神界へ
「概要については以上。何か質問はあるかしら?」
アミリースは説明を終えて俺達に尋ねる。なら、
「俺が訪れる理由についてはわかった。何かしら儀礼的なものを受けるのか?」
「うーん、説明するのもいいけれど……驚いたりしてもらった方が怪しまれないからいいかなー、と思うのだけれど」
「神界へ赴くことを聞かされている時点で、その辺りのことはあんまり意味ないように思えるが……」
「色々とこちらも事情があることは理解してもらえると助かるわ。それじゃあ移動しましょうか」
「調査が終了するまでは神界に滞在してもらうようだから、そのつもりで」
エーレが補足。万が一のことを考えクロエを魔王城に残しておくのだから時間が掛かるのだろうなと予想はついていたのだが、
「……俺達が滞在する口実はあるのか?」
「日数に応じてどうするかはきちんと考えているから心配しないで」
アミリースがそう言うのだから、俺達から言及することはないな……というわけで、玉座から移動。転移魔法陣が存在する部屋で、俺と仲間達が全員陣の中に入る。
「ここからすぐに神界へ移動するのか?」
「無論だ。ま、こちらのことは心配するな、気兼ねなく神界を満喫してきてくれ」
神界を満喫、という人間が一生使わないであろう言葉を投げかけたエーレ。アミリースが俺達の横に立ったと同時、魔法陣が光り輝いた。
仲間達が少し緊張した面持ちの中で、光に全身を包まれる。それと同時に浮遊感が生まれ……それはすぐに消えた。
「到着、か」
光が消え失せ視界が確保される。そこはどうやら、神殿のような場所だった。
俺達の足下に転移魔法陣が存在し、石造りの建物で窓から太陽の光が差し込んでいる。その石材についても所々に装飾が施されており、なんだか神々しさが……まあ、神界なのだから神々しさはあって当然なのかもしれないが。
「着いた、のよね?」
ミリーがキョロキョロと周囲を見回しながら呟くと、アミリースが俺達の一歩前を出た。
「ええ、到着よ。これは本来人間が暮らす世界とをつなげるための魔法陣。それにちょっと細工して、私を始め大いなる真実を知る者にだけ、魔界へ転移できるようにしてあるのよ」
「他の神々や天使もこの魔法陣を使うのか?」
こちらの質問にアミリースは首肯。
「もっとも、ここ一つだけではないけれど。私達が暮らす場所にも存在しているけど、そこへいきなり転移してしまうとさすがに真実を知らない者達も戸惑うから」
ああ、なるほど。俺達の立場が違和感ないように、この場所に転移したと。
「それじゃあ、早速案内するわ。ただこの場所は周囲に町とかはないから観光することもなく目的地へ移動してしまうのだけれど」
「町……ですか」
カレンの呟き。どういう町なのか想像している様子だが、それにアミリースは微笑を浮かべた。
「セディから魔族の町について聞いていないかしら? それと同じようなもので、人間の営みとそれほど変わらないわ」
「天使達だけが暮らしているのですか?」
「私達神界に暮らす者達は、神と天使を合わせて神族と呼んでいる。人間の学者でもそのような呼称をする人はいるわね。その神族なのだけれど、その力が弱ければ人間と変わらない存在と言っても差し支えないわ……と」
そこでアミリースは苦笑する。
「セディが知った『原初の力』に関する由来から考えれば、私達はあくまで他の人とは違う生き方をしてきた人間よね……始祖が同じであれば、人と変わらない営みをする存在がいても不思議ではないでしょう?」
「そう、ですね」
「町があるってことは、そういう力の弱い存在は多い、ってことか?」
今度は俺の質問。それにアミリースは、
「逆よ。私のように、あるいは天使のような力を持つ者は、そう多くない。人口統計的に考えれば、多くて二割といったところかしら」
「二割……」
「多いか少ないかは微妙なところね。過去の記録を見る限り、この比率は基本的に変わっていないわ。良い解釈をすれば血が薄まるようなこともなく秩序維持できるということなのだけれど、悪い言い方をすれば固定化されているとも言える」
「固定化?」
「私達神族は魔族と同じで、生まれ持った力は最初から決められてしまっているの。つまり努力すれば力を得られる普通の人間とは異なり、生まれた時点で半ば未来を決められてしまっている。つまり二割の力ある存在が神界を維持し、残りの八割は絶対にその二割に加わることはできない」
「厳しい、ですよね」
カレンがさらに言及。アミリースは頷き、
「もちろん、努力によって技術を培い、神界を管理する存在になれた者もいるわ。けれど一定以上の地位につくことはできない……ここはそういう場所なのよ」
「良いか悪いかはともかくとして、神界というのはそういう成り立ちによって維持されている、と」
「そういうこと」
魔族もそうだったが、神族も色々とあるみたいだな。
「それで、ここからはあなた達にとっては幻滅するようなことかもしれないけれど……人間の貴族の中には、特権階級を持つことによって自意識が肥大して他者を見下すような言動をする人がいるでしょう? 神族にもそういう者達が少なからずいる……というより、結構多いわね」
「むしろ、魔王とつるんでいるアミリースの方が希少なんじゃないか?」
俺の言葉に対しアミリースは「そうね」と笑いながら同意する。
「大いなる真実を知る者には、そのようなことがないようしっかり教育しているけれど、そうじゃない者の中には人間相手に心の内で侮蔑を向けるものだっている」
「魔族だって人間を滅ぼしてやるという考えを抱いている者がいるんだ。それと比べれば実害がないだけマシかもしれないけど……」
「実害がなければ、ね。今回のことについては私が先導しているから外面は取り繕うはずよ。一応私は神界の管理の一翼を担う者。そんな私の行動に対し蔑んだ視線を送ろうものなら、たちまち問題に発展するから」
「ただし、ネチネチとした嫌がらせがあるかもしれないと」
「もしかしたら、の話よ。もしあったらすぐに報告すること。いいわね?」
引率の先生みたいな言葉に対し俺達は律儀に返事をする。その後、俺達は神殿内を進み入口へ到達する。
「あ、そうだ。言っていなかったわね」
と、アミリースは何かを思い出したように俺達へ体を向け、
「改めて……神界へようこそ。あなた達を、歓迎するわ」
その言葉と同時、神殿の扉が開け放たれ、俺は神界の大地を踏みしめた。