静かな決意表明
俺は勇者バルナと別れ宿へ戻る。そしてシアナと顔を突き合わせて簡単の報告と、バルナがラダンから偽の大いなる真実を教えられたのでは、と推測を述べた。すると、
「私もそうなのではないかと思い、お姉様に相談しようと思ったのです。例えば世界の滅亡を予感させるような内容であれば、彼が奮い立つ可能性もありますね」
「奮い立つ……か」
「はい。勇者バルナは真っ直ぐな性格であり、仲間のことも大切にする……勇者ラダンはそれを利用し、わざと偽の情報を渡し、彼を動かした……お姉様もその可能性はあると言っていました」
――勇者イダットが大いなる真実について知っていたため、俺達はバルナも同じように知っていたと解釈をしていた。けれどその前提が違っていたら……話はだいぶ違ってくる。
「可能性は十分あるかと思います……ただ、今回の討伐に際しやることは変わりません」
「彼を捕らえる……だな」
「はい。騎士団も帯同するため、彼の罪を白日の下に晒したら、あとはジクレイト王国の方々に任せることにしましょう」
……そういう結論に至り、俺は彼女と分かれる。そして部屋に戻るとカレンが一人いた。
「フィン達は?」
「外に出ていますよ」
これは好都合。バルナへ俺が魔族化したことをなぜ話したのか、確認しておこう。俺は椅子に座り一息つく。そんな様子を当のカレンは度々視線を送ってきて……、
「カレン、何か気になることがあるのか?」
呼び掛けると、カレンはビクリと体を震わせた。
「あ、いえ、その……」
「丁度いい。この機会だから一つ質問したかったんだ」
間髪入れずに俺はカレンへ言葉を紡ぐ。一方の彼女は押し黙り、こちらの質問を待つ構え。
「勇者バルナと話をした時、わかったんだけど……カレン、俺が一時期魔族化していたことを、彼に話したのか?」
――その言葉で、カレンの表情が硬くなった。見た目はほとんど変わっていないため、他者から見れば何も変化がないようにも思える。けれど、兄妹として一緒に育った俺はすぐにわかった。
「……すみません、兄さん」
「いや、別に非難しているわけじゃないんだ……その、カレンから魔族化のことを話したとはなんとなく考えにくかったからさ。もしかしたら何か理由があるのかと」
「……その、私は勇者バルナが魔族化の事例があったということを語り、それを機に兄さんのことを伝えたんです」
「もしかして、魔族化について情報を得たかったのか?」
俺の問い掛けにカレンは小さく頷いた。
「カレンは、まだ俺が魔族になる可能性を危惧していると?」
「その、あくまで可能性の話ですけど……」
どこか躊躇うような口調。ふむ、どうするべきか。
魔族化していたのは事実だし、これを解消するには大いなる真実について話すしかない……のだが、仮に伝えるとしても、そう容易く信じてもらえるような状況ではなさそうだよな。
「兄さん、私としては魔族化したという事実について、重く受け取るべきだと思ったのです」
「カレン達のおかげで元に戻ることができたわけだけど、いつ何時同じようになるかわからない……ってことか?」
「はい。その、兄さんは不快かもしれませんが」
「いや、俺としては気に掛けてくれていいと思う。確かに一度は魔族……記憶にはないけどもしかしたら魔王の介入があったかもしれない。それを思えば、何か起こってもおかしくない」
と、ここまで言うと不安にさせたか……そう思っていると、カレンは突如決意の眼差しを向け、
「そうならないよう、私が兄さんを助けます」
「……何か手があるのか?」
「今はまだ……ですが二度と、あんなことにはしないよう、私が兄さんを助けます」
……今まで物憂げな雰囲気をまとわせていたそれまでのカレンとは異なる、しっかりとした口調。そこだけは確固たる決意を抱えている……俺を見ていたことからも、カレンの態度がおかしかったのは魔族化に関することらしい。
彼女がなんとかするとは言っているけど、これを違和感ないよう解決するには……女神であるアミリースとかに降臨してもらって、浄化魔法を使うとか、そういうことをすればいいのか? 一度エーレに相談してみようかなと思った時、
「今回の戦い、きっと激しいものになると思います」
カレンが言う。決意の瞳から、戦いのことを心配する色に変わった。
「無論、魔族と戦うことで兄さんが再び魔族化する、とは思っていません。しかし、どのようなことがあってもいいように備えるべきだとは思いますし、私が対応します」
「カレンが魔族化対策をやると」
「はい……どこまでできるかわかりませんが」
――具体的にどうするつもりなのか問い掛けようかと思ったが、カレンの眼差しを見て俺は何も言えなくなった。
決して、策があるという感じではないな……場合によっては自分の身を挺して、とか考えているように思える。
「……わかった。カレンに任せる」
俺はそう言って引き下がることにする。
「ただし、一つだけ条件がある。決して無茶はしないこと。いいな?」
「はい、もちろんです。兄さんの迷惑になるようなことにはしません」
言いながらカレンの目は……どこか揺らいでいるようにも見えた。何だろう……心の奥底にまあ何かを隠しているようにも感じられる。
ただ、これは俺が問い詰めてもおそらく答えるようなことは決してないだろう……カレンがもし魔族の拠点と思しき場所で何かをやったらどうするか……その辺りのことも考慮する必要があるのか。
ふむ、カレン達に俺の魔族化についてどう説明、納得してもらうかについても課題ができたな……ただこれはエーレと相談すれば対処はそう難しくない。場合によってはバルナとの関わりが終わった後で色々やってもいいだろう。
「わかった。それと無理はするなよ」
俺はカレンに告げる。そして彼女は微笑でそれに応えた。