勇者の目
そして翌日――俺達はとうとう魔物討伐へ向け動き始める。
まず、勇者バルナやロウと合流を行う。彼らは全員笑顔で応じ、やがてバルナが口を開く。
「勉強させていただきます、勇者セディ、勇者クロエ」
「こちらこそよろしく」
なんだかアットホームな空気さえ流れる状況だが、俺は内心苦笑しながら言葉を紡ぐ。
「ジクレイト王国の騎士団には既に連絡してある。魔物の大まかな位置はつかんでいるから、途中の町で合流することになる」
「わかりました。私達は今回、魔物が逃げないよう色々と援護する……という形でよろしいですね?」
「ああ、それでいい」
ま、魔物がしもべを形作り襲撃するって段取りだが……さて、上手くいくかどうか。
ともあれまずは現地へと移動……エーレが指定した場所は、都から南へ進んだ山岳地帯手前の岩場。魔物が根城とする場所としては手頃であり、特に違和感はない。
俺達は早速都を出て街道を進む……情景だけを見れば冒険者達が都を経ちいずこかへ向かおうというような感じ。見た目としては仲間の会話も弾み、雰囲気もいい……よし、少しバルナと話をしてみるか。
「バルナ、町中では準備もあってあまり話ができなかったから、少しばかり訊いてもいいか?」
「構いませんよ」
にこやかに……屈託の無い笑みで応じるバルナ。勇者ラダンと関わっているという情報がなければ、俺も絶対騙されていたな。
「えっと、そうだな……確かにバルナは人間との戦いで勇者と呼ばれていたわけだけど、魔物や魔族ではなく人間相手というのは理由があるのか?」
「最初は単純に戦乱に巻き込まれたから、です。私は幼い頃に戦争で親を失い、以来剣の師の下で暮らしていました。その師も同じように人間相手に剣を振るっていた……となれば必然的に私もそういう形で剣を握ることに」
「なるほど……」
「勇者セディのことは妹様から伺っています」
「カレンから?」
「はい。幾度か話をする機会がありまして」
カレンが……俺のこととかはあんまり他人に話さないんだけど、この態度に騙されたってことか?
「私と勇者セディは、生い立ちだけを見ればどこか似ていますね」
「確かに。決定的な違いは人間か魔物か……かな」
「はい」
「魔物を討とうという考えには至らなかった?」
「戦争に関与していたため、必然的に魔族との戦いはあまりできなかったわけですが、これでも大型の魔物を撃破したりと功績はありますよ。ただまあ、基本的に自らの意思というよりは国からの依頼というパターンがほとんどなのですが」
「なるほど……戦士団というのは戦争の中で生き抜くために結成したのか?」
「そうです。人間同士の戦い……というより戦争は、個の力ではどうしても覆せない状況が存在する。戦争は多人数対多人数ですからね。魔物は群れをなしても精々十数体といったところですが、人間同士の戦争では隊を相手にするにしても百人とか、そういう人数になるわけです」
「単独で打ち破れるだけの力があっても、限界はあるよな」
「はい。体力、魔力……そういう制約などもあって、やはり単独では辛い。だからこそ、戦士団を結成しました」
――そうした中で勇者ラダンに出会ったわけだ。
「その戦士団だけど、結成当初とはメンバーも違っているのか?」
「はい。人間同士の戦争……やはり、犠牲も多い」
その時、バルナはどこか遠い目をした。
何かに思いを馳せている……俺はなんとなく、その記憶がバルナの行動原理に結びついているのでは、と思った。すなわち、そうした戦争を経験し、勇者ラダンと出会ったことで協力するようになったと。
果たしてそれはどういう理由なのか……考えられる余地はいくらでもあるわけだが――
「今回大陸東部を訪れる前、既存の面々に加え魔族に対抗するために勇者を中心に人を集めることにしました」
さらにバルナは続ける。
「とはいえ、なにぶん魔族討伐というのはほとんど経験がなく……幾度か戦いましたが、どれもこれも激戦でした」
彼の目はどこかもの悲しいものになる……端から見れば、その戦いによる犠牲者について心を痛めている、といったところか。
「……私達は常に戦いに身を置く存在」
そこで近くにいたクロエが話し始める。
「人の生き死にに関わるのは当然のことよ……胸が痛いみたいだけど」
「わかりますか」
「出会ってからそう経っていないけど、仲間を大切にしているのはわかるからね」
クロエのその言葉は、バルナの反応を見るためのものだろう……すると彼はどこか暗い笑みを浮かべ、
「私にも事情はあります。それに、魔族を討つのが悲願だとして戦線に加わってくれた方もいた……けれどそうした方々が犠牲となったことについては、悔やんでも悔やみきれません」
……本当に、話だけ聞けば心優しい人のできた勇者だ。少なくとも外面と他者に語る内容だけを言えば、間違いなく俺なんかよりも勇者の資格がある。
ただ、これは演技……と勇者ラダンと関わっているのなら推察するのだけれど、果たして本当にそうなのか? 役者でもない彼がまったくボロを出さずにいるというのがどこか不思議に思えてしまうのは――
「ならば、今回の討伐……目標を決めましょう」
そうクロエは話す。
「全員、生き残ること……これを何より優先させましょう」
「そうですね。私も同意です」
バルナはあっさりと返事をする――クロエとしては会話の中からバルナが怪しい言動をしないのか確認するような意味合いがあったと思うけど、どこまでも勇者としての責務を全うし、またやり遂げようという強い意思だけがそこにはあった。
俺はなんとなく横を歩くシアナに目線を向ける。当の彼女は無言でこちらを見返し、何かを訴えかけているような……油断はするなってことかな。
こちらは彼女に小さく頷くと、シアナは納得したのか視線を逸らした。
油断……というより勇者バルナについては目撃者はいないが不可解な行動をしているのは事実。だからこそ、信用してはならない……そう自分に言い聞かせる。
戦場の到着はおそらくこのペースならば夜を迎えてから。果たしてどうなるのか……様々な想像を頭の中で行いながら、俺達は旅を進めた。




