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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
神魔と帝都編

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自分を捨てる

「勇者ラダンの目論見を潰したとは言いがたいけれど」


 砦を出た直後、クロエは話し始めた。


「少なくとも戦乱の種を蒔いていた勇者を倒したのは……良かったんじゃない?」

「……まったく、皮肉なものだな」


 俺が言及すると、クロエも同意なのか深々と頷いた。


「そうね、敵は勇者で味方は魔族。ここだけ切り取れば私達は悪役ね」

「今回の件は結果的に良かったが、今後はもっと慎重にならないと」


 勇者ラダンが神魔の力を提供した一派を倒したのは、確かに進展だが……無茶は避けたいし、できることなら騒動の一つも起こさないまま対処したいところだ。


「ところでクロエ、魔王の城へ戻るってことでいいのか」

「ええ、構わないわよ」

「ならまずは結界の外へ出ないと……」


 シアナから転移した地点へ戻れば帰れれると聞いているので、必然的に元来た道を進むことになる。

 砦からは物音などは聞こえず、周囲は静寂に包まれている。シアナ達は今頃資料などを捜索しているのだろうか……そう考えていた時、俺は戦いの中でクロエに言われたことを思い出した。


「クロエ、相棒になるって話だけど」

「ええ」


 あっさりと返答。勢いで言ったわけではない様子。


「勇者ラダンの戦いについて、だよな?」

「そうね。何? 他のことでもパートナーをやってほしい?」

「そういうわけではないけど……」

「こんな戦いにまで参加したのよ? 今更全て忘れて普通の勇者に戻るなんて真似できるわけないでしょ」


 ……うん、それもそうか。


「これは私の意志よ。言ってみればセディとなら組めると考えたわけ」

「……例えばシアナとはとは無理か?」

「魔族だから拒否したいわけではないわよ。でも、もし手を組むのならセディがいいと思った」


 彼女は首を俺に向ける。といっても視界は暗く表情もあんまり見えないのだが……なんとなく、笑っているように感じた。


「正直なところ、一仕事終えてもどこか現実感がない面もある……この世界には知らないことがたくさんあると私だって認識していたけれど、まさか裏側がこんなことになっているとは、思いも寄らなかったから」

「俺も知った当時はそうだったよ」


 悩み続けたしな……エーレと初めて会った時も衝撃的だった。


「エーレは俺達と対等になるよう接している……ただそれはおそらく他の人と顔を合わせても変わらない。この世界に住む人間のことをどこかでも慈しみ、世界管理の一翼を担っている」

「私達がちっぽけな存在に思えるわね」

「まったくだ……俺はこの管理の世界を魔王や女神を介在せず扱えることが最終目標だ」


 そう俺は明言した後、肩をすくめた。


「もっとも、その実現までには途方もない苦労があるはず……そもそも俺が考える世界に辿り着くには、俺が人生を捧げても間違いなく足らないな」

「管理世界に身を捧げる気なの?」

「決めたことだから」


 ここでクロエはため息をついた。闇夜で見えないためかずいぶんと大げさに。


「何だよ?」

「いえ、何というか突き進みなのよね、あなたは」


 ん? 首を傾げるとクロエにはそれがわかったらしく、


「戦いについてはひどく慎重で、なおかつ味方の犠牲をすごく気にするくせに、自分のことになったらびっくりするほど安易に考える」

「別に生死に関係するわけじゃないし……」

「生き死にの問題じゃないのよ。あなたがそうやって決断したことで、あなたが自分を押し殺しているということをもう少し認識すべきじゃないかしら」

「押し殺すって……」


 俺の言葉にクロエはまたも大げさにため息。


「あなたは自分のことを完全に無視して、管理世界をよくするために……また勇者ラダンを倒すために活動している。魔族の方々がどう考えているのか知らないけど、今回初めて共に仕事をした人間から言わせてもらうと、相当無茶をやっている印象ね」

「無茶、してるかな?」

「自分を殺すことが、無茶してないとでも言うの? 生死に関わらずとも、自分を捨てる行為は正直感心しないわね」


 捨てる、か……確かにクロエの言う点も一理あるかもしれない。

 俺はエーレと仕事を優先していることから考えても、かつての仲間やカレンのことを置き去りにしている。彼女達をエーレに託して現在こうして活動しているわけだけど……。


「私としてはもう少し、その辺りなんとかならないのかと思うけれど」

「具体的にどうすればいいんだ?」

「私としてはもう少し、肩の力を抜いてもいいと思うけれど……そんなに張り詰めていたら、身がもたないわよ」


 ……ここで俺は一つ思う。


「正直、出会ってそう経っていないクロエからそう言われるのは、ビックリだよ」

「私だからこそ、かもね。魔族の皆さんはセディが現在どういう境遇にいるのかわかっていないのかもしれないわ」

「自分を捨てているというのは……例えば俺の仲間のこととかは、エーレに頼んであるわけだけど」

「そういうこととは違うのよね……セディにだって管理の枠組みの仕事をする以外に、やりたいことはあるんじゃないの?」

「やりたいこと、か……」


 どうなのだろうか。エーレに弟子入りを表明してから、ここまで……ずっと戦い続けていた。その間に自分が他にやりたいこととか、そういうことがあったかというと――


「はあ、わかったよ。これじゃあシアナさんとかが言及できないわけよ」


 クロエは肩をすくめる。こちらがどういうことなのか言葉を待っていると、


「ま、いいわ。私としてはセディの行動を無理に止めるつもりもない。けれどその負担を少しでも……というか、勇者ラダンとの戦いくらいは受け持ってあげるわよ、って話」

「それはありがたいけど……確認だが、本当にいいのか?」

「むしろ私にしかできない大役でしょう?」

「そっちこそ、無理してないのか?」


 問い返すと、クロエは沈黙する。

 彼女だって、心を押し殺している――帝国を訪れ、様々な出来事と遭遇し、彼女だって混乱していることだろう。


 俺が自分を捨てて戦っているとしたら、クロエもまたそういう戦いに身を投じることになる……しかも、完全に納得仕切れているわけでもないだろう。

 そこの辺りは……沈黙していると、クロエは三度目のため息をつく。


「と、同じ勇者として言ってみたけど、私の方だって大変なのは自分でもよく理解しているわ」

「クロエ……」

「でも相棒が必要というのは確実だと思うわ。魔族でも天使でもない、人間の相棒が」


 そう告げる彼女の声音は確信しているようだった……俺は口を閉ざし、暗闇の中でクロエの姿を見据える。


 やがて、


「……俺は――」


 声を発した直後、周囲で魔力に揺らぎが生じた。


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