幹部との討議
詰め所を訪問した後は城を簡単に散策し、昼を迎える。俺とシアナは食事を済ませ、約束通り女王の部屋へと赴き、扉をノックした。
「どうぞ」
声のした後、開錠の音。俺は扉を開け、中を覗き見るように窺う――
「お入りください」
執務机に向かい合って座る女王が見えた。格好は昨日と一切変わらない。
ただ変化が一つ。昨日と比べ、どうも机がピカピカになっている気がする。
「ああ、気付きました?」
視線に気付いたのか、扉を閉め部屋に入る俺達に女王が言う。
「掃除をしたのです」
「掃除、ですか……そういえば、侍女はここの部屋に入れるのですか?」
訊いて、愚問かなと感じた。いくらなんでも清掃を行う人物くらいは部屋に入れるだろう。
しかし、女王からは予想外の答えが返ってきた。
「いえ、私が」
「……女王が?」
「はい。部屋に人を入れることができない以上、仕方ありませんから」
「……昨夜の話からすると、今までもずっとそうなんですか?」
「はい。ここには見られてはならないものが多すぎますからね」
女王は微笑みながら答える。
「無論、人を入れていたケースはありますよ。側近や、昨日ならばレナを中へ入れましたし」
「確かに、そうですね」
女王の言葉に応じつつ、俺はなんとなく察する。こうした処置は魔族に対してではなく、他国のスパイを侵入させないようにするためだろう。
なんとも徹底した管理――けれどこれは逆に、それほどしなければならないくらいに、この部屋の物は貴重で、守らなければならないというわけだ。
「それではガージェン様と連絡を行いますが、よろしいですか?」
女王は話を変え俺達に問う。すぐさま頷くと、彼女はゆっくりと手をかざした。
「私の前面に像を結びます。取り成した後、こちらに来てください」
語ると、女王は右手を突き出した。
瞬間、手先から光が放射状に溢れ、それが彼女の真正面で円形を成す。
『……女王』
やがて聞こえたのは、やや野太い声。どうやら繋がったようだ。光は俺達と女王を挟んでいる。そして、俺達からは白い光しか見えない。
「はい。緊急的にお話がありまして」
『緊急、ですか』
相手――ガージェンが返すと、女王は俺とシアナへ目配せをする。
「……行くか」
「はい」
同時に歩き始める。そして女王の座る側面に回り光を見ると、空間が歪み、無精ひげを生やした男性が立っているのが見えた。
『……ん?』
相手の視線が、俺を射抜き目が合う。
見た目は、三十から四十ほどだろうか――見た目通りかわからないが、とりあえず俺より年上なのは、間違いないだろう。真っ黒な髪は短くされ、無精ひげがなければハンサムな人物だと思ったかもしれない。
相手を観察した後、昨日シアナが言っていた首筋を確認する。紋様など存在しておらず、シアナの言と合わせ彼が騒動に加担している可能性は限りなく低いことがわかった。
そして格好は真紅の法衣。顔立ちと姿がちょっと似合わないと思いつつ――相手、ガージェンは俺の次にシアナへ目をやった。
『シアナ、様?』
なぜここにいるのか――そういう面持ち。対するシアナは小さく頭を下げただけで、無言に徹する。相手の言葉を待つ構えだ。
「お二人が、ここを尋ねていらっしゃいました」
女王が語り――ガージェンの顔が俺とシアナを交互に見て、
『……なるほど、そういうことですか』
呟き、豪快に笑った。
『そうですかそうですか。私は、疑われていたということですな』
はっはっはっと顔を上げ笑う姿が映る。俺は今まで見てきた魔族とは異なる態度に、少し驚く。
『なるほど……これは申し訳ありませんでした。確かに疑われるような行為をしていましたな』
ガージェンはさらに続ける。シアナがここにいる意味を、しかと理解したようだ。
『シアナ様、わざわざジクレイトまでお越しいただき、申し訳ありません』
「それは良いのですが……事情を、話してもらえませんか? 今回の事件、あなたが主体でないことはわかっていますので」
シアナが言うと、ガージェンは『はい』と応じ、
『その前に、いくつかご質問をさせていただいてもよろしいですか?』
訊いた。シアナは小さく頷き言葉を待つ。
『では一点目……傍らにいる方は、セディ殿ですね?』
「はい」
その質問に俺が答えると、突如ガージェンが笑みを浮かべた。
『ふむ、話しには聞いておりましたが……これはこれは中々の御仁。シアナ様が親愛の儀をなさる理由もしかとわかります』
「ぶっ!?」
いきなりの言葉に俺は吹き出した。同時にシアナが慌てて声を上げる。
「ガ、ガージェン!」
『良いではありませんか。隠し立てすることもない……というより、陛下が語っておりますし』
いや、けど……と、俺はふいに女王を見た。そこには――
「あ、そうなのですか」
意を介したらしい彼女の姿。口元を手で押さえ、目を見開いて俺達に告げる。
「そういう関係だったのですか」
「あ、と……その……」
否定も肯定もできずたじろいだ。
即頷くような真似はできないが、首を横に振る事案でもない。いざ言われるとどう返せばいいか、非常に困る。
『まあ、結論は先とのことなので置いておきましょう』
そこでガージェンが発言する。俺は渡りに船とばかりにすぐさま彼に告げた。
「それで、ガージェン殿……いくつか質問とありましたが、他には?」
『お二方は、どの程度事情をお知りになっているか、です』
「そこは私がご説明します」
質問にはシアナが答え、彼女はひとまず姿勢を正す。
そこからガージェンに現状を伝える。内容としては、女王を襲撃する魔物がモルビスの造り出した魔物であるということ――
『ふむ、そこは私も知りませんでした』
ガージェンが感想を述べる。ちなみに古竜討伐の件は女王もいるので、シアナも語っていない。
「ガージェン、念の為に訊きますが、そうした技術を保有していませんよね?」
『疑うのであれば、いつでも調べに来てください』
「……わかりました」
シアナはそれ以上の言及を避ける。納得した様子。
「それで、ガージェン。詳細を聞かせてください」
『はい』
シアナの言葉により、ガージェンは語り始めた。
『最初の異変は、古竜の復活からでした。セディ殿は聞き及んでいるかわかりませんが、ジクレイト王国領内には古竜が住み着いており、王国の騎士団はその討伐に何度か遠征を行っていました』
「あ、それは多少ながら聞いています」
補足する俺に、ガージェンは『わかりました』と答え、続ける。
『そして今回もまた、古竜が動いていると一報が届き、もしもの際どうするか考え始めた……そして今回は、私が動こうとかねてから決めておりましたので、女王と協議を重ねていました』
「動こうと、ですか」
俺は彼の口上に疑問を感じたので、尋ねてみる。
「話を聞く限り、今回の場合大いなる真実を知る幹部の協力は、無しですか?」
『ええ。前はかなり無理を言っていましたし、仕方ありません』
「なるほど……で、計画途中で問題が生じたと?」
『はい。その折……調査に差し向けていた部下の一人が人間と出会い、主人……つまり私に見せろを手紙を渡された。その内容を確認した所……お前の持つ秘密を漏らされたくなければ、古竜についていかなる干渉もするな……このように、記載されていました』
「脅し、というわけですか」
シアナが言う。ガージェンは顔をしかめ話を進める。
『はい。書かれていた文章は抽象的だったので、大いなる真実について語っているのか疑問に感じ……その矢先、女王が襲われる事件が発生しました。このことから、魔族と何かしら協力関係を結ぶ人間が手紙を渡した……そういう結論に達しました』
「だから動かず、お姉様に怪しいと勘ぐられてしまったと」
『そういうことになります』
ガージェンはシアナの言葉を認め――表情を変えず、さらに言及する。
『この時点でいくつか気になる点があります。一つは何より、なぜ私の部下に手紙を託せたのか。偶然とは考えられない上、部下も人に見つかるようなヘマはしていない。そのため、こちらの動向を知っていたとしか思えない』
「……ということは」
その言葉を聞いて、今度は俺が発言する。
「今回の敵は大いなる真実を知る存在で、調査に当たっているのがわかっていたため、部下に手紙を送ったと?」
『その可能性が濃厚です。そしてもう一つ気になることは、黒幕の目的が何か、という点です。当然ながらこれは人間だけの仕業ではないでしょう。どこかで、魔族が関わっていると見て間違いない。しかし城に魔族が入り込める可能性は低いでしょうから、女王の件については人間が行なっているはず』
ガージェンは語りながら頭をかく。
『ただ、モルビスの技術などを与えた黒幕の目的は皆目見当がつきません。こんなことをして、メリットは一切ないでしょうに』
「いえ、ないとは言い切れませんよ」
彼の言葉に首を振ったのは、女王だった。
「失われた技術……それを人間に与え、使えるものかどうかを調べているのではないでしょうか?」
『つまり、実験台だと?』
「ええ。そのことを荷担する人間が知っているかはわかりませんが」
女王は目を細め、思案しながら話し始める。
「敵のやり方はかなり慎重なように思えます……手紙の文面から首謀者は大いなる真実を知る存在でしょう。しかし、それを露見させる行動を見せていない。ここから察するに、その情報がどこからか漏れれば足がつく可能性がある。だからこそ、公表などせず水面下で動いている……そう私は推察します」
『なるほど……用心深い相手だとしたら、頷けます』
答えたのはガージェン。彼は腕を組み神妙な顔つきとなって続ける。
『もし大いなる真実がどこからか漏れているとわかれば、魔族や陛下だけではなく神々すら動く可能性があります。その強大な存在二つを相手にするのはまずい。なので、首謀者はあくまでその最重要部分だけは漏らさぬよう暗躍している。加えて、尻尾を掴ませないようにしていると考えることができますね』
――説明としては、十分に頷ける。付け加えるとすれば、技術を与えていることなどから、黒幕はエーレを倒すために色々と実験しているような気もする。
『相手は用心深く、今回の件ではおそらく尻尾を掴むことはできないでしょう……由々しきことではありますが、まずはこの事件を解決する方向に舵を切るのが、何より重要かと思います』
「確かに女王の身が危ないとあれば、そうすべきでしょう」
答えたのはシアナ。対する女王は無念そうに目を伏せ、
「申し訳ありません」
「いえ、女王が謝ることではありません」
シアナは首を振り、さらにガージェンに言う。
「ガージェン、事情はわかりました。大いなる真実に関わるならば、動かなかったというのも頷けるので、お姉様へご報告したいと思います」
『お願いします』
「はい……それと、女王の身が保証されるまでは、しばしこちらへ滞在したいと思います。お姉様への報告はその後になりますが、よろしいですか?」
『構いません』
承諾の返事。シアナは次に俺に視線を送った。
「話は、これで終わりですね」
「では、一度部屋を出て――」
「待ってください」
俺達の会話に対し、女王が発言した。
「一つ、問題があります」
「問題、ですか?」
俺が聞き返すと、女王はすぐさま説明を始めた。
「ガージェン殿から語られた古竜の件ですが……報告によると現在、活発に動いている模様です。つきましては、私自身討伐に赴こうと考えております」
「え、討伐ですか?」
少し驚いた。確か女王には洞窟に引っ込んだと報告されているはずだが――
『そういえば、女王。古竜は現在どのような状況ですか?』
ガージェンが問う。どうやら脅しのため把握できていない様子。
「ケビンからの報告で、火山洞窟から這い出てきているようです」
さらに驚く。ロシェなんかは隠していたようだが、側近のケビンが話してしまったらしい。
「ガージェン様が動けない以上、人間側である私達しか戦えません。なので、私が指揮し討伐します」
『しかし、以前の戦いでも犠牲が出た相手です。危険では?』
ガージェンが諌めるように問う。前の戦いを考慮し、女王には行って欲しくないという雰囲気だが、
「しかし、民はかなり不安を抱いている様子。加えて国内や他国も私と古竜の因縁は知られています。ここで恐れれば国の権威にも関わります。放ってはおけない」
答える彼女の瞳には、何か別の光がある気がした。おそらくだが、それはファールンに関するもの――
『ふむ、あなたがそう言ってしまうと、私も否定はできませんね』
ガージェンは女王に反論せず、そう言うに留めた。
『現在私達が動けない状態である上、魔族側は協力できませんよ?』
「けれど古竜がいる以上、やらなければなりません」
決然と女王が語ると、ガージェンは渋々といった様子で首肯した。
『不本意ですが……女王、ご注意ください』
「わかっています……ただ、もう一つ懸念が」
女王はそこで、改めて語り始めた。
「この部屋のことが気掛かりです。ここは無論施錠し結界を張っておきますが、私がいなければ時間を掛けて突破される恐れもあります。不安は消えません」
女王は一拍置き、決意を秘めた瞳でさらに続ける。
「本来は出るべきではない……けれど、私が出ることで古竜を討伐する可能性が上がります。それは間違いなく、犠牲者が出さずに済むことになる……」
――犠牲を出さないこと。それこそが女王にとって至上命題であるかのようだ。
以前の戦いでファールンを失っている女王の心情を考えれば、誰も犠牲にしないため動くのは当然の話かもしれない。
けれどそれにはリスクもある。敵の目的が魔法書であった場合、女王がいなくなったことにより動き出すかもしれない。
内と外で問題が山積み――俺はふいにシアナと目を合わせた。彼女も俺を見返し、沈黙を守る。
『魔法書を守る人材としては、お二人が適任でしょう』
そこへ、ガージェンが口添えした。
『セディ殿、お伺いしますがこれからどのように動く予定ですか?』
「女王の依頼により、城内で魔物を生み出す相手を探すつもりです」
『なるほど……』
ガージェンは応じつつ、シアナを見ながら説明を加える。
『お二方であれば、女王の部屋に来る存在を発見するのは容易いでしょう』
「確かにそれはもっともですが……」
彼の言葉に、シアナが口を開く。
「ガージェン、古竜が動き出した以上、討伐に参加するべきでは?」
『無論ですが……大いなる真実を知る者が城内にいた方が、良いはずです』
俺も内心同意する。というかそうした人物がいないと、今回の件は対応が難しい。
もし女王の部屋に踏み込まれ、大いなる真実に関する情報を手に入れ、広めれば大混乱に陥るだろう。そうした可能性を未然に防ぐため、対応できる存在が必要だ。
とはいえ、古竜の方も放っておくことはできない。さらに、こちらには別の懸念もある。
そういった諸所の問題を頭の中で回転させ――やがて、一つの結論に達する。
『ガージェン殿』
俺は声を上げた。相手がこちらを見返した時、一度深く息を吸い込んでから切り出した。
「こちらも懸念はあります……一番の問題は、俺の仲間がここにやって来る可能性です」
『と、いいますと?』
「勇者の時共に行動していた仲間達にとって、俺は行方不明という扱いです。そして現在探している可能性があり、もしジクレイト王国の近くにいれば、向かってくる可能性が高い」
『ということは目立つような行動は避けるべきだと。となればやはり、城の護衛に?』
「どう、でしょうね」
チラリと女王を見つつ、ガージェンに話を続ける。
「さっきも言った通り、俺達は女王から依頼を請けています……この依頼は重要性が高いわけですし必要でしょう。しかし……」
一度言葉を切り、女王と目を合わせながら言った。
「女王の護衛もまた、俺達の役目であると思います。敵の目的が女王の命である可能性も考慮すると、二手に分かれるのが無難でしょう」
「二手、ですか」
女王が言う。俺は「はい」と答えた後、今度はシアナへ目をやりながら告げる。
「俺に関する懸念もありますが……女王が外へ出られるなら、俺がその護衛をしてシアナは留守番……そういう流れが、不審に思われないで済む一番のやり方でしょう。ならシアナが何かしらの方法で女王の部屋を監視し、外では俺が護衛をするのが良い……時間的にも、一番効率の良い方法でしょう。ただこれには、時間制限があるということだけご注意ください」
「私も、セディ様に賛成です」
シアナが同調する。そして女王も頷き、
「そうですね……騎士達にも連絡しておきます」
俺にそう答えた。
『では、方針は決まりですな』
今度はガージェンが告げ、俺達へのメッセージを寄越す。
『セディ殿、シアナ様……今回、手助けすることができません。申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします』
「はい」
シアナが応じる。俺もまた彼女に続いて「はい」と告げ、今回の話は終了となった。