次の任務地
一つの裏切りから発覚した問題。それが大いなる真実を揺るがせるかもしれない事態となり、やむなく対応することとなった。
その中、俺はひとまず休息……というより、色々と準備をするため待機といった方が良く、事件解決をした数日は予定もなく部屋にいた。
けれど今日、来訪者によって均衡は崩れ去る。
「というわけで、改めてセディにその件を任せる」
俺の正面で椅子に座るエーレはそう告げた。
珍しく彼女が部屋を訪ね、テーブルについてお茶を飲みながら話をしているのが現状である。
「そして以前話をしたが、おかしな様子を見せる魔族は大いなる真実を知る者だ。グランホークの件よりも、慎重に事を運ぶ必要がある」
「ああ」
俺は無表情で頷く。一方で対面に座り紅茶を飲むエーレは、どことなく険しい顔つきだった。
「その辺りの算段はある程度立てている。数日経過し、どうにか動くことができそうだ」
「具体的には何をしていたんだ?」
「関係部署に通達だ。それだけでも、かなりの労力がかかる。しかも、今回は真実を知る相手だからな。より注意を払い行った結果、数日要した」
エーレからの説明はそれだけ――しかし石橋を叩き、相手に悟られないよう神経を使っていることだけは、しかと理解できた。
「で、こっちはどうやって動くんだ?」
俺は出されたケーキを食べながら尋ねると、エーレはカップを置き、ゆっくりと話し始めた。
「直接、その幹部の下に行くと怪しまれる……あなたのことも知っている幹部だからな。ちなみにシアナの件も知っている」
「シアナの件……って?」
「あなたに惚れている部分まで」
「……何でそこまで知っているんだ? 早くないか?」
「ああ、まあな」
言葉を濁す。反応がおかしい。
「どうした?」
「……いや、実は一度当該の幹部と話をしたのだ。危険ではあったが、定時連絡が必要だったため、やむなく」
「ああ」
「で、何か探りを入れるためきっかけが無いかと考え、シアナの件を持ち出した」
話のダシにしたということか。世間話から入り相手を油断させる必要があるとすれば、格好のネタだろう。
「で、結果は?」
「彼の口から噂が広まり、大いなる真実を知る者については、あなたとの関係が周知されてしまった。シアナにも伝わって、部屋に引きこもっている」
困った顔でエーレが言う。俺もどう返していいかわからず、頬をかいた。
「さすがに見知った者に探りを入れるのはやりにくくてな……そのため、シアナを利用してしまった」
「……訊くけど、話して大丈夫だったのか? 勇者と魔王の妹だぞ?」
「むしろ祝福ムードだったぞ」
裏では何を考えているかわからないが――思っていると、エーレは苦笑を交え話し出した。
「いや、シアナに対するセディの反応を、誰もがすごいと感服したのだ」
「……俺、何かしたっけ?」
「笑顔を向け、危なくなったら守ると言い、しかも親愛の儀でもらった指輪を大切にすると言ったではないか。それを聞いて、幹部の誰もがあなたを認めた」
おい、全部知れ渡っているじゃないか。どこまで話したんだよ。
「いやそうだけど……俺としては、というか人間としてはそう変なことじゃないと思うんだが」
「価値観の違いだろうな……とにかく一連の話で、セディが少なからずシアナを想っていることを知り、信用することにしたらしい」
そんな簡単に――なんだか疑いたくなった時、捕捉がエーレからやってきた。
「親愛の儀とは、それほどまでに大きいものなのだ。私は全ての事情を話した上で、計略ではなく真に指輪を受け取るとセディが表明したと伝えた。結果、彼らはあなたを信用することにしたのだ」
「……実は、俺ってかなり追い込まれてない?」
「そうだな。ちなみに、追いこんでいるのは私も含まれているぞ」
途端に、目が鋭くなる。怖い。
「ああ、そうだったな……」
「もしこれでシアナに酷い目を合わせたとしたら……信用が覆ることは必定だな」
「かなり、まずくないか?」
「あなたがシアナを大切にすればいいだけのことだ」
事もなげに言った。まあ、邪険にする気は一切ないから、大丈夫かもしれないけど。
「というわけで、セディ」
「何だ?」
エーレは仕切り直しとばかりに、俺に告げた。
「引きこもっているシアナを、どうにか玉座に引っ張って来てくれ」
――彼女の部屋へと歩くのは、つまりはそういう理由だった。
「なんだかなぁ」
呟きつつ、俺は一人シアナの部屋に向かう。
話によると、エーレの呼び掛けにすら反応しないらしい。どうも幹部連中とはシアナも親交があったらしく、全て伝わってしまったことから大いに恥ずかしいらしい。
「俺が行ってどうにかなるのか……?」
不安げに言いながら、廊下を進み――ふいに、見知った相手が廊下の角から現れた。
「あ……」
「ファールン」
名を呼ぶ。そこには共に任務を行う堕天使ファールンの姿。格好は以前の事件で見た、侍女のそれ。今日はそっちの活動らしい。
「シアナ様に御用ですか?」
「ああ、まあね。そっちは?」
「私はシアナ様より頼まれて……」
彼女の手には水差しが一つ。それを持って行く所なのだろう。
「わかった。一緒に行こう」
俺は一方的に告げると歩き出す。ファールンは最初驚いていた様子だが……言葉には従い、隣を歩き出す。
彼女は世間話をすることなく一切合切無言……まあ、彼女は俺に対し階級的な意味合いで気を払っているので、余計なことは言わない方がいいだろうという判断なのかもしれない。
そんな風に考えながらふと、ファールンの事情などを深く訊いていないことを思い出す。以前のリーデスやシアナは、特殊な事情があると言っていたが。
「なあ、ファールン」
さすがに直接言及するのは憚られたが……よく知らない彼女のことを少しは知るべきだろうと考え、口を開く。
「以前グランホークの屋敷にいた時と同様、魔王城でも侍女としての役目を?」
「はい」
あっさりと頷く。
「むしろ、通常はこうした仕事が多いですが」
「そうなのか。あ、もしかしてシアナ専任?」
「任務を言い渡された以後は、必然的にそうなっていますね」
「護衛の意味合いもあるのかな」
「ですね」
にこやかに答える。あまり笑顔を見たことがなかったため、少しばかり目を見開く。
ファールンはその所作に気付いたらしく、首を傾げた。
「どうしましたか?」
「ん? いや、何でもない」
それを伝えるのは混乱するだろうと思い、明言は避け話を変える。
「シアナの状態はどう?」
「かなり意気消沈しています」
「……俺が行っても大丈夫そう?」
「励まして下されば、何より効果てきめんかと」
言われると、俺もその気になってくる。
以後彼女と進路を共にし、シアナの部屋の前に辿り着いた。
「シアナ様」
ファールンがノックと同時に呼び掛ける。少しするとコツコツとこちらに駆け寄る靴音が聞こえた。
「は、はい……」
ガチャリと音がして奥から現れたのは、半泣きに近い表情のシアナ。
「ファールン、ご苦労様――」
刹那、俺の存在を目の当たりにして――すぐさまドアノブを引っ掴んで閉めようとする。
「ちょ、ちょっと待った!」
即座に俺は外側のドアノブを握り、なおかつ足を差し入れて閉じられないようにする。
「話を聞いてくれって!」
「わ、私は話すことなんかないです! お姉様に連れてくるよう言われてきたんですよね!?」
完全に読まれている。俺が言葉を止めるとシアナは一気にまくしたてる。
「お姉様とはお話しないことに決めているんです! 帰った直後いきなり他の幹部達に知れ渡るように言うなんて……酷いじゃないですか!」
顔を真っ赤にして叫ぶものだから、俺はどうにも返答できない。
俺はそこでなんとなく、ファールンに目を向けた。彼女はこちらの様子を眺め佇んでいるが心なしか困った様子で、俺を頼りにしている雰囲気が窺える。
その間にシアナはどうにか俺を振り払おうと無理矢理ドアを押す。小柄な見た目とは裏腹にかなり力は強く、気を抜けば突き飛ばされるかもしれない。さすが魔王の妹。
しばらくはそんな押し問答が続いていたのだが、いずれ負けてしまう――そう悟った俺は、彼女に叫んだ。
「いや、違う! エーレとは関係なしに来たんだ! 連れて行こうとしないからせめて話を――」
そこまで言った時、シアナが突如動きを停止した。俺を上目遣いで見上げると、多少目を潤ませながら、
「ほ、本当ですか?」
「あ、ああ」
「……わかりました」
そう言い扉を開けた。
俺は息をついて部屋に入る。その後ろにファールンが続く。
ひとまず部屋を確認。広さは俺の部屋と同じくらいで間取りもほとんど一緒だが、柄物の絨毯とレース付きのベッドが特徴的で、女性の部屋であると認識させられる。
けれど装飾はそれだけだった。かなりシンプルな内装――思っていると、シアナは俺に椅子へ座るよう促す。
「どうぞ」
「ありがとう」
例を告げながらテラス近くの椅子に座る。目の前には純白の丸テーブル。それを挟んで向かい合うようにシアナが着席し、ファールンは水差しを机に置いた後、彼女の背後に立つ。
「それで、話とは?」
問われ、俺は瞬間的に戸惑った。あ、しまった。部屋に入るのに必死だったので、そこまで頭が回っていなかった。
「……あのさ」
どうにか言葉を紡ごうと、無理矢理言葉を引き出す。対するシアナはどこか不安げに俺の顔を窺っている。
彼女の表情を見ていると正直不安になるのだが……必死に頭の中をまとめ、意を決し語り始める。
「……幹部に知れ渡ってしまった点に怒っているのはわかるけど……その、いずれ露見してしまうものだし」
説得、とまではいかないができるだけ平静を取り戻させるために話を始める。すると、
「でも……自分の知らない所でいきなり……」
シアナは反論する。確かにグランホークの一件からずいぶん急進的になってしまっているのは事実。今回の引きこもりも、感情が追いついていないためなってしまったのかもしれない。
「その、セディ様はどうお考えなのですか?」
彼女は俺に話を振ってくる。正直な話、実感が無いというのが一番なのだが――
「俺は……そうだな。ひとまず安堵している、かな」
この一件で、二番目に感じていたことを告げた。
「安堵、ですか?」
「ああ。俺はほら、勇者という身分である上、こうしてシアナやエーレと一緒にいるわけだろ? 親愛の儀を行って……幹部達から闇討ちされないか、ちょっと不安だったりもしたんだ」
苦笑を伴いながら話すと、シアナは俺の目をじっと見据え離さなくなる。
「……セディ様」
「あ、えっと……」
俺はどう返そうか迷ったのだが――やがて、シアナは突如頭を下げた。
「すいません」
「え……? いや、あの……?」
「そうですよね。セディ様の立場からすれば、今回の件にしても不安がつきまとうのですね」
シアナはいきなり平静となる。俺は驚きつつ彼女を見返す。
「シアナ……?」
「いえ、なんというか……セディ様の気持ちも知らずに勝手に舞い上がって、さらには怒って……自分に心底あきれているだけです」
姿勢を正すシアナ。やがて、グランホークとの戦いで見せたような精悍な顔つきとなり、改めて話し出す。
「大いなる真実を脱する管理のため……私達は動いているのでしたね。申し訳ありませんでした」
「……大丈夫、なのか?」
「はい」
微笑み答えるシアナ。先ほどと態度が大きく違うが――どこか悟った表情。
一瞬、俺の気持ちとかも伝えた方がいいのかと考えたのだが――まとまっていないし、何かしら結論を出してしまった彼女に言っても、遅いだろう。
「わかった。俺はこれ以上言及しない」
「はい。今は幹部の方々の信用を得られたということで、良しとしましょう」
その発言に至り、シアナは苦笑した。完全に吹っ切れた雰囲気ではなかったが、とりあえず大丈夫そうだ。
「わかった。もし何かあったら言ってくれ」
「はい……それで、先ほど関係ないと仰っていましたが……お姉様の所に行くんですよね?」
「……ああ、そうだ。玉座で待っていると。次の仕事に関してだと思う」
「わかりました」
シアナは立ち上がる。俺も合わせて席を立ち、傍らにいたファールンが先導し始める。
「ご案内します」
「頼むよ」
ファールンの言葉に俺はそう告げた。
玉座に辿り着くと、そこにはエーレとリーデスがいた。
エーレは玉座、階段下にリーデスがいて、やって来た俺達に顔を向ける。
「シアナ」
玉座の扉が閉められると、最初にエーレが切り出す。するとシアナは首を振り、
「セディ様が信用を得られたようなので……何も言いません」
「そうか。すまない」
心底申し訳なさそうに肩を落とした後、エーレは語る。
「では、全員揃ったので話を始めよう」
彼女は仕切り直し、俺達に説明を始めた。
「数日でどうにか派遣できる態勢を整えたので、説明させてもらう……グランホークに関する事件後語ったように、大いなる真実を知る幹部がおかしな動きをしている」
「具体的には?」
俺が問うと、エーレは息をついた後口を開く。
「その国と折衝し、魔物などに上手く対処していたのだが……突然単独で行動し始めた。魔物を倒す回数が激減し、側近を動かし何やら探っている」
「探っている?」
「何をしているかは私にもわからない。だが側近を動かし情報を集めているように見受けられると、報告が来ている」
エーレの語る情報だけでは、どうにも判断が難しい。けれど通常の動きとは異なる様子なので、何かやっているのは事実だろう。
「セディ達にやってもらいたいのは二つだ。一つは当該の国の王と接触し、幹部に関する情報を入手。ある程度状況把握ができ次第、場合によっては幹部に接触し探りを入れる」
「俺達がやって、大丈夫なのか?」
「……わからない」
その問いに、エーレは顔をしかめつつ応じた。
「正直不明な点が多い……もし、私に反逆の意志があるのならここまであからさまな行動はしないはずだ。何よりその幹部は思慮深く私を諌めるくらいの者だから、おかしな行動をしていれば、こちらにだって伝わると考えているはずなのだ」
「だとすると、別に理由が?」
「かもしれないし……あるいはグランホークのように力に溺れてしまったのかもしれない。私が定時連絡をした時は普段の姿を見せていたため、少なくとも表面上はわからなかったが……腹でどう考えているのかは、不明だな」
――もし反逆の意志があるとしたら、密かに魔王を倒せる面々を集めているのかもしれない。俺はそんな風に考える。
「そして一番気に掛かる点……大いなる真実については、今の所どこからも情報は漏れていない。一番の懸念はそこなのだが、それを公表する動きも一切ない」
エーレは言うと、俺達を見回し続ける。
「最悪、その幹部と交戦する……私の立場はあくまで、この世界の管理だ。もし幹部に裏切りの意思があるとしたら、迷わず滅ぼしてくれ」
この世界を守るため――エーレは暗に語っていた。
「概要は以上だ。次に、赴く場所なのだが……」
そう言って、彼女はチラリと俺を見る。
「セディ、今回行く場所はジクレイト王国なのだが……行ったことはあるか?」
「ジクレイト王国?」
俺は彼女の発言に聞き返した。
「世界でも有数の魔法国家じゃないか……行ったことはある……というか、女王にも謁見したことがあるよ。厄介な幹部を倒したことで」
「ああ、確かにそこの管理を任せていた幹部の中には大いなる真実を知らず、好き勝手にやっている者がいたな……と、待て。それもあなたが倒したのか?」
「ああ」
頷くと、エーレは少し驚いた様子。
「どこもかしこも関係しているな、あなたは」
「偶然だよ……で、そこは確か女王が統治していたはずだけど……彼女に会えばいいんだな?」
「ああ。ちなみにあなたが管理に参加していることは、伝えていない……というより、人間側に話すのは今回が初めてとなる」
「そうか……」
にわかに緊張する。おそらくエーレは、俺の口から話せと言いたいに違いない。
「まずは女王に会って事情を訊く、か」
「そうだ。しかし一つ問題がある」
エーレは言うと、腕を組みながら俺に言った。
「ジクレイト王国の女王については、他の国々のように城へ直接訪れることができない。理由としては、魔族を寄せ付けない神々の魔法が張り巡らされているからな。よって、直接私もやり取りできない」
「となると、城下から?」
「ああ。だがジクレイト王国については、さらに問題がある。セディ、以前フォシン王国でファールンが城へ入る光景を見たことがあるな?」
「ああ、あるけど」
頷く俺を、エーレは凝視しながら語る。
「通常であれば、私が選任した連絡係を城へ送るようにしているのだが、今回は違う。セディも知っていると思うが、元来ジクレイトは魔族に対し排斥的な考えが強いからな」
――それには理由があるし、俺も知っている。ジクレイトは世界で有数の魔法国家であり、周辺の小国や同盟国と連携し魔物の掃討にあたっている。また周辺国に対し慈愛で接する国であるため、多くの人から信奉されているのだが――その裏返しで、敵と認定している魔族や魔物に対する敵意が強い。
実際の所、ジクレイト王国の自負もある。もし自国が魔族にやられれば、周辺の国々も飲み込まれてしまう――そのため魔族に対し、髪の毛一本の隙すら見せないようにしている。
だからこそ、ジクレイトはとある欠点をかかえている――その部分を、エーレは言及したいのだろう。
「……表情から、セディも知っているようだな。そう、あの国では魔族という雰囲気を持った存在すら排斥しようとする。もしあなたが魔族として動く場合、街の中に入れるかどうかもわからない。見た目上魔族であると判断はつきにくいが……疑われてしまった時点で、任務に支障をきたす」
「なるほどな……」
となると、本来の姿に戻って女王に会う……というのがベストなのだが、
「仲間達に、俺が色々動いているとバレるな」
「……そうだな」
それもまた懸念と感じているのか、エーレは答えた。
俺の仲間であった義理の妹であるカレンや、幼馴染のミリー。そしてフィンなんかは俺が行方不明ということになっている。それがジクレイトに現れるとなると……こちらに急行してくるだろう。
「現時点で俺が仲間に会うのは、まずいよな?」
「ああ。しかも大いなる真実に関わる幹部の動向を探る作戦だ……障害になりかねない」
「近くにいなければ、俺の情報を聞きつけても来るまでタイムラグがあると思うけど……正直、運だな」
さすがに、そこの予測はできない。とはいえ勇者セディでなければ城を通るのは難しいだろう。
どうするか――考えていると、ふと疑問がよぎった。
「なあエーレ。ジクレイト王国に対する普段の連絡はどうしているんだ?」
「大いなる真実を知る、今回嫌疑のかかる幹部……名をガージェン=クロジアというのだが、その者にだけ女王と連絡を取ることのできる手段を確立している。それは大いなる真実を女王が知って以後、代々ジクレイト王家に伝わっている特殊な魔法具。それだけが、城内で魔法による連絡を行うことができるものだ」
「それがあればできる……でも、該当の魔族が裏切りの可能性……」
なるほど、連絡手段を持つ魔族が敵の可能性……八方塞がりなわけだ。
俺は状況を理解すると、エーレに重ねて質問した。
「エーレ、俺の仲間達の動向とかはわかるのか?」
「監視はつけていない。こういう事態は想定していなかったからな」
「わかった……とりあえず幹部の真意を究明する方を優先しよう。もし仲間達がやってきたら、どうにか理由をつけて退散してもらうよ」
「できるのか?」
「どうにかするしかないだろ? ひとまずジクレイトに赴いて、どうするかを考える」
「わかった……では、頼むぞ」
エーレが言う。俺はすぐさま頷くと、彼女は次にシアナへ命じる。
「シアナはセディと共に行動……だが、かの女王は見知った顔ではない。もし、魔族だと露見した時は――」
「大丈夫ですよ」
シアナはにっこりと応じる。けれどエーレは心配顔。
「城の中には手練れもいるだろう。魔族だと看破してしまう可能性も」
「私が見破られるとお思いですか?」
エーレは返答され言葉を止めた。対するシアナはどこか姉の物言いに不服そうだ。
沈黙が玉座に生まれ、しばし姉妹が見つめ合い――
「……わかった、頼むぞ」
エーレは根負けし、今度はリーデスに目をやる。
「リーデス、旅のメンバーということで同行してもいいが……」
「私は外から見張ることにしましょう。何かあった場合、外部からの援護が必要でしょうから」
「そうだな」
どうも、ずいぶんややこしい話になるようだ。
エーレ達の言う最悪とは、俺やシアナが城の中で袋小路になってしまうことだろう。魔族を除けるジクレイトのやり方は時に苛烈であるため、もし魔族とわかれば例え女王が庇い立てしても、止まらない可能性がある。
「もし危険な状態になったら、俺はどうすればいい?」
最悪のケースを想定し尋ねると、エーレは渋い顔をした。
「人間である以上……そうだな、シアナによって操られたという演出でもすれば誤魔化せるだろう」
「俺が行方不明となっていることを考慮すれば、それが妥当か」
「ああ……だがそうなれば、噂を聞きつけた仲間の耳にも入る上、幹部にも伝わるだろう。任務は自動的に失敗するため、絶対に回避しなければならない」
「ああ。わかった」
正直、仲間と出会うという点は賭けに近い――のだが、それを恐れては任務を達成できないとあらば、やるしかない。
心の中で決意をしていると、エーレはファールンへ呼び掛けた。
「そして、ファールン……どうする?」
簡潔な言葉で、なおかつ主語の無い問い掛け。俺はどういう意味なのかがわからず無言に徹するしかなかったのだが――シアナやリーデスは理解しているらしく、両者共ファールンを見据え、顔を窺っていた。
「陛下が、行けと仰るなら」
彼女の答えは、それだけだった。途端にエーレは目を伏せ、シアナやリーデスは視線を外す。
「……わかった。ファールンにはリーデスと同様監視を任せよう。異変が起きた場合、リーデスの援護をしてやれ」
「はい」
ファールンの返事はどこまでも明瞭。俺は彼女とエーレの顔を交互に確認すると、エーレは憮然、ファールンは無表情だった。
「そういえば、セディは知らないのだったな」
こちらの態度に気付いたエーレが言う。それに頷きはしたが、雰囲気に飲まれ訊くことはできない。
「事情があるんだよな? けど、大事じゃなければ――」
「いえ、話しておくべきでしょう」
返事は、ファールンからだった。俺はすぐさま顔を向け、無表情のまま佇む彼女を注視する。
「……いいのか?」
「はい」
澄み切った承諾。逆にそれが不安を感じさせる。なんだか、ひどく無理をしているような気がする。
「陛下、説明はここではなく、別所で行った方が良いでしょう」
俺の思いを他所に、ファールンは淡々と話を進める。彼女の態度を見てか――エーレもすぐに頷いた。
「わかった。ファールンが言うのであれば」
「はい」
ファールンはエーレに一度頭を下げると、俺へ首を向ける。
「今からでも、よろしいでしょうか?」
「……ああ」
問われるがまま首肯し、顔を見る。彼女はどこか硬質な雰囲気。
「セディ、話を戻そう」
その時エーレから声が掛かる。俺は再度彼女に振り向き、言葉を待つ。
「出発は明日の朝。ひとまず気取られない距離で転移を済ませ、ジクレイト王国首都、ガラファへと入る。そこでセディの名声を利用し、女王と接触する」
「わかった……あ、そういえば一つ。ジクレイトで大いなる真実を知る者は、女王だけか?」
「ああ。必然的に事情を説明するのも注意しなければならない」
「そこも問題となるわけだな」
どうにかして女王と秘密裏に会話できる場面を作らなければならないようだ。
「どうにか策を練るよ。で、事情を聞いて今度は幹部の方へ?」
「そこからは女王からの情報によっても変わる。今はひとまず、女王に事情を話すことだけに集中してくれ」
「わかった」
「では、解散してくれ」
話が終わる。俺達の中でリーデスが先んじて玉座を後にする。対するシアナはファールンの様子を見ているのか、彼女に目線を向けじっと佇んでいる。
俺も同様だった。どうすればいいのか――やがて、ファールンが声を発した。
「場所はどうしますか?」
「……俺の部屋でいいかな?」
咄嗟に答えると、ファールンは「承知しました」と一礼し、その場を後にする。
「……あの」
やがてファールンがいなくなった時、シアナが声を上げた。
「私も、立ち会ってよろしいですか?」
「ああ、構わないよ」
問いに返事をすると、シアナはどこか辛そうな表情に、頷き返した。