地下の魔術師
扉を抜けた先、そこはやや広めの空間……とはいえ屋敷のような邸宅ではないのでそこそこの規模。
そして部屋の中央に、当のルウレはいた。俺達に対し横を向いており、デスクに向かって書き物をしている。
それなりに気合いを入れて扉を開けたはずなのだが、まるでこちらをシカトするような態度。こっちとしては拍子抜けするくらいだったのだが……やがて彼は首を向ける。
「……見覚えのない客だな」
「ずいぶんとまあ、余裕の態度だな」
こちらの声にルウレは目を細めながら観察する。
「……剣を抜いているにしろ、悠長に構えているということは恨みがあってここに来たわけじゃないようだな」
「恨まれるようなことをしている自覚はあるのか?」
「多少なりとも」
冷静だな……これは平静を装っているのか、それとも状況がわかっていないのか。
ともあれ、俺達は変わらず相手を見据え、一歩近づこうとする。そこで、
「用件を聞こうか」
「……勇者バルナのことについて聞きたいと言えば、わかるか?」
その問い掛けに彼は俺達を見据え……どこかわざとらしく舌打ちした。
「そういうことか。閲覧した報告書は偽装されていたな」
「勇者バルナについては国も関わっていた。だからこそ、露見するのはまずいと考えたんだろ」
「なるほど。確かにアイツに施した処置を考えれば、隠そうとするのは理解できる」
言いながら彼は静かに立ち上がった。
「ならば俺をどうする? 確かに俺がやったのは事実だし、その様子からしたらダナーの家にでも踏み込んだのだろう。しかし、明確な証拠はないぞ」
「強引だが、今から探せばいいだけの話だろ?」
「情報を求めにやって来たというわけか。冒険者らしい無謀な行動と言えるが……やり方としては、間違っていないな」
ここでようやくルウレは俺達と対峙する……さて、ここからだな。
「推測通り、あんたの知り合いは確保している。そちらに証拠はないが……少なくとも、危険な実験を繰り返していたのは事実だ。これを国に突き出せば、そちらも調査の手が入るだろ」
「ダナーの家にある証拠だけでは国が動くのも遅い。そんな悠長にしていては証拠隠滅される可能性があるため、踏み込んだといったところか」
ルウレはそんな声を上げながら、どうするべきかと思案し始めた様子。それに対しこちらは静かに動き始める。クロエは入口に立ったままだが、ディクスがまずルウレの横手に回る。
次いで彼に合わせるように俺もまた移動を開始。部屋に罠がないとも限らないので、周囲を注意しながら彼を囲むように移動する。
一方でルウレは動かない。こちらの様子を窺う格好であり――
「そう簡単に、国が動くと思っているのか?」
やがてルウレはこちらへ質問する。
「確定的な証拠……というより、こちらがやったことを証明する手立てはあるかもしれないが、果たしてそれで国が俺やダナーを牢屋に入れると思うか?」
「勇者バルナのことを話せば、少なくとも国側も動くだろう」
「その話を国が信用すると?」
「俺達は名乗っていないが」
俺はルウレと目を合わせながら、告げる。
「一応それなりに名が売れているからな。話は聞いてくれるだろ」
「……ああ、そうか」
ここでルウレはクロエへ目を向けた。
「女勇者……そして装備の特徴からして、名はわかる。クロエ=ガレットか」
「知ってもらっていて光栄ね」
皮肉っぽく言及するクロエに対し、ルウレは肩をすくめる。
「残る二人も名の通った勇者となれば、なるほど国は動くかもしれないな……ただ、そうであったらなおさら疑問だ。なぜバルナのことについてこうも心を砕く?」
ルウレは俺達を一瞥する。
「勇者である以上、バルナとはあまり良い関係ではなかったはずだ」
「確かに、彼が俺を狙ったのは事実だ」
こちらが答えるとルウレは息をつき、
「ならばなぜ、こうまで動く? ヤツの真実を知りたいという好奇心か?」
「あえて言うなら、今後同じような犠牲者を出さないため、だな」
俺の言葉にルウレは眉をわずかに動かす。
「その様子だと、また同じように実験をやるつもりだったんだろ?」
「ずいぶんとお人好しな勇者だな……確かに、それには同意する」
ルウレはデスクに目を落とす。俺のいる所からは紙が置かれていることしかわからないが――
「……目的は、勇者バルナに起きたような事態を繰り返さないため」
反芻する――ふむ、流れ的に尋ねてみるか。話すかな?
「もう一つ重要なことがある」
ルウレは顔を上げた。ディクスやクロエが見守る中、俺は言葉を紡ぐ。
「勇者バルナは言っていた……俺を襲った理由。それは大いなる真実とやらが関係していると」
「……ああ、なるほど。それならここまで来たのも納得がいく」
合点がいったような声を上げるルウレ。
「むしろそれが本題だと言っても過言ではないだろう?」
「両方とも重要だと言っておくさ……さて、そちらは会話を行い時間稼ぎをしているようにも見えるが」
「少なくとも、何かやろうとしている気配はないな」
ディクスの言葉。彼が調べている以上、罠などはない――いや、待て。
神魔の力……それを用いていればその限りではないかもしれない。
彼もまた勇者ラダンと関わっている以上は、そこについて警戒しなければならない。
ルウレはディクスの指摘を受けてもなお動かない……沈黙が生じる。魔法的な仕掛けがあればすぐに俺やクロエも気付くのだが――
「……にらみ合いは好きじゃないな。捕まえるのなら、さっさとすればいい」
突如そう述べると彼は椅子に座った……物わかりがいい、という感じではない。
いや、むしろこれは捕まっても平気だと考えているのか……? 俺はディクスやクロエとアイコンタクトをとる。クロエは小さく頷き、ディクスは無言だった。
どうするか……少し悩んでいると、俺より先にディクスが動き始めた。
「ともあれ、調べる必要はある」
剣を強く握り締め、ゆっくりとルウレへ近づく。
「よって、手荒になるが気絶してもらう」
「無難な選択だな」
応じながら彼はディクスを見返す。果たして――
そしてディクスがルウレを剣の間合いに入れた直後だった。突然足下が、発光を始める!
「罠か……?」
叫びながら俺は前に出ようとする。途端、ルウレは哄笑を上げながら光の中心に立ち――突然部屋の真ん中で、爆発が生じた。