歴史の一端
以降、昼間で俺はゆっくり魔王城の中で過ごす……その間に仲間の様子を窺うと、最初の時と比べてずいぶんとリラックスしていた。
場所が場所だけに体に力が入る場面とかもあったみたいだけど……とりあえず今は問題はない。
そして魔王の次は女神なわけだが……振り子が急激に振れすぎて大丈夫なのかと不安になるのだが――
「まあ、そういう世界ってことでしょ?」
と、ミリーはなんでもないことのように答えた。
「慣れる慣れないというより、慣れないといけないというのが正確じゃない?」
「それはそうなんだが……」
「ま、正直仕事についてわかっていないから漠然とした感情しか湧かないっていうのもあるわね。不安がないこともないけど神界へ行くわけだし、悪い扱いにはならないでしょ?」
そんな言及だった。他の二人も似たような返答だったので、状況を認識しつつあるのは間違いなさそうだ。
その後、俺達は昼前に玉座前へとやってくる。既にシアナは待っており、全員揃ったところで玉座へと通した。
「来たな」
そこにはエーレとアミリースが肩を並べて立っている。何度見ても面白い光景だ。
「さて、神界へ赴く前にここで事情をいくらか説明しておく……アミリースは調査と言ったが、場合によっても戦闘があるかもしれないとのこと」
「それは天使とか神々とか……そういう相手に?」
「そうね」
あっさりとアミリースが返答。その言葉にカレンやミリーが驚く。
「勇者ラダンについては聞いたわよね? かみ砕いて言えば、彼に荷担する者が存在するのよ」
「それは一人か?」
俺の質問にアミリースはほのかに笑みを浮かべ、
「現時点でわかっている範囲では、そうね」
「もしかすると増えるかもしれない、と」
「ええ……それでなのだけれど、詳しい詳細については神界で追って説明するわ」
「ここで話さないのか?」
「理由があるのよ」
理由か……他ならぬ女神の言うことだ。カレン達も黙って頷き納得した様子だ。
「では、今からの流れを説明するわ。私の先導により、勇者セディ一行は神々の下へと赴く……神界へ訪れることを私達が許可した、という流れになるわね」
「人間を神界へ……その言い方だと過去にそういうケースはあったのか?」
「ええ、あるわ。けれど、勇者セディを始めそういう事実があったことは知らないでしょう?」
「確かに……ミリー、カレン、何か情報あるか?」
「私はないわよ。神界に対し詳しく知っているわけでもないし」
ミリーは首を左右に振る。一方カレンは、
「おとぎ話などで勇者が神々のいる場所へ行った、というエピソードを目にしたことはありますけど、それはあくまで空想上の話ですよね」
「もしかすると、中にはそうした事実を基にして、物語を書いた人がいたかもしれないわね」
――アミリースの言い方だと、つまり、
「近年、そうして神界を訪れた人間はいない、ってことか?」
「正解。かれこれ百年くらいはいないわね」
百年……神々や魔族は元は人間だが、その力の大きさが違いすぎる故に寿命も根本的に異なる。俺らからすれば百年なんて途方もないくらい昔だが、アミリース達神々からすれば、なんてことのない期間かもしれない。
「実を言うと昔はそういうことが度々起こっていたのよ……その理由としては、世界の混乱があったから」
「混乱?」
「自然の脅威は時に恐ろしく、私達神々や魔王の管理さえはね除けるほどの被害をもたらす……言ってみれば管理の歴史において、大災害と呼ぶべき事象が過去にはあった。それにより大地の多くは荒廃し、またそれに乗じ大いなる真実を知らない者達は世界を我が物としようと動くようなこともあった……結果、人間の中からそうした者達を討伐するだけの存在が生まれるケースがあった」
「そうしなければ生き残れなかった……からか」
「そうね。当時の魔王や神の記述としては、自然災害……これは天災や魔物の増加などを含むのだけれど、そうしたことで手一杯となり、部下達の方まで目が届かなかったということだったようね。つまり私達のような存在でも対処仕切れない事象が、過去には存在した」
……魔王や女神でさえかかりきりになる案件だ。人間にとっては絶望そのものだっただろうな。
「それにより、天使達と魔族が衝突するようなケースもあった……下手すれば全面戦争に発展しかねないほどに。とはいえ肝心の魔王と神は手を結んでいたので、最悪の事態は回避し、事なきを得たわけだけれど」
「……そうして暴れ出した魔族達を、人間が倒し神々が祝福したと」
「そうね。おとぎ話のような内容だけれど、歴史に刻まれた事実よ」
案外俺達が子どもの頃に読んだりした勇者を扱う本には、真実などが含まれていたりするのかもしれないな。
「一つ質問が」
と、ここでカレンが手を上げる。
「そうした大災害が、現代で発生する可能性は?」
「決してゼロとは言わないわ。自然現象がどのように発生するのか、私達にだって解明できているわけではない。けれどその兆候などをつかむための準備や、どうすればいいのかなどの対策については、百年前よりもずいぶん進歩している。これは人間側の君主などと積極的に手を結ぶことによって情報網を確立し、また様々な経験、技術蓄積によって災害に発展する事象を未然に対処できるようになったことが大きいわ」
「管理世界も、着実に成長を続けている、と」
俺の言葉にアミリースは「まさしく」と応じた。
「さて、話を戻すわね。百年前と比べ今は平和になり、人間の中から大活躍した……歴史に名を残すような勇者もあまり現われなかった。けれどそうした中、魔王に挑むほどの功績を上げた人物が、現われた」
「それが……俺だと」
「ええ」
アミリースは微笑み頷く。もっと事実はさらにおかしくて、俺は魔王に勝ったんだけどね。
「で、そうした人物を……ひいては仲間達と共に祝福するために、私の推薦で神界へと招くことになった。これが筋書き……大いなる真実を知らない者達に対する、説明よ」
「俺達は魔王に挑んだ者として、神界に立っていると」
「そういうこと。神々の中にも大いなる真実を知らない者はいる。だから、絶対に誰かがいる場所で言及はしないこと。いいわね?」
俺達は一斉に頷く――神の中にも知らない者がいる。その事実は、大いなる真実がどれほどの情報なのかを改めて認識させられる要因となった。