赤い悪魔
徐々にではあるが、魔物達の動きに変化が。ジクレイト王国の面々が敵の誘導を行っているわけだが、それが破綻しかけている。彼らの動きが悪いわけではない。魔物達の動きが散漫になり始めたのだ。
「敵側も統制が執れなくなってきているのか……!」
俺はそう呟きながら悪魔を屠る。指揮官級の悪魔を倒した結果などにより、どうやら悪魔側も行進に支障が出始めたらしい。
本来ならば敵が浮き足立っているということから良い知らせのはずだが、現状では戦線がさらに伸びる可能性があり負の情報になっている。最大の問題は俺やクロエが継続戦闘できるかではなく、レナ達が魔物を誘導し続けられるかにかかってしまった。
「ディクス! どうにかできないか!?」
一縷の望みとして彼の名を呼んだ。しかし、
「難しい!」
そういう返答。これはまずい。そう遠くないうちに戦線が崩壊する……!
こうなったら無理矢理にでも押し通すか――そういう気持ちを抱いた時、後方から鬨の声が聞こえてきた。
何事か。一瞬だけ振り向くと、そこには、
「……騎士団!?」
後方にいたロウが叫ぶ。カレンや仲間も釣られてそちらを見る。
俺もまた一瞥し、騎士団……相当な数の面々が、こちらへ向かって押し寄せてきていた。
「援軍、というわけか……!」
「それにしても、早くないかしら?」
クロエが疑問を呈する。確かに戦闘開始前の段階で伝令を送ったにしては、早い――
「セディさん!」
レナの声。俺はそちらに向くと、彼女は説明を始めた。
「魔王の居城へ向かう前、大規模な戦いに備え騎士団を用意していたんです!」
「そういうことか。けど、それにしたってあの数は――」
「私も驚きですが、陛下が今回の件を憂慮し、騎士団を増員していたのかもしれません!」
――女王アスリの計らいか。勇者バルナのことについて懸念し、もしもの場合を想定して、準備していたということか。
内心で納得した直後、騎士達が俺達を横切り魔物と交戦を始めた。騎馬隊の勢いは魔物を押し潰し、一気にその数を減らす。
「よし……レナ! この兵数なら敵を誘う必要はない。隊の面々を引き戻してどうするか判断してくれ」
「どうする、とは?」
「このまま戦い続けるか、援軍に任せるか。さすがに疲労しているだろ?」
肩で息をする騎士の姿もある。この状況下では騎馬隊と連携をとれるのかも不明だ。
レナは部下を一瞥。それを見て、判断した。
「動ける者は支援に回ってもらいます。残りは後方で怪我人などの治療に当たりましょう」
「わかった」
「セディさん達は?」
「当然、決まっている」
剣で森の方角を指し示す。それを見て仲間達も俺に近づき、
「そう言うと思ってたぜ」
フィンが、にこやかに俺へ言った。
「こっちもまだ余力はあるからな。付き合うぞ」
「私も大丈夫です」
カレンが続く。シアナは当然とばかりに頷き、ミリーやレジウスもまた戦う気満々だった。
問題はロウとケイトだが……視線を向けるとロウが代表して答える。
「こっちもいけます。セディさん、指示を」
――気付けば俺に視線が注がれている。クロエやディクスも俺の言葉に従う様子であり、
「――俺で、いいのか?」
問い掛けにカレンがいち早く頷き、また相次いで他の面々が無言で首肯する。
どうやらそれでいいと、意見が統一してしまったらしい……俺は苦笑した後、全員に指示を出す。
「ならば出よう――丁度、おあつらえ向きな相手も出てきた」
この距離でもわかるほど、真正面から強い魔力。やがて森から、赤い体躯を持った悪魔が出現した。
その気配に騎馬隊で突撃していた馬がいななく。攻撃を開始していない状況下で、騎士達の突撃が鈍るほどの、濃密な気配。
「魔力を凝縮した、悪魔ってところね」
クロエが言う。とはいえ神魔の力はどうやら所持していない。
けれど同時に察するのは……この気配、どうやら――
「勇者バルナ、か……」
ディクスがおもむろに呟いた。それで仲間達も察する。赤い悪魔――あれはバルナの変わり果てた姿であると。
「バルナさんは……なぜ……」
ロウが声を漏らす。どうして、と疑問を持つのは仕方がない。
「……たぶん、最後の最後でバルナにとっても予定外のことが起きた」
俺はそう口を開く。
「それがどういう因果で生じたのかは、俺にもわからない。けれど確実なことが一つ。勇者バルナは多くの勇者を手に掛け、そして最後の最後で破綻し、ああした末路を迎えた」
そこで俺は、バルナの姿を思い返す。歪んで醜くはあったが、彼は自分が思ったことを実行していた。この世界を救うと信じて。
彼は勇者ラダンの凶行による犠牲者……いや、大いなる真実という言葉に翻弄された、悲しい勇者。
「もう眠らせてやろう。彼の罪を、俺達の手で終わらせる」
こちらの言葉に誰もが頷き――俺は、足を一歩前に出す。
仲間達をそれに続く。歩を進め、赤い悪魔もこちらに気付いたか、咆哮を上げる。
俺のことがわかっているのか、それとも他にない魔力であるためか……どちらにせよ、標的にしたことは間違いなかった。
とはいえ――俺は確信していることがある。目の前の悪魔は確かに凄まじい魔力を伴っている。けれど、当然ながら魔王には至らない。
この勝負は一瞬でつく。その巨躯から振り下ろされる拳を止め、渾身の一撃をその体に叩き込む。それで終わる戦いだった。
「クロエ――」
「私が」
名を呼んだ直後、彼女が反応。
「悪魔が仕掛けてきたら私が応じる。セディは全力で剣を叩き込めばいい」
「わかった……他の全員は、こちらに来る魔物に対応してくれ」
その指示にカレンが「わかりました」と代表して答え――俺達は、走り始めた。
悪魔が明確に俺達に狙いを定め、足を踏み出す。重い足音は地響きすら感じさせるほど。だが俺は一切怯まなかった。
周囲に魔物が群がってくる。けれどそれをカレンやシアナの魔法で弾き、肉薄してきた魔物達をロウやケイト、フィンにミリー、そしてレジウスが的確にさばいていく。
そうして悪魔に接近し、拳が振りかざされる――が、それをクロエが真正面から、防いだ。
大丈夫だと見越して彼女もまた対応した。そこで俺は懐へ潜り込む――その前に襲い掛かろうとした魔物達は、全てディクスが一蹴した。
そして俺はすくい上げるような一撃を悪魔へ向け放つ。その時、一瞬だけ悪魔と目が合った。
理性があるのかはわからない。けれど――その瞳には、確かに勇者バルナが宿していた光が、存在していた。




