消えゆく力
「……ぐ」
小さな呻き声。それはバルナが発したもので、彼は唐突に、両膝をついた。
「何……!?」
ジクレイト王国の騎士や魔術師もその行動に驚く。次いでバルナは自身の胸に手を当て、苦しそうに声を絞り出した。
演技かと一瞬思ったが……違う。俺は彼の背後に魔力が浮かび上がるのを視界に捉えた。まるで、彼の体を乗っ取り操っている幽霊のような魔力。
それ自体は彼自身の魔力で間違いない。だが、明らかに様子がおかしい。
「何が起こってる……!?」
「彼の魔力が、暴走しています」
こちらの呟きにシアナが応じた。
「突如魔力が体の中で荒れ狂い、暴走している」
「……他者の力を奪い取った結果か?」
「いえ、そうであれば今まで暴走しなかったことは違和感がある……例えるなら、突然他者が彼の魔力に介入し、操作しているような……」
それは一体……というよりもしシアナの仮説通りだとするなら、この場を見ている誰かがいることになる……?
シアナやディクスがそれに気付かないのは……いや、観察ではなく発動条件に引っ掛かって暴走し始めた可能性もありそうだ。ともかく、今は彼を抑えなければ。
「ここは私が!」
声を発したのはレナ。杖をかざしバルナを取り巻くように光の帯が現われる。
魔法で体を覆い、拘束する――だが予想外のことが起きた。突如バルナが腕をかざすと、光が、消える。
「えっ……!?」
レナは瞠目し、また騎士団も驚いた様子。そこで次に動いたのは、シアナ。
手をかざしバルナの足下に魔法陣が生まれる。一瞬のうちに陣の中から紐のような青い光が出現し、一気に彼の体を拘束した。
「捕らえました……が、これは……」
「ともかく、暴走している魔力を抑えないと」
ミリーの言葉にレナはすぐさま別の魔法を準備する。おそらく魔力そのものを押さえつける魔法。物理と魔力双方で拘束することができれば、完全に動きを止めることができるはず。
そして彼女の魔法が発動し、目論見は……どうやら成功した。暴走した魔力が次第に収まり始め、事態は収束したかに見えた。
けれど、次の瞬間――バルナが叫んだ。だがそれは人の発したものとは思えない――まるで獣のような咆哮だった。
「っ……!?」
思わず耳を塞ぎたくなる声。まるで何かに訴えかけているような、あるいは何かを呼び寄せているような雄叫び。その直後、今度はバルナの体に変化が現れ始める。
突然その体から煙のようなものが生じた。魔力が暴走し身を焼いているのかと思ったが、熱気は感じない。これはもしや――
「魔力が、抜け出ている!?」
シアナが叫ぶ。どうやら煙のようなものは視覚化した魔力のようだ。
ただ、こんな変化を自らの手でやれるとは思えない。バルナ自身の意思とは別の何かによって変化が起きているようにしか見えない。
それが一体何なのか……現在も勇者ラダンとどこかでつながっていた? いや、そうであれば俺がバルナと接触した時点で何かあってもおかしくない。
ましてシアナなどもいた以上、警戒はしていたし見つからないというのは……神魔の力を活用していたのなら可能性はあるが、だからといってバルナがこのような変化をするというのは――
「セディ様!」
シアナが叫び近寄る。
「魔法により魔力と物理双方を制限しているはずですが、どうやら異常事態が起きています」
そうシアナは語った後、小さな声で、
「原因の解明などは、終わった後に」
「……そうだな」
まずは目の前の状況に対処する。そこからだ。
やがてバルナの体にも大きな変化が。まるで出現した魔力が全てを奪い取っているかのように、バルナがやせ細っていく。その状況に彼を慕っていた戦士団の面々は絶句し、また騎士団もあまりのことに何も言えなくなっていた。
そうして彼の姿は、魔法で拘束されていながら体が消え失せる……あまりに予想外の結末。それと同時、煙のような魔力が空中へと昇っていく。
「全員、あの魔力には触れないように!」
レナが警告を発する間に魔力が全て空へと消えた。夜空ではその魔力がどうなったのかはわからず、結局誰かに操られていたのか、それとも暴走なのかわからない。
「……ひとまず、魔力は空へ消えました」
シアナが言う。彼女は魔力を捕捉できるようだし、ひとまず問題はないようだ。
「周辺に滞留することなどもないようです……ただ再び魔力がここに飛来してくる可能性もゼロではありませんが……」
「すぐに町まで戻りましょう」
そう提案したのはレナ。
「勇者バルナが引き起こした変化とは思えません。どこからか、魔族の介入があったのかも」
「この場所は本当に魔族のすみかだったと?」
問い掛けたのはフィン。レナはそれに首を振り、
「建物の内装の状況などを考えると、この城の仕掛けは勇者バルナのものでしょう。だからこの城は元々無人だった……けれどバルナは幾度となく魔族の城へと向かい戦った経験がある。その中の魔族が何か仕掛けを施した……そんな可能性も考えられます」
それなら一応筋は通る……無論原因は別のところにあると思うれど。
「バルナが追い込まれていたため魔法が発動した……そんな可能性もありますが、原因については肝心の勇者バルナが消えてしまったため、わからないままですね」
――戦士団の面々は半ば茫然自失となっている。無理もない。信じていたものが全て崩れ去ってしまったのだから。
「色々と思うところはあると思いますが、移動しましょう……ここには監視するための魔法を敷いておきます。数分でできますから、それを実行した後に移動を」
そう言ってレナ達は行動を始める。彼女達の動きを眺めながら、俺は空へと消えてしまったバルナのことを考え、思考する。
結局……あれは何だったのか? 暴走なのか介入なのか。それがわからなければこの事件が解決したとは言いがたい。
レナの言う通り、魔族に何か仕込まれた可能性もゼロではないが……エーレが調べられるものなのか。疑問ではあったが、今は報告を待つしかなさそうだ。
そこで俺はカレンへと近寄る。治療によって彼女は立ち上がれるようになっていた。
「大丈夫か?」
「……はい」
躊躇いがちに頷いた彼女は、俯き言葉も少ない。
カレンも心に傷を負ってしまったか……これをどう解決すればいいのか。難題が増えてしまったと心の中で呟き――こうして、勇者バルナとの戦いは一応の決着がついた。




