魔王城への滞在
普通の人は神の世界――神界と聞いて、どのようなものを思い浮かべるだろうか?
書物などでは『天国のような世界』とか、言ってみればずいぶんと脚色の入った内容が記載されている。俺としてもそういうイメージを抱いているが、実際はどうなのか行ってみなければわからない。
魔王エーレと共に仕事をするようになり、神界についてはまだ立ち入ることはなかったわけだが……どうやらそれが今回取りざたされた。もっとも内容としては神魔の力……つまり勇者ラダンに関連することのようなので、遊び半分で行くような形ではない。気を引き締めないといけないわけだが――
「……おはよう、セディ」
部屋を出た直後、ミリーから声が掛かった。隣の部屋で寝泊まりしているのだが、なんだか居心地が悪そうな顔をしている。
「どうした?」
「いや、数日ここに滞在しているけど、いまだに慣れなくて」
「それは魔王城について? それとも寝泊まりしている部屋について?」
「両方」
端的にミリーは答えると、小さく肩をすくめた。
「魔王城に入ることに加え、まさかここで寝泊まりすることになるとはね……」
「世界管理についてはこのくらい序の口だぞ。驚くようなことが山ほどあるからな」
「お、セディ。先輩風を吹かせている?」
「そんなことはないけどな……カレンやフィンは?」
「さっきノックしたけどまだ準備中。朝食まで時間はあるし、待ちましょうか」
「そうだな」
首肯する俺……全てを仲間に明かして数日経つが、ああ喋ってしまったんだなあとなんとなく思ってしまう。
――アミリースから簡単に仕事内容を言い渡されてから、数日。彼女は俺達を神界へ招き入れるために準備をしてくるとのことで魔王城を離れている。ちなみに事情説明などを行うためにやって来た女王アスリなんかも既にいない。で、俺達はアミリースがここを再度訪れるまで待機ということになった。
無論、勇者ラダンの居所などについてはエーレ達が調べている。しかし現段階で尻尾をつかむことはできていないのだが、さすがに隠し通せるものではないし、そう遠くないうちに見つかる……と思う。ただエーレ達の目をここまで誤魔化している勇者ラダンは相当な存在であることは確実で、また同時に絶対に止めなければならない相手だとも強く思う。
そんな風に考えていると、扉が開きカレンが姿を現した。
「おはようございます」
「おはようカレン……とりあえず全員集合してからにしようか」
ロウやケイトについても待つか……ちなみに彼らは今回待機。神界へ行くということでなんだか残念そうであったが、アミリースが「いずれパメラと一緒に」と口添えしたことで納得したようだ。
またクロエについても城に残ることになるが……と、部屋から出てきた。挨拶を交わす間にフィンも姿を現し、またロウ達もパメラを伴ってこちらへ来た。
「全員集まったな」
最後にレジウスについては既に魔王城を離れている。ディクスもまた仕事ということで城内にはいない。この数日でエーレもミリー達についてのことを配下に納得させるべく動いているようで、とりあえず目処が立ったという状況になりつつある。これは俺が仕事をやって来たことも関係しているようで、トラブルなどはひとまずなさそうなのが良かった。
「よし、食堂へ行くか」
「……しかし、なんとなく思うのだけど」
歩き始めた矢先、ミリーは俺へ述べる。
「魔王のお城って大変なのね」
「大変、というのはどういう意味で?」
「相応のものを持つのは大変なんじゃないかってこと」
「リーデス辺りから何か聞いたのか?」
俺はエーレに弟子入りする前にリーデスから聞いた情報を思い出しながら尋ねると、彼女は深々と頷いた。
「まあね」
「城の維持で大変って話だろ? というか、リーデスはあっさりと喋るんだな」
「隠し立てしている雰囲気でもなかったからね。というかそういうことを話して親近感を持ってもらうって感じかしら」
「話の内容自体は生々しいけどな……」
と、ミリーに続きフィンが呟く。
「ちなみにセディ、始末書を書いたことはあるのか?」
「今のところ幸いにしてないよ……職務忠実なリーデスが恐れるくらいだから、さぞ脅威なんだろうな。場合によっては魔王より手強いかもしれない」
そんな軽口にフィンとミリーは笑う……のだが、カレンだけは少し様子が違った。
「……どうした? 何か気になることでもあるのか?」
「いえ、ふと思ったのですが」
カレンは口元に手を当てながら、
「魔族であっても最大の恐怖対象というのは、書類仕事なんですね」
「……原初の力の一件で俺は魔族や神の正体を知ってしまったわけだけど、そういう事情がなくとも同じ人の形をしているんだ。俺達が勝手に想像しているだけで、本質的には似ているのかもしれないな。仕事で大変、という部分を含めて」
「世知辛い世の中ねえ」
と、ミリーはなおも笑いながら語る。
「魔族なんてテキトーに魔物を出して玉座でふんぞり返っていればいいって思っていたけど、そういうわけじゃないのよね」
「むしろ派遣先で四苦八苦しているみたいだからな……さて、魔族の気苦労がわかったところで、到着だ」
食堂に辿り着く。中に入ると、シアナと侍女的な立ち位置でファールンがいた。
「あ、皆さん。用意はもうすぐできるそうなので」
「わかった……俺達のことは何か聞いているか?」
「その辺りについてですが、伝言が。アミリース様から」
いよいよ、ってことか。沈黙し待っていると、
「今日の昼前に出発するそうです。ですからそれまでに支度をしておいて欲しいと。ただ今回、本来参加予定だったレナさんは別件に入るということで、急遽同行しないことになりました」
レナも不参加か。ということは俺とカレン、ミリーにフィンと四人ということになるな。
「支度も何も、荷物も少ないからもう準備はできているけどね」
ミリーからの言葉。ならばとシアナは頷き、
「では朝食をとってから、城内でこれまでのように過ごしていただければ。昼前には玉座の間の扉前に集まってください」
伝言は終了。その後俺達は席に着き、朝食をとることに。
――なんというか、仲間達と共にこうしてゆったりと食事をするなんてずいぶん久しぶりだ。ジクレイト王国の首都とかでのんびり食事したことはあるけど、俺としては色々作戦があったからな。精神的な余裕はなかった。
もっとも、その場所が魔王城というのがずいぶんと面白いのだが……談笑する仲間達を見ながら、俺はゆっくりとしたペースで食事を進めることとなった。