魔王に対する見解
「ま、私としては魔王が味方だったということで良かった、というのが正直なところだけど」
そんな風にミリーは語り始める。ひとまず肯定的な意見だが、
「それに、部外者である私達がとやかく言えるような立場じゃないからね。大いなる真実による管理……それを詳しく知らないと、否定も肯定もできないわ」
「……そうか」
「ただまあ、隠す理由はわかるわ。なんというか、世の中というのはそう都合良くできていないってことよね」
ミリーは肩をすくめながら、魔王へ語る。
「魔王を倒せば全てが終わると思っていた。けれどそれは嘘……まったく、世界というのは本当に複雑怪奇ね」
「そこは私も同意する。あなたが肯定的な雰囲気で非常に嬉しいが……表情からすると何かしら不安もある様子だ」
ミリーがピクッと反応。この辺りはさすが魔王……いや、相手の動作などから感情を察しているだけだし、魔王とかはあまり関係ないか。
「そうね……セディにも言ったけれど、私としてはこれからのことが気掛かりなのよ」
「これから、というと?」
「こうして私達に真実を教えたということは、大なり小なり私達に関われって言いたいんでしょう?」
「そうだな。色々とあなた達も疑問に思っている点があるはずだが、それは大いなる真実と関係していると言っていい。よってそこについて説明し、後のことを考える」
「管理世界というのがどういうものかわからないけれど、私としてはそれに関わって制約がつくのが嫌ってこと。仕事に責任が伴うのは仕方のない話だけれど、それが半ば強制されたりしたら、少しばかり反発してしまうってことよ」
「なるほど、な」
エーレは理解し、小さく頷いた。
「あなたが思っていることは理解できた。ただこれからのことについては色々と検討しなければならないことが多いので、この場であなたの不安について言及するのはできない。それはまず、一連の説明を終えてからでいいか?」
「ええ、それでいいわ」
ミリーは承諾。とりあえず彼女については終わり、次は――
「なら俺だな」
今度はフィンが前に出た。
「あー、そうだな。俺はさして深く考えているわけではないが、そう魔王様が神経質になるほど、俺達は負の感情を抱いているわけではないぞ」
と、フィンは前置きをする。
「大いなる真実を知り、なおかつ砂漠で女神様と手を組んで戦ったのを見せられたら、理解しないわけにはいかないしな……なんというか、純粋に面白いとは思った」
「面白い? 変わった感想だな」
エーレが小首を傾げる。そんな魔王に対し、フィンは苦笑した。
「魔族は敵であり、絶対に許せない存在……多くの人はそう思ったわけだが、俺達は目前に女神と共に戦った姿を見て、そういう感情が全部吹き飛んだ、ってところかな」
「なんだか一時の感情に流されているようにも思えるが」
「そうかもしれないが、俺なんかはいつだってそういう風に生きてきたし、戦ってきたからなあ」
「テキトーね、フィン」
そんなミリーの横槍に、フィンは「ははは」と笑う。
「そこは認めるさ……俺については少なくとも今回の出来事で魔王に対し悪い感情を抱いたわけじゃない。そこについては信じてくれ」
「わかった……ならば、そちらの御仁はどうだ?」
エーレはレジウスへと矛先を向ける。すると彼は、
「俺としては世界がひっくり返された気分で、どうだかなあと思ったのは事実だ。しかし、だからといって頭ごなしに否定するのも、な」
そう述べるとレジウスは俺やミリーを見る。
「ただなあ、どうやら俺の弟子達はこの状況を受け入れようとしている。なら師匠である俺としても、それを支持しようかと思っている次第だ」
「本心としては納得できない部分もあるが、仲間達が認めているから、と」
「そうだ。俺はフィンと同様あんまり深く考えてはいないが……そんなところだ」
「……三人に尋ねてみたわけだが、魔王に対し憎しみなどはないのか? 人間達ならば、幼い頃から魔族という存在に対し敵愾心を抱いていると思うが」
「……そりゃあ、魔物の親玉が魔王と認識していたら、憎んでもおかしくないな」
そうレジウスは言うのだが、
「ただなあ、魔王様には悪いが……そんな風に思っている人間は、多くても精々二割とかじゃないか?」
「何? 残りの八割は違うと?」
「いや、少し違う。言ってみれば八割は、魔物と関わることもなく、平和に暮らしている人間ってことだ。確かに現在進行形で魔物の被害により、人が死んでいる。それは紛れもない事実だ。けど、そうして被害に遭う人間っていうのは、世界全体からすれば少数なんだよな。例えば町で暮らすような人間なら魔物と顔を合わせることなど一度もないまま、生涯を終えるなんてこともザラにある。そういう人間はさ、魔物に対しても魔王に対してもさして感情を持ち合わせていないってことさ」
「……自分の身に降りかからなければ、理解しないと」
「そういうことだ。愚かだと思うかい?」
「いや、それは至極当然な話だろう。人として間違っているというわけじゃない……ただ、そうだな。そうした人間が多数いることは、世界が平和になっているという証左なのかもしれないな」
「ああ、確かにそんな見方もできる」
……俺としてもレジウスの指摘は驚きつつも、それもまた人間の一側面だと思った。
魔王や魔族――大いなる真実を知る魔族については、対峙する人間は当然ながら敵愾心を持っている存在だ。そういう人ばかりと向き合っていれば、人間全てが魔王や魔族を憎んでいると解釈してしまうだろう。
けれど、実際はレジウスの言う通り……憎んでいるというより、魔物などと無縁な人達にとっては、魔王という存在が遠すぎて現実感がないのだ。だから普段魔王や魔物について頭の中で考えることもない……ただそれこそ人が魔族や魔物に襲われなくなったことを意味するわけで、ある種俺達の最終目標と呼べるものなのかもしれない。
「完全に納得はできないが、そういう人間を管理する世界が作りだしているのもまた事実」
そうレジウスは続ける。
「だから無下に否定するつもりはない。むしろ俺達は、感謝しなければならないかもしれないな」
「……そう言ってもらえると、こちらとしては大変嬉しい」
エーレが応じる。その顔には、ほんの少しではあるが笑みが浮かんでいた。