その勇者は最強故に

勇者争乱編

見えない敵

『現在外側では結界が張られ地下に入ることができません。しかしそう時間も掛からず破壊はできると思います』

　何かの魔法を使ってシアナが俺へ一方的な形だが呼び掛けている。

『他に障害はないようなので、これを破壊すれば到達できます。時間を稼いでください。魔法をバルナが使っていたなどの証拠を出せば、騎士団に引き渡すことができるはずです』

　……ふむ、なるほど。ここで俺は一つ考えた。勇者バルナをさらに追い込む方法は――

　ふいに風の流れを感じ取る。剣が来ると直感した直後、風の流れから予測して俺は剣を盾にした。

　ギィン、と金属音がこだまする。即座に距離を置いて俺は壁を背にして剣を構えた。

「……素晴らしいですね」

　その時、透明になり見えないバルナの声が聞こえた。

「剣を振る風切りの音で反応するとは……予想外です。さすが、と言っておきましょうか」

　姿を消しているのが厄介だな……バルナは足音を殺しているようで、耳を澄ましてもほとんど聞こえてこない。

　さらに俺はカレンに目をやる。こちらに隙がないとわかれば、カレンを標的にする可能性は極めて高い。あるいは人質に――

　そこで俺は全身から魔力を発する。見えない敵との戦闘……確かに俺はバルナの言うとおり、対勇者においては技量面で下かもしれない。

　けれど魔族との戦いを応用すればいいだけの話――見えない相手とどう戦うかについては、こちらも経験済みだ。

「ほう、どうするのですか――」

　バルナが言い終えるより早く、俺は真っ直ぐ剣を突き込んだ。唐突な攻撃にバルナは息を飲んだみたいだが、空振りに終わったのは間違いない。

　あくまで魔法で透明になっているだけで、当たれば感触があるはず。ではどうやって当てるのか……重要なのはバルナがどうやって透明になっているのか。

　それは魔法を使っている……これさえ認識していれば、答えが出せる。

　俺はすぐさま剣を横に薙ぎ払う。次いで回転切り。バルナにとってはがむしゃらに剣を振っているように感じられることだろう。

「何を、しているのですか？」

　問い掛けに対し俺は答えない。なおも剣を振り続ける。

「そうやって剣を振っていればこちらが仕掛けないとでも？　時間を稼ぎ味方が来るのを待ちますか？」

　こちらは無言を貫く。それに対しバルナは笑い声を上げた。

「ここを封鎖した魔法は、ちょっとやそっとでは壊れない代物です。なおかつあなたの剣をこちらは容易に捉えることができる……疲れるのを待つことだってできる」

　揺さぶりを掛けているつもりのようだが、あいにくこちらとしては好都合だ。

　なおもバルナが語る間に俺は剣を振り……やがて止めた。無駄だと認識したとバルナは思ったらしく、

「ようやく終わりましたか。勇者セディ……魔族を打ち破った功績は事実なのでしょうが、こうして窮地に立たされ困惑しているようですね」

「――その魔法がどういう性質なのか俺にはわからない」

　バルナの言葉を遮るように、俺は口を開く。

「俺も気配を殺す魔法を持っているが、そういうのとは質が違う。魔法の性質を知らなければ解除することは難しいため、俺がその魔法を解くという選択肢は存在しない」

「でしょうね。それが何か？」

「だが勇者バルナ。お前は一つ重要なことを見落としている」

　ヒュン、と一度俺は素振りして視線を下に。俯いているようにも相手からは見えるだろう。

「それは……お前が使っている透明になる技術は、あくまで魔法だということだ」

　顔を上げる。そしてその視線の先を見据え、俺は駆ける。

　直後、バルナの足音が聞こえた。迷わずこちらに向かってきている……それにより後退したのだ。透明といっても音までは消していない。さすがにこちらが反撃に出たら、音を殺す余裕もないか。

「何……!?」

　バルナは驚愕し、迫る俺へ剣をかざそうとする――かどうかは知らない。俺がわかるのは漠然とした位置だけだ。

　とはいえ今の俺にはそれで十分……！

　即座に今度は魔力を高め、体にまとう。一挙に放出したそれに対し、バルナの呻き声がはっきりと聞こえた。

　相手にとってはなぜ、という思いが強いだろう――といってもこちらは大したことなどしていない。先ほど剣を振っていた行為。あれにより魔力をばらまいて拡散させた。

　バルナが使用しているのはあくまで魔法。よって俺の魔力が魔法の上から付着する……普通なら何かしら対策をしているケースも多いし、俺の持つ気配を隠す魔法も対応している。もし俺がバルナの立場ならば対策を施すだろう。

　けれど彼はしていなかった……もし仮にしていても別の手段があったので問題はなかったが、これでおぼろげながら位置をつかむことができた。

「く、お……！」

　声を上げながらバルナは逃げた。対するこちらは深追いせず、魔力を一度閉じてカレンの所まで戻る。

　実質気絶するカレンが足かせのような形となっているが、問題はない……さて、俺としては頭の中に浮かんだやり方で話を進めたいところだが、果たして上手くいくのか。

　このまま俺が叩き伏せてしまったら元も子もないため、あくまで魔力を高めるのは威嚇。これは何十回と続ければさすがに俺もキツイが、シアナ達が外で頑張ってくれるようだし、そう時間も掛からないだろう。バルナがこの居城に眠る力を活用して結界などを構築していても、シアナ達だって対策はしている。彼が勝つかシアナ達が勝つか……結果は明白だ。

　よって俺はこのままつかず離れずで待てばいい。位置は捕捉できているので、こちらが不意を食らうこともない。問題はなしだ。

　バルナは動かない。なぜ透明になっているのに自分の位置を捉えることができるのか……もしかするとこうして透明になることで勇者幾度も倒してきたのかもしれない。つまりこの状況は彼にとって必勝の形……それが通用しない。ならばどういう選択をするのか。

「……魔王軍幹部を滅した存在である以上、一筋縄ではいかないということですか」

　やがてバルナは喋り始める……戦意は失っていないな。

　俺はここで頭の中で算段を立てる。まずは――

「……こんなことをした理由を訊かせてもらえないか？」

　それに対しバルナは、

「無意味ですよ……例え理由を聞いたとしても、全てが遅すぎる」

　勇者を手に掛けているから――そんな心の声を予想した時、バルナが動き始めた。