勇者の計略
勇者バルナと会話をした日、俺とクロエは仲間に「討伐関係のことでギルドへ行ってくる」と告げ、宿から外出。その足でシアナと合流し、話し合いをすることに。
その結果、シアナが案内したのは別の宿。一室でエーレと相談をすることにして、実際シアナの魔法でエーレの対面することになったのだが――
『……うーん、ツオルグか』
バルナの情報を伝えた途端、エーレは唸り始めた。
「どうしたんだ? エーレ」
『いや……まあ彼がツオルグについて話をしたというのなら、目論見もおおよそ理解できる』
どういうことだ? 首を傾げているとエーレは説明を始めた。
『まず、結論から言うと……ツオルグという魔族は存在しない』
「は?」
存在しない?
『勇者バルナが指示した周辺は魔物の出現も穏やかで、その地域の魔物の管理をする必要もないため、該当する場所に魔族はいない』
「いないって……城はあるんだよな?」
『古い城は、な。確か過去に人間の城主がいたはずだが、病で亡くなって以降は誰も住んでいないはずだ』
……なんだか、雲行きが怪しくなってきたな。
『過去、確かに魔族が住んでいたことはある……一時的だが。ジクレイト王国は魔族に対し警戒心も相当強いため、場合によっては連絡役の魔族が襲われ、国王と情報交換ができなくなる、なんて可能性があった。そこで連絡係の予備役を配置し、もしもの場合に備えるようにした……そういう理由でその城に目星をつけたはず』
「でも、実現はしなかった?」
『連絡役のガージェンが上手くやってくれているし、ジクレイト王国の王位を持つ者は基本的に私達と友好関係を結んでいるからな。結果的に立ち消えとなり、そういう話は議題にも上がらなくなった』
「えっと……そうすると、勇者バルナが言っていることは――」
「架空の話、ってことかしら?」
クロエが話す。エーレは『おそらく』と応じ、
『その場所を選んだ理由は特にないだろう。策が行える場所でそこを選び、魔族がいるように装って討伐へ向かう……といったところか』
「今回ジクレイト王国側が手を貸してくれるけど、彼らにはどう説明するつもりなんだろうか? 魔族に関する情報は国も持っているだろうし、何もない場所だとすれば怪しまれるんじゃないか?」
『勇者バルナ自身が狂言をするのであれば、いくらでもやりようはあるぞ。例えばその拠点へ密かに赴き、魔族がいる風に気配を漂わせる、とかな』
「あー、なるほど……ということは、討伐の流れとしては……」
『居城へ到達したがもぬけの殻。とはいえ目当ての道具がここにあるのは間違いないとして、探索を開始。そこでセディかクロエかディクスか……誰かを呼び寄せ、策を実行する、といったところか』
なるほど、魔族がいないから安全に策を実行できる、と。
「エーレ、もしかして今まで魔族討伐を行った際も、こんな事例なのか?」
『いや、実際に赴いて討伐に成功した事例も存在する……おそらくだが、勇者バルナは居城にいる魔族の能力を克明に判断できる能力を持っているのかもしれない』
「どういうことだ?」
『これまで勇者バルナが討伐へ赴いた魔族は、技量的には中の下といった部類の者達ばかり。能力的に彼ならば十分撃破可能だ。それが一度や二度ならまだしも、五度、六度と続いているため、居城へ赴く前に事前に調査し、問題ないと判断して討伐へ赴いている可能性がある』
「神魔の力により、魔力を感知する能力があるってことか?」
『仮にそれが神魔の力を応用したものだとすれば、シアナやディクスのことについても把握しているだろう。現時点でその様子はなく、その可能性は低い。おそらく神魔の力は別のことに活用されている』
「神魔の力をどう扱っているかについて、何か候補があるのかしら?」
尋ねたのはクロエ。エーレは首肯し、
『勇者の力を取り込む……それが神魔の力を関係しているどうかも不明だが、この推察の場合、十中八九神魔の力が関連しているだろう』
「それだけ厄介な能力ってこと?」
『そうだ……魔族の魔力調査については人間の魔法で可能であるため、そうした事前準備などをしっかりしていると考えられる。だが魔族の力量的に勝てるとしても……計略のためには魔族の拠点で策を巡らせる必要があるわけだ。つまり、魔族や魔物が跋扈する中で策を実行するだけの余裕が必要になる』
「結界でも使っているんじゃないの?」
『その可能性も考えられるが、策を実行するには仲間などに見咎められないようにする必要性もあるだろう? そのように考えたことに加え、先日の戦い……表面にはほとんど出なかったが、力を行使していたのは間違いなく、一つ推測ができた』
そこでエーレは一拍置いて、
『結論を述べよう……彼は魔族や魔物を使役する能力を得ている可能性がある』
「使役……?」
こちらが聞き返すとエーレは深刻な顔で、
『つまり、魔族や魔物を自在に操ることができる。これならば中の下くらいの魔族を掌握すれば、拠点内にいる魔物も全て操ることができる。敵の動きを操作できれば策を実行することは容易い』
「そうした可能性が、先日の戦いであったと?」
『直接的にそうした能力は行使してはいなかった。ただ、攻撃でも防御でもなく、明らかに魔物に干渉しようとしていたのは確かだ』
……なるほど、エーレの推測通りならばつじつまは合うな。
『もし私の推測通りだとすれば、勇者バルナは非常に面倒な能力を所持していると言える。神魔の力を利用すれば、上級の魔族でさえも言うことを聞くこともあり得るが……それほど強くない魔族を対象にしていることから考えると、魔力などによって制約があるのかもしれない』
「それ、俺やクロエが掛かる可能性はあるのか?」
『先の戦いで何か感じたか? もし操ろうとしているのあら、十中八九彼は実験をしているはずだ』
「実験……魔物討伐の際、干渉していた可能性があるってことか。少なくとも俺は感じなかったけど。クロエ、どうだ?」
「私も何も」
首を振るクロエ。その反応にエーレはなおも語る。
『もしセディ達の力を取り込むといったやり方なら、きちんと策が実行できるか戦闘場面などで試すはずだ。しかしそれはなかった……つまりセディに対しては無理だと考えているのだろう。ただし可能性がゼロではない以上、もしもの場合の備えて対策を打とう』
……エーレの助力に加え神魔の力を俺も所持しているから、それを利用すればおそらくバルナの術中にははまらないだろう。そういう結論に達した後、エーレはなおも話を続けた。




