神のいる場所
神殿を出ると、目の前には広大な草原が広がっていた。風が吹き抜け、俺達の体を撫でる。空には綺麗な青空と輝く太陽。ただここは神界なので、目に見える太陽が俺達の世界と同じものではないだろう。
澄み渡る空気と、清浄な風……普通なら、こんな草原を見据えただけでは本当に神界へ来たのかと疑うところなのだが、そうではなかった。仲間のカレン達も、同じように思っているのかただ呆然と景色を見渡していた。
そんな様子の俺達に対し、アミリースはどこかしてやったりという顔。草原に立っただけでこういう風になってしまう……それを予測していた様子だった。
「……これが、神界」
ミリーが何気なく呟く。目前に広がるのは、幻想的な光景と呼んでも差し支えなく、俺達の世界とはまったく異なる場所……そう深く認識させられた。
「驚いてもらって私としても嬉しいわ」
神界そのものについて誇りを持っている故か、アミリースはそう告げる。
「けれど、本当に見せたいものは違う所にあるのよ……ついてきて」
そう告げると彼女は歩きながら手招きをする。どうやら神殿の側面に回るらしい。
それについていくと、草原の反対側が小高い丘なのだとわかった。で、神殿から丘へ登るように道がある。
「あの上に、何かあるのか?」
「そうよ」
その時、ザザーン、という波の音が聞こえた。ん、どうやら丘の向こう側は海らしい。
海に用があるのか……そう思いながらアミリースへついていく。丘の上に何があるのか……いや、この場合は丘の向こう側に何があるのか、だな。
俺達は無言となって女神の後ろをついていく。その間にも周囲を見回し、なおかつ草原を幾度か見据える……すると、結構遠くに建物らしきものが立ち並んでいるのがわかった。
「あっちに町があるのか?」
「ええ」
神界の町か。天使達が住まう場所と考えれば魔界の町と同様、訪れてみなければどういう所なのか想像できないな。
さらに町の奥に山があるのも見えた。白い頂を持っており……これが俺達の世界ならば雄大な自然だと思うだけなのだが、神界にある山ということで、ずいぶんと威厳に満ちているように考えてしまう。
「なんというか、全ての物事について感心しているようね」
そんな俺の心情を悟ったのか、アミリースは告げた。
「目の前に広がる自然は、確かに私達神族が作り上げたもの……だから感動してもらえるのは嬉しいけど、そこまで驚かれるとちょっと戸惑ってしまうわね」
「それだけ、素晴らしいということですよ」
カレンが述べる。その言及にくすぐったさを覚えたのか、アミリースははにかむ様子を示した。
そうしたやり取りをする間にいよいよ丘の頂点へ到達しようとする。と、そこで俺は遠くに陸地が見えた。
「ああ、陸地があるし広大な海が広がっているというより――」
などと呟いたのだが、すぐに言葉を止めた。他の仲間達も言葉をなくし、全員が同時に早足となる。
アミリースはその歩調に合わせるように先導をし続け……丘の頂点へ到達。その先にあったのは、
「……すげえ」
フィンの声が聞こえた。俺は真正面に存在するものをただ眺める。
波の音の予想通り、目の前には海があった。広大な湖という可能性もなくはないが、ここでは海としておこう。で、少し離れた場所に陸地が存在していた……のだが、その陸地は、浮いていた。
そして浮遊する陸地の上には、これまた巨大な純白の城が見えた。太陽に照らされキラキラと輝く水面に、城……あれは宮殿と言うべきか。おそらくあれが、神々が住まう宮殿。
目の前の景色は、まるで巨大な壁画のように……いや、人間の頭の中では到底描ききれないような、言葉で表現できない圧倒的な世界が、目の前に広がっていた。
「あれこそ、私達が暮らすお城……名前は特にないわ。だって神界にはあの場所以外にお城がないから」
「……あの場所に、神々全てがいるのか?」
「そういうこと。この場所だと遠近感が狂うかもしれないけど、あの島の陸地はあなた達が暮らす世界の一国ほどの領地があるのよ」
「それだけの規模にもかかわらず、巨大な城がここからもはっきりと見える……」
ミリーの言葉にアミリースは神妙に頷き、
「ええ、そうね。島全体がお城、と言えばいいかしら」
それはつまり、一国が収まるほどの領土全てが城である、と。スケールがでかすぎて頭がクラクラしそうだった。
ただ、ここで俺は一つ思ってしまった。その、
「……魔界とは大違いだな」
その瞬間、アミリースはクスリと笑う。
「エーレにも言われたわ。規模がまるで違いすぎる。魔王城もそれなりに威厳を持たせているが、神の城と比べれば豆粒のようなものだ、と。あと、そうね。羨ましがっていたわ」
「……あれほどの城を形作れるほど、ここには資源があると?」
「というより、神族と魔族の大きな違いね。創造的な能力を持つ私達は、世界を形作ると共に様々な素材だって生み出すことができた。魔族にそれはできないから、建造物の規模だって違ってくるのよ」
「その創造能力を用いた結果、長い年月を掛けてあれだけの城ができたと」
「そういうこと」
……俺達は神族について色々と想像をしていたけれど、ここまでスケールのでかい考えは及ばなかった。想像の遙か上を行く神族達の存在……改めて、とんでもない種族なのだと理解する。
「……けれど」
と、アミリースはやや笑みに陰を作った。
「こうした力を持ってしても、あなた達の住む世界を完全に管理することはできない……これは私達の能力にも得手不得手があるからね」
「苦手なこと……か」
俺の呟きにアミリースは頷き、
「魔族が保有する破壊の力……それもまた、管理の世界では必要なの。必要以上に何かを創造し続ければ、いずれ世界は耐えきれなくなる。際限なく魔力を宿した物を生み出し続けても、それは害となる。だからこそ私達は魔王と手を組み、共に管理の道を歩んでいる」
両者がいなければ、成り立たない……改めて多いなる真実である管理の世界は、相当大変なことなのだとわかった。
「それじゃあ、あの城へ移動しましょう。ここからだと距離があるように見えるけど、迎えを既に呼んでいるからそれほど時間は掛からないから――」