覚悟
「あの巨大な砂竜は非常に危険で、対応を誤ればまずいことになるのはわかっている……その上で問う。君達に、覚悟はあるか? 勇者セディは遺跡を守ろうと主張している。けれどそれに意を反し、すぐに立ち去るべき考える者は――」
「少なくとも、私はセディに賛同するわ」
最初に反応を示したのは、ミリーだった。
「ま、歴史的な建造物が破壊されるのを黙って見過ごすのは、あまり精神衛生上よろしくないし」
「命を賭ける理由になると?」
「基本、私達はそんな風に戦ってきたからね」
ミリーは肩をすくめながら、フィンへと視線を移す。
「セディの方針に従い、私達は剣を握ってきた……ま、今回も無茶やるってだけの話ね」
「まったくだな……あー、魔族さん。深い理由がないってことで疑念を感じるのかもしれないが、俺達の考えというのは至ってシンプルだ。守りたいから守る。ただそれだけ」
「そうですね」
と、今度はカレンも口を開いた。
「色々とあって、忘れていた部分ですね……兄さんは困った人を見かけたら、助ける性分でそれは魔族との戦いもそうでした……今回はその対象が遺跡になっただけのこと。命を張る理由としては、あなた方にとっては弱いのかもしれませんが、私達はそうやって戦ってきたのは事実ですね」
「悪かったな、深い理由がなくて」
俺の言葉にカレン達は笑う……思えばそう、魔族と戦うなんて行為自体、復讐心はあったけれど特別憎しみに駆られてというわけじゃなかった。最初の動機に違いないが、それはあくまできっかけであり、旅をし始めて以降はただ困っている人だったり、被害が出ていると聞いて首を突っ込むことばかりだった。
だから今回もそれと同じ――そうした中で、今度はレジウスが声を上げた。
「魔族さんとしては、もっともらしい理由が必要か?」
「……正直、戸惑っている部分ではあるよ。強大な存在に立ち向かうだけの勇気が、そうした理由で生まれるのかい?」
「確かに半端じゃない相手なのはわかるが……まあなんというか、俺達人間にとっては魔族と戦うことも、魔物と戦うことも全部そういうものだからな」
そう告げると彼は俺へ視線を投げる。
「セディもそうだ。魔族がどんな強大な存在かわからない……その上で、戦い続けた。そっちは色々とリサーチして戦うのかもしれないが、こっちは基本情報がない。だから今までとノリは変わらない。それだけの話だ」
「――確かに、そうですね」
と、同意の言葉をロウが述べた。
「危険な相手であることは間違いないでしょう。それでも……こうした場所は、残すべきでしょうし、全力を尽くすに値するものだと思います」
「個人的には正直逃げ出したいんだけど」
次いでケイトが苦笑混じりに話す。
「でもまあ、ロウがやる気なら私もやるわ……といっても、果たして役に立つのかわからないけど」
全員の意見は一致した。その直後、リーデスは小さく肩をすくめる。
「……無謀であることは間違いない。けれど、真実を知っても……これまでとやり方は変わらない、か」
「で、どうする?」
俺が問い掛ける。まだ砂竜は動いていないが、そう余裕があるわけではないだろう。
「わかったよ……といっても、君達の言葉で踏ん切りもついただろう」
「踏ん切り?」
「僕のことじゃない。それは――」
「蛮勇というのは、私自身あまり好かないが」
後方から女性の――それは俺にとってひどく聞き覚えのあるもの。
「だが、あなた達の決意を知るには十分なものだった……いいだろう、ならば共に戦うとしよう」
全員が顔を向ける。そこにいたのは、魔王エーレだった。
「……遺跡内からも出現できるのか?」
問い掛けたのはフィン。それに対しエーレは、
「そうだな。これは私だけの特権とも言える。特定の者は遺跡内へ直接転移できるような手はずを整えている」
「……それだけの事をするというのは、偉いさんなのか?」
さらなる問い掛けに対し、エーレは自身に胸に手を当てた。
「ならばまずは自己紹介を。私の名はエーレ=シャルンリウス。あなた方が最終目標としてきた、現魔王だ」
――その言葉を聞いた直後、仲間達は頭上に見える巨大な魔物を忘れたかのようにポカーンとなった。そりゃそうだ。
「ま、魔王……!? あんたが!?」
「突然の登場に驚くのは無理はない。しかし言っておくが、魔王が男性かつ巨大であるという規則はどこにもないぞ?」
エーレの解説にフィン達は押し黙る。信じられない様子が――まあその辺りのことで問答しても仕方がない。
「うむ、どうやら完全に納得はいっていないが、ひとまず置いておくことにしたようだな。では早速だが本題に入る……と、言いたいところなのだが、それより前に手短にだが伝えておくことがある」
エーレは一度俺達をぐるりと見回す。
「まず、ここにあなた達は訪れたわけだが……それは女王アスリの依頼から全て仕掛けてあるため、予定通りと言える」
「やはり、そうなのですか」
レナが口を開く。アスリもまた真実を知る者、ということを改めて理解したのだろう。
「あなたは確か、女王アスリの配下だったか。証明することとしては私を介しここに女王を連れてくれば解決なのだが、さすがに危険な状態だからやめておこう。話を戻すが、当然こういう形にするために、仕掛け人を用意しなければならなかった」
「あー、つまり私達の中に仕掛け人がいるってこと?」
ミリーの指摘。エーレは深々と頷き、
「いかにも。あなた達にとってはあまり面白くないかもしれないが、自分達で真実を知るような形にしなければきちんと答えを出せないと思ったから、そのように処置をした。戸惑うかもしれないが、受け入れてくれ」
「で、それは誰なの?」
ミリーがさらに質問を重ねる。というか仕掛け人だらけなのだが……まあここで名乗りを上げるのが誰なのかは俺にもわかった。
「そういうわけだ……そちらも姿を明確にして、魔物の打倒に協力してくれないか?」
エーレからの提案。その時、魔物の咆哮が周囲に轟いた。
見上げれば、魔物は天を仰いでいる。動きが緩慢なのが救いだが、リーデス達がこの場に来なければ、俺達は間違いなく全滅していたことだろう。
そう思うと、この旅は本当に命がけだった……そんなことを考えた矢先、
「ええ、わかったわ」
了承するアミリースの声が聞こえてきた。




