高揚感
「セディ様、クロエ様、これを」
ファールンは結界を維持する魔族の援護へ向かう……ただその前に、俺達へ小瓶を二つ差し出した。
「陛下がもし何かあればセディ様にこれを渡せと」
「何だこれ?」
「強壮薬です」
え……? 疑問に思っているとファールンが解説する。
「神魔の力を保有する存在を相手にする以上、現段階ではセディ様以外に対抗できる方がいません。よって、セディ様が倒れてしまえばまずいことになります。それを防ぐために体力回復の薬を、と」
「エーレはこうなることを予測していたのか?」
「わかりませんが、可能性として危惧していたのでは」
エーレの用心深さが功を奏したわけか。俺はファールンから薬を受け取り、
「ありがとう……クロエ、一本渡しておくよ」
「それとクロエ様、もう一つ」
そう言ってファールンは黒い腕輪を差し出した。
「本当ならば、もう少し後にするべきだと陛下は仰っていましたが」
「これは?」
「魔族の力を引き出す腕輪です。女神の力を用いられた剣と組み合わせれば、理論上神魔の力が使えます」
――こういう事態を見越し、備えをしていたか。
「ともあれ、陛下もクロエ様の意志といいますか、この戦いを通して何かを学ばれたら渡せ……と言っていましたが、緊急事態なので」
と、そこでファールンは微笑を浮かべた。
「もっとも、危惧する必要性はなさそうですが」
「お見通しかしら?」
「先ほどからの会話で、渡そうと決意しました」
「そ、わかったわ。存分に使わせてもらう……セディ、ひとまずシアナさん達と合流かしら?」
「いや、ちょっと待て。砦から敵が出てこないことを考えると、中は中で戦っているのは間違いない」
ドオン、と音が響く。俺の言葉を裏付けるかのように、砦内における爆発音。
「ひとまず外を片付けよう。結界を壊されたら人里にまで被害が拡大しかねない」
「そうね、わかったわ」
「お二人とも、ご武運を」
ファールンはそう言い残しこの場を去る。そして俺達は……再び不死者の殲滅を再開する。
ともあれ動きは緩慢であり、神魔の力を保有していなければ楽勝……もっともこの戦いは別の意味で大変だ。どれだけ不死者がいるのか。薬があるとはいえ体力はもつのか。
深い闇に包まれた森の中、どこまで戦えば終わるのかという精神的な疲労がきつい……一人ならば不安で退却を考えたかもしれないが、俺の背に勇者がいる。それが不安を取り払う。
「セディ、神魔の力を持っているやつがいたら即教えるから、対応して」
「わかった」
俺とクロエは背中合わせとなって敵を斬る。なおかつ進路は砦へ。敵を殲滅するにしてもまずは合流という判断だ。
よって、俺とクロエは少しずつ進みながら不死者を斬っていく。そこへ、
「セディ!」
声が。すかさず彼女へ体を向けるとその真正面にいる敵が彼女の刃を受けて平然としていた。
俺はすかさず神魔の力を高め、クロエと位置を入れ替える。そして彼女が俺と相対していた不死者を倒し、こっちも神魔の力を持つ個体を瞬殺した。
ここで神魔の力を一度閉じ、通常の力で敵を倒す……すると攻撃が効かない個体が。すかさず神魔の力を用いて撃破。
その流れを思い返し、鍛錬になると俺は確信する。
「クロエ、何か指導した方がいいか?」
「別にいいわ。セディが扱う力については、ちょっとずつだけど理解し始めているから」
そう答えながら敵を斬っていく。
「この魔族の腕輪、簡単に力を引き出せるわね。私用に作ったのかしら?」
「そうだろうな」
「魔王からの贈り物とは、本当に面白いわね、この管理の世界は」
そのセリフは、どこか楽しげなもの。
「セディ、私は私で好きなようにやらせてもらう。神魔の力を持つ不死者がいたとわかれば、即座に呼ぶわよ」
「了解」
返事をしながら俺は敵を叩き切った。
俺はクロエと共に敵を倒しながら、ひたすら刀身に神経を集中させる。神魔の力……それについて現段階であまり鍛錬する機会はなかったが、今はとにかくレベルアップしなければならない。
長期戦である以上、無駄な力は使えない。薬はいざという時に備えてのもので、できることなら使わずに倒したい……が、さすがに数を考えるとどこかで飲む機会は出てくるか。
ともかく、神魔の力はずいぶんと集中力が必要だし、また魔力を喰う。それを是正し、必要な時に必要な時だけ力を利用する……そして何より神魔の力の技術向上。これをやるべきだ。
加え俺は目を凝らす。外見から、あるいは魔力を知覚する段階で敵の見分けをつけたいところ……それができるようになれば、無駄な攻撃をしなくても済む。
「楽しくなってきたじゃない」
クロエが不敵に呟く。大剣で数体まとめて吹っ飛ばすその姿は、目の前の脅威に対してもまったく臆することなく……また、好戦的な一面が現れていた。
ただ、個人的に俺も同じ見解だった。
「……ああ、そうだな」
魔力を刀身に込める。呼応するように敵を連続で倒し、その数を減らしていく。
決して、俺達は戦いを楽しんでいるわけではない……戦を楽しむ狂戦士は勇者とは正反対の人種だ。そうした存在になってはいけない。
だが、今のこの時は、新たな力を手にし、それを用いて強くなっているという実感が出た瞬間、得も言われぬような高揚感が生まれた。それはクロエも同じであることは間違いなく、口の端に浮かべる笑みはそれを証明している。
俺は手に握る剣に集中する魔力をじっくりと確かめる。神魔の力は勇者ラダンとの戦いを経て身につけたが、完全ではない。むしろ勇者ラダンから手に入れたと言ってもいいこの技術を洗練させ、彼を上回るものに仕上げるにはここから鍛錬が必要となる。
この戦いは、それを成し遂げるためには都合のよいもの――
「はっ!」
クロエが斬撃を見舞う。視線を一瞬だけ移せば、彼女の剣戟を受けてもなお平然とする個体……俺の出番か。
けれどこれまでとは違いがあった。その腹部……わずかだが、傷がついている。
「クロエ……」
「まだまだね。でも、この戦いが終わるまでにそれなりになっているかしら」
なおも不敵な笑み。そんな彼女の成長性に俺は驚きながら、呼応するように魔力を高める。
――勇者として戦い続けた者同士、それぞれが高めあって確実に前へと進んでいる。魔王と出会う前、こうして勇者と組むことは一度や二度ではなかった。それでも今、クロエとこうして世界の真実を知り剣を振ることは、言いようもない感覚を抱く。
「夜は長いわ、セディ。途中で息切れしないように」
「こっちのセリフだ」
返答した後、俺は突撃してくる不死者を一掃する――そうして、闇夜の下で俺とクロエは剣を振り続けた。




