舌戦
靴音を響かせ、バルナは地下空間を移動する。俺に位置を把握されたことでやり方を変えるつもりか……とはいえその動きもこっちは把握しているわけだが。
まだ透明状態を維持しているのは、こちらがどうやって位置を捉えているかわからないためだろうか……さて、こうして戦っているわけだが、単純に彼を成敗するだけでは混乱を招く恐れもある。
というのも、バルナは戦士団の面々から強い信頼を得ている。ここで交戦し、仲間達が目撃したとしても「魔族の魔法に操られていた」などと言い出しかねない。
ただ、床面にある魔法陣……これにバルナの魔力を含んでいることは明白だから、まずそれを利用する。ジクレイト王国の騎士や魔術師達が調べれば、判明するはず。つまり俺やカレンを罠に掛けたという事実にはなる。
魔法陣にはまだ魔力が存在しているわけだが、それを解除して魔力を完全に霧散させるにはそれなりに手順が必要なはず。よって俺と戦う間は消えることはないはず。
まあ、バルナが「魔族の魔法の影響」などと説明したならその限りではない……もう一歩、戦士団がバルナの仕業だと悟らせるには、強い衝撃が必要だろう。
というわけで、それを実行することになるのだが……さて、上手くいくかどうか。
「……もし戦って負けたら、理由を話してもらうわけにはいかないか?」
俺の問い掛けにバルナは笑う。
「さっきも言いましたが、意味はありません」
「そうまでして、力を……か。一つ言わせてもらうなら、やっていることは人々の役に立つという勇者の意義に反しているぞ」
「それは百も承知ですよ」
「いいや、お前はわかっていない。こんな凶行に走らせただけの理由があったとしても……誰も犠牲にしないようあがくのが、勇者だと思っている」
その言葉の直後、バルナの動きが止まった。間合いには遠く、彼としても俺を相当警戒しているのがわかる。
「確かに、あなたの言う通りかもしれません。しかしそれでは、力を手に入れることができなかった」
「……女神の力などを借りようとも思わなかったのか?」
「神々が私のところに来る可能性があるのかどうかすらわかりませんし、そもそもそれでは何の意味も成さない」
「どういうことだ?」
わずかな沈黙の後、
「……神々もまた、堕落しているということです」
堕落? 疑問に思ったが意味合い的には神もまた彼が知る「大いなる真実」とやらでは悪役というわけか。
勇者ラダンから偽の情報を吹き込まれていることはほぼ確定だが、内容はどういったものなのか……ともあれ誤解をといても彼がやった所行については消えない。罪を償ってもらわなければならない。
「どうやらそっちが知る真実というのは、よほど重大なものみたいだな」
そう語った瞬間、バルナから笑い声が聞こえた。
「真実を知り……私はただ絶望しました。その真実に抗うだけの力を、持っていなかったがために」
「自分が強くなり、悲劇を回避する……そういう意図があったということか?」
「そうですね」
「……例えばの話だが、それは自分以上に誰かに頼ることはできなかったのか? 戦士団を結成し各地を回っているのは、そういう者を集める意味合いもあったんじゃないのか?」
「……例え力ある者を集めても、真実に抗うだけの力を得ることは不可能だったでしょう」
「何故だ?」
「抗うには、あらゆる人間を超えるだけの力を得る必要があった……全てを覆す、神に頼らない、圧倒的な力が」
「そうした結論が、今目の前で起きていること、ってわけか」
「勇者セディ、あなたは確かに強い。私が見てきた勇者の中で最高と呼べるかもしれません。けれどそれでも足りない。魔王を凌駕する力を得なければ、全てが終わる」
「つまり、勇者の犠牲と世界を秤に掛けて、後者をとったと言いたいのか?」
「ええ、その通りです」
明瞭な回答。まあおおよそ主張については理解できた。
さて、ここからだな……俺はゆっくりと息を吸った後、
「どういう理由で力を得ようとしているのかはわからないが、一つ言えるのはその野望はこのまま続けても果たして成功するのか疑問ってことだ」
「……どういうことですか?」
「お前はおそらく、この城へと来るまでにこうして罠を用いて勇者の力を取り込んできた……が、そうまで無茶をしてもなお、俺にこうして苦戦を強いられているという状況。圧倒的な力……それが手に入るまでどれだけこんな馬鹿なことをする気だ?」
「いくらでも。ですが勇者セディの力を取り込むことは、今までとは想像を絶するほどの強化となるでしょうね」
「……無駄だと思うけど、な」
俺の声音にバルナはわずかに反応した。
「ほう、無駄とは?」
「力を奪う……それはおそらく体に眠る魔力を奪うって話だろう。記憶を得ても例えば俺の剣術を体得することはできないはず……力を奪うというのなら、そう解釈するのが合理的だ。どれだけ魔力を得ようとも、結局は使い方次第。正直、罠を使って他者をおとしめる姑息な手段をとる勇者が、得た力をきちんと使いこなすとは思えないな」
挑発的な言動……バルナもそれにどうやら怒りを覚えたようだが、こちらへ踏み出すことはない。
「……あなたよりも技術的に劣っていることは認めましょう。しかし力を得てからでも十分間に合う」
「技術習得を、か? そんな考えでやろうとしているのなら、お前は絶対に成功しないな」
バルナは沈黙。そこへ俺は続ける。
「幾度となく魔族を倒したから俺にはわかる。人間がなぜ魔族を対抗できるのか……数で優勢だから? それとも神々から武具を得ているから? それは要因の一つではあるが、もっと重要なことがある。それこそ人間が学び、培ってきた技術だ」
「技術こそ、あなたは魔王に凌駕する術だと言いたいのですか?」
「そうだ。今まで俺は幾度となく窮地に追いやられたが、最後に物を言ったのは体に染みついた感覚、習得した技術、そして人々が作り上げた武具の力……それらによって俺はここまで生きながらえた。勇者バルナ、お前は人間が魔王に勝てる要素を見捨て、ただ力だけ持てばいいと思っている……そんな考えで勝てるほど、魔王というのは甘くないと思うぞ」
一時、広間に沈黙が生じた。透明なバルナはほとんど動いていないが、身じろぎくらいはしたかもしれない。
「……高位魔族を打ち破ってきた勇者の言うことだ。一理あるのでしょう」
そう応じた後、ヒュンと素振りをする音が鳴った。
「しかし、私のやり方を否定する権利はないはずだ」
「無駄だと言っているだけだ」
「ならば――証明してください」
走る。動き出したと理解すると共に、俺は刀身に魔力を注いだ。




