太陽をにらむ者
突如、足下が揺れる。地震の類いに違いはなかったのだが……この遺跡へ辿り着く前の戦闘を思い返し、俺は嫌な予感がした。
「……ちょっと、待て」
俺は声を喉奥から絞り出すように吐いた。するとリーデスも何が言いたいのか気付いたらしく、
「これは……魔物か?」
警戒を露わにする。さすがにリーデスとしても予想外の事態らしい。
周囲の仲間達もにわかに緊張し始める。足下がさらに揺れ、何かが起きているのだと察することができた。
「セディ、これはたぶん――」
「ああ、地中にいる……魔物だ」
間違いなく砂竜。感じられる振動からはどのくらいの大きさなのかはわからないのだが……心底、嫌な予感がした。
悲しいことに、こういう直感はよく当たってしまう――直後、轟音が空気を振るわせた。それが何なのかは明瞭……砂を巻き上げる盛大な音だ。
次の瞬間、この遺跡を取り囲む砂丘を超える巨体を持った砂竜が現われる。それはここへ来る前に遭遇したものは言うに及ばず、俺達など豆粒としか思えないであろう壮大で、現実感すらなくさせるほどの存在だった。
「おい……冗談だろ……?」
掠れた声でレジウスが呟く。他の面々は砂竜の巨大さに呆然といった様子。
そうした中で俺はどうすべきか考える。そして魔物を見上げるリーデスを見据え、声を上げようとした。
だがその寸前、砂竜が吠えた。ゴオオオオ――それは果たして声なのかと疑問に感じるほどの重い音。空気どころか遺跡すらも震わせ、後方から石材の軋むような音すら聞こえてきた。
やがて声が収まる。そこで俺はリーデスへ呼び掛けた。
「あの魔物は……さすがに制御できないよな?」
「自然に生まれた砂漠の主だ。僕らでは操ることなどできない」
そう言った後、彼は俺達へ向き直る。
「一刻の余裕もない。転移でここを脱出しよう」
「え……?」
カレンが目を丸くして聞き返す。それにリーデスは、
「この場で転移魔法を起動させる。行き先は魔王城。尻込みするかもしれないが、この場にいるよりはずっと安全な場所さ」
そう言いながら準備を始める。そこで今度はミリーが問い掛けた。
「ちょっと待って、移動するのはいいけれど……あの魔物は放置するの?」
「君達が道中で砂竜を倒したことで反応した砂漠の主だが、もし何かするにしても、この周辺で少しばかり暴れる程度で人的な被害は出ないだろう。放置しても問題はないさ」
「一番の懸念があるわよ……この遺跡はどうなるの? もし砂漠の主が暴れたら」
ミリーの質問にリーデスは少しだけ間を置き、
「……被害は出るかもしれない。少なくとも、あの巨体に押し潰されたら遺跡の地上部分は完全に崩壊するだろう。地下も……衝撃で、砕かれてしまうかもしれないな」
説明しながらも彼は転移魔法を準備する手を止めることはない。
「だが、人命が最優先だ。遺跡については後で確認して、砂竜が暴れたことにより壊れてしまったと申し開きすればいいだけの話さ」
「仕方がない……と?」
「ああいう存在がいるんだ。いつ何時こういう結末を迎えてもおかしくなかった。それがたまたま君達が来た時だっただけさ」
語った後、彼は作業を止め肩をすくめた。
「君達が責任を感じる必要はどこにもない……さて、準備はできた。今から魔法を行使して門を開くから、入ってくれ」
リーデスが魔法を行使しようとする。だがそれを止めたのは――
「いや、待ってくれ」
他ならぬ、俺だった。
「この遺跡を壊されるのを黙って見過ごせってことか?」
「……惜しいのは確かだが、だからといって君達を危険にさらすわけにはいかない」
「魔族の力でもどうにもできないってことでいいの?」
ミリーが質問を重ねる。それにリーデスは彼女を見返し、
「まず頭数があればやり方次第でどうとでもなるのは事実だ。けれど僕らとしても兵力を早急に集める……しかもそれは大いなる真実を知る者だけに限られる。さすがにその手はずを整えるまで、砂竜は待ってくれないだろう」
そう言ってからリーデスは砂竜を見上げる。
「現状持てる戦力で砂竜と直接やり合うのだとしたら……遺跡を守るための結界を設置し、暴れ回る砂竜に対し立ち回る……それこそ、砂竜を倒すことは十分可能だ。しかし遺跡を守り、誰も犠牲なく……というのは、非常に難しい――」
「だが、できるんだな?」
俺の問い掛けにリーデスは押し黙る。
砂竜はまだ動かない。天を見上げている様は、まるで太陽をにらみ、挑もうとしているかのよう。
「……君達は、ここを訪れただけだ」
少ししてリーデスは語り出す。
「遺跡の内容に驚き、考え方が変わったのは間違いないみたいだが……この場所にさして思い入れはないはずだ」
「だが、この場所には真実が眠っている……他のどんな場所で知ることのできない、大いなる真実が」
「それを後世に残すために……守ろうとしているということか?」
――正直、俺としてはなぜこんな風に考えたのかよくわからない。
ただ、仲間達を見て……この遺跡で真実に向き合う姿を見て、この場所はきっと残さなければならないのだと考えた。
もちろん、それがどれほど危険なことかはわかっている。巨大な砂竜を相手にして、こちらが無事である保証はどこにもない。
だが、それでも最初からあきらめるよりは、何か手段を考えたい……そう考えた末での発言だった。
リーデスはなおも沈黙する。砂竜はいつ何時動くかわからないため、この沈黙は正直焦燥感が募る。
無論、俺の言っていることが試練そのものを無茶苦茶にすることも理解している。だが……何もせずただ魔王城へ行くよりは――
「……やれやれ」
小さくリーデスはため息を吐いた。そして俺達に突然背を向け、
「だ、そうですが……いかがしますか?」
そういう声が聞こえた。対峙する俺がギリギリ聞き取れるもの。誰かと話している……というよりは、この状況を見ている誰かに問い掛けている。
その相手は間違いなく、エーレ。彼女はこの状況をどう判断するのか。さすがに危険だとして俺達をまずは逃がすのか。それとも、ここで戦う選択をとるのか。
リーデスはなおも小声で会話を行う。そして幾度かやり取りをした後、
「わかりました」
そう言って、俺達へと向き直った。
「……まずは、確認したいことがある」
前置きをする。俺達は全員言葉を待つ構えを示し……やがてリーデスはこちらへ尋ねた。