その勇者の末路
勇者バルナの表情が、剣を弾かれたことにより完全に凍り付いた。それと共に先ほどまであった戦意が急速に失われていく。
勝てない、という考えが頭の中で浮かび始めた様子。ここで俺は前に出た。バルナからすれば仕留めるべく追撃を仕掛けたように見えただろう。
これだ――そう思いながら俺はバルナへと肉薄。追い詰められた状況下。バルナは覚悟を決めたような顔をした。
「――私はまだ」
バルナが息を吹き返す。せめて一太刀、という目論見が俺には見て取れた。
こちらは剣を振る。ただそれは牽制的な意味合いのもので、仕留めるような意図はない。これには理由があった。というより、バルナを追い込んで選択肢をなくすことが目標だったので、ここまでは計画通り。
俺はさらに剣を振りバルナを追い詰めていく。刻一刻と追い込まれ、バルナは選択肢を奪われる。
ここで――彼は前進を選択した。無茶な突撃であり、相打ち覚悟で剣を放つ。
そこで、俺は剣をわざと大きく弾かれるような形にする。数歩後退し、決死の攻撃が実った形をとる。
すかさずバルナは斬り込む。いけると判断し、追い込まれた感情から沸き立ち、視界に俺を捉え攻撃を仕掛ける。
「油断しましたね!」
バルナは哄笑を響かせさらに踏み込む。形勢が少しばかり傾き、いけると判断したのなら当然反撃に転じる。そこで俺はさらに後退する。表情は変えていないが……それでもバルナは前へと突き進む。
その時、声を張り上げるバルナを見ながら俺は一つ感じ取った――結界が壊された。
バルナはそれに気付いているか……勝てると判断し、俺を逃さないように攻め込むバルナは、果たして結界が壊されたことがわかるようになっていても気付いたかどうか。冷静さを完全に失った彼は、もはや俺以外のことに対し興味を失っているように見える。
――ギリギリまで追い込んで我を忘れさせるのが目的だったのだが、まさかこうまで上手くいくとは思わなかった。哄笑と金属音。状況としてはまさに異常事態であり、ここに駆けつけた仲間達は驚愕することだろう。
そんな勇者に対し、俺は一つ問い掛けた。
「俺を殺して記憶や力を奪い……そんな馬鹿なことをして許されると思っているのか?」
「小事です。この世界の破滅的な状況を打開するのなら、必要な犠牲と言えるでしょう」
即答した矢先、バルナは渾身の一撃を放つ。真っ直ぐの剣戟は鋭く、また威力があると明瞭にわかるものだったが、冷静さを失っているためか、ずいぶんと直情的だった。
それに対しこちらはまず防御する。バルナはなおも押し込もうと力を入れ――動かないと認識した瞬間、顔が強ばった。
「そうか――残念だ」
反撃。素早く剣を弾くとたじろいだバルナ。とはいえこちらも追撃する余裕はない――ように見せた。
まだ自分が有利だとバルナは認識したのか、さらに踏み込もうとした。けれど、そうはならなかった。
なぜか……横から彼へ向け魔法が飛んできたためだ。
「がっ――」
突然の奇襲に彼は避ける術もばく直撃し、倒れ込む。そこで俺は息をつく。視線を転じれば、戦士団や俺の仲間、さらに騎士団の面々が駆けつけていた。
「セディ、無事か!?」
まず問い掛けたのはフィン。こちらは「大丈夫」と答えた後、レナを視界に捉え、
「レナ、カレンが――」
「すぐに診ましょう」
レナは倒れるカレンに駆け寄り魔法を使う。その傍らにミリーが立ち、俺はシアナやクロエに視線を移した。
二人とも黙って頷くと、倒れるバルナへ近寄っていく。
「これは……一体……」
勇者ロウがバルナを見据え、そう呟く。結界が壊れたタイミングからすると、俺達の最後の会話くらいは聞いていたかもしれない。
戦士団はバルナや部屋を見回し、ただただ沈黙を貫いている。戦士団を率いる勇者が……まだ魔族の残した魔法の影響だとか解釈する人間だっているかもしれない。けれど、状況的に説明は難しくないだろう。
俺としては完璧に近い結末ではあるが、やはり苦々しい終わり方……そう思いながら、俺はレナに近づきカレンの様子を見ることにした。
その後、結界を構築していたのがバルナ本人であるということがジクレイト王国の魔術師が確かめたため、バルナを捕縛することとなった。
「……勇者セディの証言通りなら、この場所そのものが勇者バルナが用意した罠にはめる舞台だった、ということになる」
俺は騎士から事情聴取という形で話をする。現在は場所を移しエントランスにいるのだが、夜を迎えてしまった……が、魔族が来ると怯える必要はない。元々ここにはいなかったのだから。
「地下室にあった書物などを調べてみると、魔族と関連性のある物は見つからなかった。薬学の本や、魔法の基礎知識に関する書物など……種類は様々だが、人間が読む物で間違いない」
「バルナが用意した小道具ということか?」
「そうなのかもしれない」
重々しい表情の騎士。まさかこんな幕切れとは思ってもみなかっただろう。
「ともあれ、この城には魔族は存在せず、勇者セディを罠に掛けて力を奪おうとした……そういうことなのだろう」
「あ、それでカレンについてですが――」
「彼女からも事情を訊かなければならないな」
返答した直後、カレンを癒やすレナから声が。
「セディ、カレンさん目覚めたよ」
「わかった。話をしようか」
俺は頷きカレンに近寄る。その間に他の者達を一瞥する。
戦士団は団長が凶行に走ったことで全員が驚き沈黙している。とはいえ暴れ出す危険性はない。それに現在は騎士の言うことをおとなしく聞いている。混乱はあるかもしれないが、大事には至らないだろう。
一方で仲間達は存外冷静であり、こちらも沈黙しているが事態を受け止め今後のことを考えている様子。まあ俺の言動に従うだろうから、こちらも問題はない。
そうした中で、俺はカレンの下へ。横になっている彼女と目を合わせると、先にカレンが口を開いた。




