戦いの終わりに
「終わったか」
エーレに全ての報告を済ませると、淡々とした声が聞こえた。
場所は魔王城の玉座。俺達はグランホークが消えた後すぐさまこちらに移動し、彼女に報告を行った。
「不本意な結果だが……仕方があるまい」
彼女は腕を組み、相対する俺へと視線を送る。
「あの城の主はいずれ決めることになるだろう。ひとまずあなたの役目は終わりだ」
「そうか……」
やや言葉を濁して応じると、エーレは唐突に笑い掛けた。
「責任を感じているように見受けられるが……そう気負う必要はないぞ?」
「……そんな風に見えるか?」
「ああ。まるでグランホークに罪でも着せ、後悔の念を抱いているようだ」
後悔――正解だった。俺はエーレに口を開く。
「グランホークが裏切った動機は、復讐だった。最もそれ以上に力を手に入れることに固執していた節があるから、今回の結果は然るべきものだったかもしれない……けど、もし説得できたらと思うと……」
「そう自分を責めるな」
エーレは俺に諭すように言葉を紡いだ。
「確かにグランホークのことは大変残念だ。しかし、魔族というのは元より、彼の様な存在ばかりだ。おそらくあなたは彼に何かしらシンパシーを感じたのかもしれないが、大きく違う点がある。そこが、あなたとグランホークを分かつものとなった」
「それは?」
「欲を、律することができるかどうかだ」
エーレは言うと、俺の周囲にいるリーデス、シアナ。そしてファールンを一瞥する。
「魔族……人間もそうだが、力を誇示し支配しようという欲望を少なからず持っている。その点は両者に違いは無い。セディ、あなたも自分の欲……例えば名誉を手に入れるつもりならば、私を滅していただろう。だがあなたはそうした欲を捨て、使命として大いなる真実を受け入れ、管理する道を選んだ」
「グランホークは、違うと?」
「力に妄執した結果、取り返しのつかないことになった。あなたは自分を律し、大いなる真実を受容する理性を保てた。こんな風にできる存在は、魔族含め人間にも少ないだろう」
エーレはそこまで語ると、俺に優しい視線を投げた。
「だからこそ、あなたとグランホークは違う。両者が出会った時、既にこのような結末は決まっていたのだ。あなたに説き伏せられて意見を変えるほど、彼の頭が柔らかいとも思えないからな」
「辛辣だな」
「ごくごく当たり前のことを言っているつもりだが」
俺は苦笑した。言いたいことはわかる。結局の所、俺のような存在の方が例外だというわけだ。
エーレに弟子入りを志願した直後、俺は勇者としての役目をはっきりと自覚した。もし勇者という額面だけを取れば、魔王を滅していてもおかしくなかった。けれど俺は……人々のため――いや、仲間のために決断をした。
グランホークも、力ではなく無念を晴らすためであれば、変わっていたかもしれない。そうなっていれば、同じような犠牲を出さないよう、彼は動いたかもしれない。
「……けれど、それは俺の一方的な願いかもしれないな」
思わず口に出た。エーレが戸惑いの眼差しを向ける。俺は「何でもない」と答え、話題を変えることにした。
「で、エーレ。今後俺はどうすればいい?」
「それなのだが……正直迷っている。このまま管理手法を学ばせるか、それとも今回の件に関わらせるべきか」
「クーデタを画策している魔族を、探すということか?」
「そこは私や、他の者に任せる。あなたにやってもらいたいのは、今回の件に関わる可能性のある事件を調べること」
「事件?」
聞き返すと、エーレは小さく頷いた。
「セディ達がグランホークを調べ回っている間に、こちらも色々と情報を集めていたのだが……いくつかの幹部から、怪しい情報が回って来た」
「その調査に、俺が?」
訊くと、エーレは渋々ながら首肯する。
「ああ。その内一つを調査して欲しい。ただ一つ注意してほしいのは、この案件が……」
エーレは険しい顔つきで、俺に伝える。
「大いなる真実を知る魔族に関するものだということ」
――玉座に、重い空気が漂う。俺も何やらきな臭いものを感じ取り、彼女に問う。
「かなり、まずくないか?」
「ああ……だが、真実に関わる情報は一切漏れていない。何か計画があるのか、それとも他に理由があるのか……」
「なるほど。事情はわかったよ」
俺は深く頷くと、エーレに告げた。
「俺にやらせてくれ」
「そうか……ありがとう」
彼女は礼を告げると、今度はシアナへ目を移す。
「シアナ、そちらはどうする?」
「行きます」
「それはどういう意図で?」
尋ねられると、シアナは顔をほんの少し赤らめた……が、
「セ、セディ様が心配だからです!」
と負けじと反論した。おい、ちょっと待て。
「こ、今回の件を見て、ずいぶんと無茶をされるのはわかったので……見張っておかなければならないと思いました!」
「うむ、確かにそうだ」
エーレはさも当然のように頷いた。この反応でどう思われているのかはっきりとわかる。
「だが、シアナ。それをシアナがする必要はないぞ?」
「そ、それは、そうですが……」
二の句が継げられず、シアナは押し黙る。エーレは色々複雑な感情の入り混じる顔で、俺を見た。こちらも困惑した表情で見返す。
「……まあ、一理あるか。魔王の血筋がいるくらいでなければ、セディを止められないかもしれないな」
やがて、エーレは言う。表情は、どこか確信を伴ったもの。
「いいだろう。シアナ、セディの同行を許可する。それとリーデス、ファールン。両者にも引き続き、シアナの護衛を頼もう」
「はい」
リーデスが一礼し応じる。ファールンもまた礼を示し、今後の方針は決定した。
「セディ」
そこで再度、エーレが俺に呼び掛ける。
「当初の予定とは大きく変わってしまった。しかし、この活動は間違いなく人間の為になるはず。それを胸に、任務を果たして欲しい」
「わかった」
「……すまない」
エーレが謝る――対する俺は、彼女に言葉を掛けた。
「一つだけ、いいか?」
「ん? どうした?」
「謝るようなことはされていないさ。頼ってくれていい」
そう言うと、俺は仲間達を見回した。同意するような表情のシアナと、頭を下げるリーデスとファールン。
「俺達は……同じ志を持った仲間だろ?」
問うと、エーレはきょとんとした瞳を見せ――やがて、力強く頷いた。
「ああ、そうだな」
そして最後にエーレは微笑む。
「セディ、今後も頼んだぞ」
「ああ」
俺は明瞭に返事をした。
きっとここから起こるのは難題だろう。しかしここにいる面々ならきっと大丈夫――そんな気持ちが、俺の胸に湧き上がっていた。