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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者と魔王編
3/428

いずれ来る選択と、噂話

「……こんなところで……いいかな……」


 辿り着いた場所は、木製ベンチのある高台。街の外れであり、景色を見下ろす方向以外は木々で囲まれている。俺は呼吸を整えながら空を見上げた。時刻は太陽が中天に差し掛かろうとしているため、真昼なのがわかる。


 時間を察したためか、ふいに空腹感を覚える。


「そういえば、飯とか食べてなかったな」


 謁見するという予定から緊張したせいで、朝食は抜いた。俺は小さく息をつくと、空腹を紛らわせるため辺りを見た。


 高台の周辺に人気はゼロ。屋台だって一つも無い。森の中にできた道を抜け到着する場所であるため、食事をしたいのなら街へ戻るしかない。


「ま、仕方ないか。とりあえずほとぼりが冷めるまで待とう……」


 情けない気がするが、追っかけまわされるよりは大分マシだ。もし逃げていなければ、ミリーがカレンに油を注いだのは間違いない。結果、遅かれ早かれ俺は逃げ出し、最後はこうなっていただろう。


 つまりこれはある種、パターン化しつつある出来事というわけだ。


「しかし、何でいつもああなるのか……」

「そりゃあ、色々と有耶無耶にしているからでしょうが」


 独り言に返答され、慌てて振り向いた。高台の入口にバスケットを抱え、悠然と立つミリーの姿があった。


「予想通りここだったわね。ま、カレンやフィンは道も知らないだろうから、ここには来ないでしょうけど」

「あ、ああ……」

「で、思い出した?」


 彼女の問いに、俺は頷く。デート、というのは少し言い過ぎかもしれないが、街の観光でもしようか、という約束は確かにしていた。


「ああ、あの子を炊きつけるつもりで言っただけだから、約束は気にしなくていいよ」


 手をパタパタと振り、ミリーは言った、というより言い放った。俺ははあ、とため息をつき口を開く。


「あのさ、前から言っているけど……」

「そういう言動はよしてくれ、と?」

「ああ」

「原因は主に、セディにあると思うんだけどねぇ」


 ミリーは語りながら俺に近づき、バスケットを差し出した。受け取って中を覗くと、サンドイッチと木製の水筒が入っていた。


「どうせ何も食べてないんでしょ?」

「……ありがとう」


 礼を言い、近くにあるベンチに座る。正面には綺麗な街の景色が見えた。視線を外さないままバスケットを横に置くと、その横にミリーが座る。


「だけど、色々と結論出す時期に来てるんじゃないの?」


 ミリーは尋ねた。俺は何も答えず、無言でサンドイッチを掴む。


「あんたの考えていることはわかるよ。やっていることと比べて、遥かに保守的なあんたの言動をさ。どうせ今みたいな立ち位置が続けばいいとか思っているんでしょ?」

「……ああ、その通りだ」

「無理だと思うよ」

「手厳しいな」

「でも事実」


 確かにそうだ。俺ははっきりと頷き、ミリーの続きを待つ。


「魔王を倒す、という最終目標が眼前まで迫ってきている。セディ、はっきり言うけど、魔王を倒してから結論出すのは、どう考えても遅いんじゃない?」

「……もし仮に、魔王を倒せたとしたら、どうなると思う?」

「世界の英雄として、何かしらの栄達が与えられるでしょうね。それが名誉なのか、それとも実物なのかは知らないけど」


 俺はサンドイッチをほおばりながら話を聞く。ミリーの言葉は全て胸中に眠る真実であり、その通りだと頭では認識している。


 俺はとある家族――カレンの両親に引き取られ、恩を返そうと訓練を重ね、いつしか勇者と呼ばれるようになった。両親を失くす前に交流のあったミリーと、さらに道中フィンといった仲間を加え、とうとう魔王の幹部まで倒せた。だが、心の中ではかなり戸惑っている。正直な所、勇者なんて称号は荷が重すぎる。


 もし魔王を倒せたとしたら、世界観が激変するだろう。俺は勇者としてこれまで魔王の幹部達を倒してきた。ここからさらに魔王を倒せた暁には、王女を嫁にやると言い切った王までいる。さらに俺の仲間には一緒に戦ってくれるカレン達以外にも、道中出会った思い思いの人がいる。そうした人達といくつも約束をしてきた。必ず平和にすると誓ったり、また会いに来ると誓ったり様々。


 その中で、どんな道に進むのかを決めなければならない。


 そしてその多くの選択肢は、俺を慕うカレンを含め、共に戦う仲間達と別れることを意味する。だからこそカレンは俺を繋ぎ止めようと必死と考えている。戦いが終わった後、選ばれるために。

 俺としては仲間を思い、今のような境遇を維持したいと思っている。ミリーに言わせれば、ぬるま湯につかるような、どうしようもない望みだろう。


 考えながら無言でいると、ミリーが話を続ける。


「ま、どっちにしたってあんたが未来永劫歴史に刻まれる人間になるのは間違いないよ。良かったわね。教科書に載って」

「決まったわけじゃないぞ……魔王を倒せたわけじゃないんだから」

「そうやって魔王を倒せる倒せないを誤魔化し続けて、選ぶべき結論を先延ばしにしてきたわけね」


 強い言葉に、俺は苦笑した。

 正解だ。カレンや、目の前にいるミリーのこと。なんだか色々と思いが錯綜して、結論が出ずにいる。


「しかし、もし勇者として王様になるとしても、カレンを選ぶのは危ないんじゃない? 血は繋がっていないにしろ、兄妹だし」

「……あのなぁ」

「何よ? 選ぶというのはそういうことでしょ?」


 俺はミリーに何かを言いかけて――やめた。きっとこの場では決められない内容だし、何よりミリーに話すべきじゃない気がする。


「ま、あんたが魔王を倒す時うじうじしない限りは、見て見ぬ振りするけど」


 ミリーは言って空を仰いだ。俺は水筒に口をつけながら彼女の横顔を眺める。どこか愁いすら見せるその顔は――自分もまた選ばれる人間の中に入っているのか、と暗に尋ねられているような気がした。


 すると、彼女は視線に気付いたのか声を上げる。


「……何?」

「何でもない」


 残るサンドイッチを口にいれながら、俺は首を左右に振った。


 そして食事を終え、俺は「こちそうさまと」言ってから、改めて礼を述べる。


「ありがとう、ミリー」

「言葉いいから何か頂戴」

「断る」


 ミリーは小さく笑った。掛け合いを楽しんでいる様子で、こちらもなんだか嬉しくなる。


「さてセディ、帰ろうか。ただ、私達は別行動で」

「わかってるよ。カレンを刺激したくないし」

「ねえ、一つ訊きたいんだけど、あんたカレンがどう想っているかわかってるんでしょ? 何か答えを提示したら?」


 そう問われ、俺は一瞬考える。しかし――


「いや、戦う前に軋みを入れるのは……」

「確執を生む答えなの……?」

「そうしたら危ない、と言いたいだけだ」


 反論したが――ミリーは口元に手を当て、目を見開き告げた。


「まさか、あんたフィンのことが……」

「んなわけあるか!」


 まさかの答えに叫ぶと、ミリーは即座に表情を戻し「はいはい」と手を振って、バスケットを掴むと歩き始める。


「少ししたら降りてきなさいよー」


 言い残し、ミリーは立ち去った。

 俺は彼女を見送った後、再度ベンチに座り、景色を眺める。風が頬を撫で、自然の香りが胸の中で広がり、心が洗われていく。


「……結論、か」


 言葉に出してみる。魔王に挑戦し何かしらの決着がついた後の選択。今選ぶには早すぎるが、事が決した後では遅すぎる。俺は無理難題を突き付けられた気分になりながら、ため息をついた。


 それから少しして、立ち上がり街に向かう。高台を下り、何本かの人通りの少ない道を抜けると、混雑している通りに辿り着く。腹も膨れたので街をブラブラする余裕もできた。色々と眺めながら宿まで帰ることにしよう。


「しっかし、帰ってから色々とありそうだな……」


 どうしようか。このままどこかに立ち寄って夕方くらいまで暇を潰そうか。そう考え始めた時、視線に気が付いた。


「ん?」


 そちらへ目をやると、細い路地の前に十歳くらいの少女が一人、雑踏に紛れる俺をしっかりと見つめていた。俺は気に掛かり彼女に歩み寄っていく。


「どうした? 何か用なのかい?」


 近づいて、できる限り優しく少女に尋ねてみた。

 すると、彼女は緊張のためか少し口ごもりながら、話し始める。


「あの……お城から出てくる所を見たんです……その……」

「俺を?」


 少女はコクリと頷いた。俺が勇者であるのを知っていると言いたいらしい。

 そこで少女が何を言いたいのか察し、尋ねる。


「もしかして、何か困ったことがある?」


 俺の言葉に少女ははっとなり、すぐに頷いた。


「その……信じてもらえないかもしれないんですけど……」

「大丈夫、話してみてよ」


 応じると少女は少し躊躇した後、ゆっくりと切り出した。


「その……夜にお城を見ていて……偶然見たんです。お城から、黒い翼を生やした何かが飛び立つところを――」






「――と、いうわけだ」


 少女から聞いた話を宿に戻り、仲間達に説明した。


 最初反応したのはテーブルを挟んで真正面に座るフィン。腕組みをして、眉をひそめつつ呟いた。


「黒い翼、ねぇ……」

「兄さん。一ついいですか?


 今度は横に座るカレンが、俺に問い掛ける。


 現在部屋にいるのは俺含め三人。ミリーは弁当を作って持って行ったことがバレて、カレンが部屋から追い出していた。その辺を追及すると視線が怖くなるので、俺やフィンは触れないようにしている。


「夜だったから、そう見えただけなのでは?」

「それは俺も考えたんだけどさ、月明かりの下ではっきり見えたと、その子は言っていたんだ」


 俺は頬をかきながら、カレンの質問に答える。そこでフィンが声を上げた。


「セディ。黒い翼となると、悪魔か堕天使が相場だな」

「ああ」


 フィンの言葉に同意し、さらに謁見した王様のことを記憶から呼び起こす。


「あ、一つ思い出した。今朝、俺が謁見した時王様はどこか態度がおかしかった。もしかすると、その辺りが関係しているのかもしれない」

「悪魔や、魔王と内通している、というわけですね」


 カレンは言いながら表情を硬くする。

 対するフィンはなおも引っ掛かるのか反論した。


「その子は確かにそういった存在を見たのかもしれないが、王様と関係があるというのは、早計過ぎやしないか?」


「それを、少しばかり調べようと思ってさ。これこそ、勇者の役目じゃないか?」


 俺の言葉に、フィンも「なるほど」と返答した。


「疑いがあるのなら調べていいかもしれないな。ただ場合によっては、王様が俺達の敵になるぞ?」

「そうだけど……どちらにせよ、悪魔――魔王と内通しているというのなら、遅かれ早かれこちらに手を出してくるさ。何せ俺達は、魔王最大の仇敵となったわけだし」

「それもそうだな」


 フィンは言いながら頭の後ろで腕を組み、椅子の背もたれに体を預けた。


「その辺りはお前の指示に従うさ。セディがリーダーだからな」

「わかったよ。それじゃあ早速だけど、今夜からでもいいか?」

「俺は構わないぜ」

「私も、大丈夫です」


 フィンとカレンは了承する。後はミリーだけだ。


「俺からミリーにも言っておくよ。ただ、ここは街中だし下手をすると色んな人に被害が出る可能性がある。それだけは注意しよう」

「了解」


 フィンは答えると立ち上がった。


「俺も少しばかり情報を集めてくる。夜までには戻る」

「わかった。気を付けろよ」

「任せろ」


 フィンは俺に背を向けながら手を振り、部屋を出て行った。残された俺とカレンは、少しの間沈黙する。


「……魔王の、協力者」


 やがて、カレンが呟いた。それは彼女自身も意図しなかった声なのか、慌てて俺の方を見た。


「あ、すみません」

「いや、いいよ。それにしても、王様が敵だとすると厄介だな」


 俺は憮然としながら、カレンに話す。


「もし王様が魔王と関係あるのなら、魔王腹心の中でもトップに位置する相手を破った俺は、厄介者以外の何者でもない」

「そうですね。とすると王様は魔王討伐を危惧しているのでしょうか?」

「そうかもしれないな」


 同意する。さらにカレンは時折こちらへ視線をやりながら話を続ける。


「もし、王様でないのなら大臣とかが手を組んでいる可能性がありますね……今は、私達の動向を注視しているのかもしれません

「ああ。だがこのまま放っておけば、俺達に干渉してくるかもしれない」

「もしそうなってしまったら……最悪街を離れれば良いと思います」

「人に迷惑を掛けないようにするなら、それが一番だな」


 俺は言いながらカレンに顔をやった。彼女は色々と話をして、どこか嬉しそうだった。


「なんだか、いつもこんな話ばかりですね」

「こんなって……ああ、作戦他、議論すること?」

「はい」


 カレンが頷く。

 ミリーは直情的で細かいことは考えられないし、フィンは情報を集める方が得意なので、作戦会議は必然的に俺とカレンの担当だ。


「そう言えば、兄さん」

「ん? 何?」

「ベリウスとの戦いでも、色々と可能性を考慮したのに……結局フィンさんと突撃しましたよね?」


 どこか心配するように、カレンは語る。その様子に俺は戦いの状況を振り返り、返答した。


「あれは敵が群れで来たから、一気に突破したほうがいいと判断したんだ」

「結果としては良かったのかもしれませんが、相手はこれまで勇者達が倒せなかった相手……もう少し、準備を整え戦うべきだったのでは」


 どこか咎めるような内容。だが言葉の端々に、俺を気遣っている様子が窺える。

 カレンは今回の件においても無茶をしないよう、諫言の意味を込めたのだろう。


「ごめん。次は気を付けるよ」

「……わかりました。それで、今日の件はどうしましょうか?」


 カレンは納得していない様子だったが、それ以上の言及は避け話を戻す。

 俺は腕を組みつつ、少し考えた後答えた。


「ひとまず城を見張るのが優先かな」

「ここはどうしますか?」

「宿を襲うような真似はしないと思うし、盗られるような物も置いてない。大丈夫だろう」

「わかりました」


 話は終わる。もし新情報が出てくれば、都度対応していけばいい。


 やがてカレンが部屋を出て行き、俺は一人になる。


「さて……」


 呟き、立ち上がるとテラスへ出た。時刻は夕方近くで、空が赤くなろうとしていた。


「魔王、か」


 空を見ながら、魔王のことを考える。


 多くの人から見れば、魔王とは恐怖の対象でしかない。実際、俺の両親は魔王の部下と呼ばれる魔物に殺された。その時俺は魔王に恐怖を抱いても良かった。しかし、感じたのは怒りだった。

 ふいに、自分が戦う理由はなんなのか自問した。剣を握った理由は、カレンの両親に恩を返すためだった。しかしもっと奥深く――根源的な要因は、両親の死だと思った。つまりは、復讐だ。


「なんだか、今更って感じだな」


 部屋に戻り、ふとベッドの横に立てかけてある剣を見る。

 それは旅をしていた時、偶然入った遺跡に安置されていた、女神の力を纏った剣。身に着ける指輪などと同様、魔法具の一種――俺はこの力を用いて戦ってきた。とある人は女神と共に戦う勇者、という言い回しで表現したこともある。


「もし魔王を倒せば、女神様にでも祝福されるのかな」


 あり得ないだろうと思いつつ、口にしてみる。


 神々は魔王を打ち砕こうとする存在。そして魔王は人間や神々を滅ぼそうとする存在。子供でも知っている常識だ。魔王と神は遠い昔から争い、今は人間が神から武具をもらい代理戦争をしているような形。そうした中、ときおり神という存在は資質ある勇者に武具を授ける場合がある。


 だが俺の所には訪れなかった。魔王の討伐しようとしている俺に来なかったとすると、神様もあまり先見性はないのかもしれない。


「……まあ、その辺はどうでもいいか」


 思考を振り払い、ベッドに目をやる。


「少し休ませてもらうとするかな」


 夜は動き回る羽目になるだろう。今日は結構忙しかった(というより、色々面倒なことがあった)ため精神的に疲れている。それを回復させるために、さらには夜に備え仮眠を取ろうと決める。


 休む寸前、俺は王様の表情を頭に浮かべる。警戒を見せるような視線。どんな意味があるのかわからなかったが、少なくとも何か重大なことを隠している。そんな気がしてならなかった――

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