒れている人物に駆け寄る。脈を取ると動いている。気絶しているだけのようだ。
次に頭に浮かぶのは、敵の目的。こんな白昼に魔物をけしかけ、なおかつ城内の人に干渉するとなると、露見してもおかしくない。
「敵は、バレてもいいのか、それとも……」
俺を厄介な人間だと見なし消そうとしたのだろうか。
「どちらにせよ、護衛の時注意しないといけないな」
口に出して、改めて決意。悩んでいても仕方ない。
「後は女王に報告をして、どう対応を図るか決めよう」
さらに呟き、俺は倒れている人物を担ぎつつ、その場を後にした。
俺の報告を受けても「行く」と女王は強弁し、こちらもすぐに了承した。あの程度の奇襲でへこたれている場合でないのは、俺も女王も理解している。
なので、翌日予定通り女王は出陣することとなった。
今回は討伐公表から実際に行動するまでのタイムラグが一日程度しかなかったため、騎士の誰もが色めき立った。しかし女王の意見であるためか異論は出ず、彼女や聖騎士団を中心として行軍を開始した。
人数は当初の予定通り――以上に膨れ上がり、総勢七十名を超えた。軍隊というには数は少ないが、全員が聖騎士ということで荘厳な雰囲気を放っており、畏怖を感じさせるには十分。
そして性急な動きにも関わらず、街の人々は騎士団を称えつつ見送る。その中、俺は騎乗し人々の顔を眺めていた。
「なんだか、すごいな」
馬上から歓声を聞き、俺は呟く。
「女王の持つ権威の賜物ですね」
声に、左横で馬を操るレナが応じた。
「人々も理解しているんです。この国が魔族と立ち向かい……その中心に立つお方こそが、女王だと」
「だからこそ、こうして人々は送り出すわけか」
言いながら、真正面にある馬車を見据える。
さすがに女王が騎乗するわけにもいかないため、移動については馬車となっている。馬を三頭用いる白銀の馬車だが、移動の際も護衛を伴わず、馬車の中は女王が張り巡らせた結界により、車内では一人となっている。
姿は見えないが、人々には女王がそれに乗っていることは周知されているようで、例外なく人々は馬車に目を向けていた。
「さて……」
そうした光景を見ながら、俺は思案する。昨日時点で、シアナから手紙を預かっている。
内容はエーレに対する報告と、リーデス達の指示。リーデスとファールンの動きについては俺もシアナから聞かされている。それは――
考えているといよいよ城門を出た。都に入ろうとしている人々は街道の横に移動し、物々しい部隊を見送っている。ここから予定では、街道を進み間際になって山へ向かうように行軍することとなる。
一番の問題は、ここからどうやってリーデス合流するか。一応女王やシアナにもお伺いを立ててみたのだが、良い解答は得られなかった。
ま、その辺は俺が考えるしか――といったところで、
「あ……」
前方、脇に逸れる旅人の中に、旅装姿のリーデスを認め、さらに目が合った。
「どうしました?」
横にいるレナが問う。俺はどうしようか躊躇したが……声を上げた。
「いや、知り合いがいたから」
「どこにですか?」
問うレナに、俺は指で示す。レナはリーデスを見つめ、首を傾げた。
「私は見覚えありませんが」
「シアナと同時期に知り合った人だから……と、挨拶くらいはしたいけど、無理そうだよな」
駄目元でそう告げてみる……と、
『セディ?』
唐突に、頭の中で声が聞こえた。
「え?」
いきなりの事態に俺は周囲を見回す。横にいるレナはきょとんとした視線を送り、
「セディさん?」
俺に問う。どうやら彼女には聞こえていないようだが――
『短距離の念話だよ。一度でも目が合った状態かつ近距離でしか使えないから、ほとんど役に立たない代物だ。けど、魔力によって探知されない微細な魔法だから、こういう場面で唯一使える』
そこまで言われ、声がリーデスのものであるとわかる。どうやらこの状態で連絡を取り合えるらしい。
『僕の存在をイメージして心の中で何か呟いてくれ。それで僕に伝わる』
指示されて、俺は旅装姿のリーデスを眺めつつ、
(ひとまず、ガージェンが敵でないことは確定した)
まずはそう報告する。
(で、シアナからエーレへの書面とリーデス達の指示書を預かっているが、どうすればいい?)
『この状況で渡すのは無理だね。シアナ様から概要は聞いている?』
(わかった。ひとまず口頭で伝える)
心の中で呟くので口頭とは少し違うかもしれないが……とにかく、続ける。
(シアナは策のためまだ城内に残っている。だからリーデスは城外で待機。もしもの場合に備えてくれ)
『わかった』
(で、ファールンは俺と共に行動する……そうだ、報告書もそちらに渡すけど、いいか?)
『それでいいよ』
(よし、報告は以上だ)
『了解。健闘を祈る』
と、会話が終わる。それまでと何も変わりなく行軍が続く。
「あの……?」
しかし不思議な顔をしたレナだけが残った。俺はすかさず苦笑して、
「いや、こうして聖騎士団の中に入っているのは光栄だと思ってさ」
そう告げた。するとレナは笑みを浮かべ、
「仰々しいものでもありませんよ」
とだけ返した。どうやら上手く誤魔化せたようだ。
「そうは言うけどさ……俺は騎士団なんかに入ったことがないから、粗相しないよう緊張している――」
「固くならなくて、結構ですよ」
と、今度は俺の前から声。見るとそこには騎乗するケビンの姿。彼は手綱を操作し俺の横まで来ると、にこやかに言った。
「確かに規律などを重んじる傾向はありますが、勇者殿にそれを強いるつもりはありませんし、その必要もないでしょう」
「……どうも」
買われている、ということなのだろう。昨日はやや疑わしい雰囲気を伴っていたケビンだが、いくらか警戒が解消されている。
「あと、女王についてですが……あなたを信用した上での依頼でしょう。よろしくお願いします」
さらにケビンは小声で続ける。俺は「はい」と合わせるように小さく答えると、馬の速度を速め俺達よりも前に移動した。
「……なんだか拍子抜けですね」
次にレナが言葉を紡ぐ。
「騎士団の中で全ての事情を知っているのは私やケビンだけです。そうした中ケビンがああして従うのは、意外です」
「いつもはもっと警戒するということか?」
「はい。けれど……セディさんに対する実績の裏返しという可能性も否定できませんが」
「ま、その辺は考えても仕方ないな。もしかすると女王から何かを言われたのかもしれないし」
「それもそうですね」
レナはあっさり同意し、言葉を切った。
以後、ひたすら無言となって行軍を続ける。物々しい雰囲気はずっとあったため、俺も緊張が解けることはなかった。
その中で考える。古竜――そして女王に対する陰謀。二つがどのように繋がっているのか不明だが、少なくとも大いなる真実を脅かす事象には違いない。だからこそ、俺は止めることを深く決心し、半ば無意識に手綱を握り締めた。