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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者始動編
25/428

舞踏と宣告

 悪魔の襲来に対し、シアナはゆっくりとそちらに振り返る。


「……仕方ないですね」


 呟くと、動いた。まるで転移したような俊敏さで、先頭にいた悪魔へ接近する。


「ふっ!」


 短い声を発し右腕で手刀を放つ。明らかに体格の合わない相手に、その攻撃では効果が少ないのでは――そう考えたのはほんの一瞬。彼女の手刀はまるで大剣でも振っているかのように悪魔を横に両断した。


「っ!?」


 俺は驚き、彼女の一挙手一投足を観察に入る。手刀を放つ寸前、魔力が腕をまとい、彼女の身長程はある透明な刃を成している。

 加えてシアナの挙動は、エーレそのものだった。間違いなくあの技術を、彼女も習得している。なるほど――改めて、彼女の強さを思い知る。


 玉座に侵入してきた悪魔は総勢、二十は超えているが、シアナはそれを一撃で屠り、僅かな時間で三体滅す。しかしその間に他の悪魔はシアナを取り囲むように迫る。


「数が多いのは、煩わしいですね」


 声が聞こえた。面倒だという風な言葉遣いと共に――左腕にも魔力を収束させた。


 直後、轟音と多数の塵が舞う――一度に大量の悪魔が消滅したため、起こったものだ。爆心地にいるシアナは、軽快なステップと共に両腕を大胆に振り回し、儀式めいた舞踏に興じる。彼女の姿はひどく可憐かつ艶やかで、見惚れてしまう程だった。


 時間にして一分満たない時間で、悪魔は全て消滅した。シアナは舞いを収め部屋の中央に立ち、俺達を見上げる。


「……これで、終わりですか?」


 再びシアナ。グランホークは万策尽きたか苦悶の表情を浮かべる。対する俺は、ひとまず足を一歩前に出して、シアナに対峙するよう構えを見せた。


「……ベリウス」


 さらにシアナが言う。


「今なら、まだ許してあげましょう。こちらに戻ってきてください」

「……断る」


 低い声で返す。シアナは眉を吊り上げ俺を見る。こちらも見返し事の推移を見守る。この状況下で、グランホークはどう動くのか――


「……さすが、魔王の血族ですね。ここまでとは、予想外も甚だしい。真に、すばらしい」


 グランホークが発したのは、賞賛。


「見立てが、甘すぎたというべきでしょうね」

「覚悟は、おありですか?」


 シアナは瞳を彼へと揺らし、問い掛ける。


「ここまでした以上、極刑は免れませんが」

「わかっていますよ。ならば、手段は一つしかない」


 グランホークが返答し――足元に魔法陣が生まれた。玉座周辺を包むように光るそれは、間違いなく転移魔法。


「不本意ですが、逃亡しか――」


 しかし、陣は突如砕けた。乾いた音が玉座を支配し、グランホークも絶句する。


「な……?」

「無駄ですよ」


 答えは、玉座入口からだった。見るといつのまにか、リーデスが立っている。


「転移に関する魔法陣は、全て封じさせて頂きました。長距離転移は、使用できません」

「何……?」


 信じられない面持ちでグランホークが聞き返す。リーデスは彼の表情に満足したのか、嬉々として応じた。


「昨夜の魔物討伐……留守にしていた時、密かに仕込みました。侵入できなかったあなたの部屋を除き、城内に眠る術式はこちらもすぐに解析できたので、掌握したまでです。もし長距離転移を使うならば、私の魔力を解析し逆に利用するしかない」


 果たしてお前にそれができるか――言葉の裏でリーデスが問い掛ける。

 グランホークは彼の言葉を聞くと、リーデスに注目する。硬い表情のまま凝視し、呟くように声を漏らす。


「……お前は、何者だ?」

「シアナ様のお付きですよ。それ以上でも以下でもない……ただし」


 リーデスは会心の笑みを浮かべ、続ける。


「僕は陛下により力を与えられた存在……つまりは、そういうことです」


 ――本当に、こいつは嫌味ばかりだな。心底そう思った。


 グランホークは最早打つ手なしと悟ったか、一歩後退する。残るは俺という存在と、短距離転移だけ。逃げられる可能性があるとすれば、短距離転移を駆使して脱出することだが、


「ああ、短距離転移を使っても無駄ですよ」


 突破口を、リーデスが潰した。


「現在、堕天使ファールンが上空で城全体を監視しています。もし外部に出れば彼女が気付いてすぐに追うよう指示している。ちなみに彼女の力量は……僕よりは劣るけど、陛下からシアナ様の護衛を仰せつかっている以上、推測できるでしょう?」


 グランホークは口を閉ざした。退路は無い――しかし、彼の瞳はまだあきらめていない。


「……仕方ないな」


 呟くと、突如姿が消えた。短距離転移――俺を残して。


「逃げたね」


 リーデスは言うと、俺に向け肩をすくめた。


「もう演技はいいよ。部屋に戻ったみたいだ」


 告げられると俺は構えを崩し、剣を鞘に収める。


「……で、俺が彼の所に行くと」

「まさしく」


 リーデスは深く頷いた。


「僕らはこの城にいる侍女達に話を聞くことにするよ。明らかな反逆行為だから、権利はある」

「昨夜の戦いで事情は知っていると言っていたけど……」

「なら話は早い。問い詰めて情報を聞き出そう」

「……侍女達は、その後どうするんだ?」


 やはり滅ぼすのだろうか――思っていると、リーデスが口を開いた。


「記憶を消して、他の仕事に回すかな」

「……そういうことか」


 ならば納得だ。


「じゃあ、早速俺は行くけど――」

「いや、待った」


 そこへ、リーデスから制止の声。


「少し様子を見させてくれ。もし地下に逃げ込んで出てきたら、そこを捕らえることもできる。そうなったら君の手を煩わせずに済むだろ?」

「確かに、な」


 グランホークはあの場所で長距離転移できないと言っていた。ならば選択としては城に舞い戻るか、ひたすら閉じこもるか。もし出て来たならば、そこを狙って倒せばいい。


「では、少しばかり休憩していてくれ」

「わかった……と」


 俺はふいにシアナを見る。彼女は胸に手を当て、呼吸を整えていた。


「どうした?」

「え? ああ、いえ……少しばかり緊張してしまって」


 演技を、結構頑張っていたらしい。確かに俺の目から見ても相当気迫に満ちていた。見事としか言いようがない。


「上手くできていましたか?」

「ああ、大丈夫。俺も本物だと思ったくらいだから」


 聞くと、シアナは安堵の表情を浮かべた。


「最初、僕とファールンが魔法陣を壊すつもりだったんだけどね」


 そこへリーデスが横槍を入れる。


「御身にもしものことがあったら……とね。けれどシアナ様は大丈夫だと一蹴された」

「家臣ばかりに頼っては、示しがつきませんから」


 シアナは毅然(きぜん)と答えた。彼女の言葉にリーデスは苦笑し、感服したのかただ首を垂れるばかり。


「……本当に、俺もびっくりしたよ」


 本心からの言葉を漏らすと、シアナは照れ笑いを浮かべた。


「私はあまり表に出ることはありませんから、みなさん勘違いなさるのですが」

「個人的には僕も驚いた」


 リーデスはそう発言すると、俺に改めて話し出す。


「じゃあセディ。僕は行くよ」

「わかった……力が必要な時は言ってくれ」

「もちろんだ」


 リーデスは答えると俺に背中を向け、手を振りながら廊下へと歩き去った。

 見送ると、俺は階段を下ってシアナに近寄る。


「シアナは、どうする?」

「念の為、リーデスの作業が終わるまで部屋にいます」

「そうか。なら護衛をするのが適任かな」

「よろしくお願いします」


 シアナの言葉の後、俺達二人は広間を出ることとなった。






 グランホークに関する聴取は、午前中掛かった。その間俺とシアナは彼女の部屋で椅子に座り、会話をしたり本を読んだりしているだけ。


「俺も、手伝ったほうがいいのか……?」


 ふいにそんなことを呟いたりしたのだが、


「リーデスに任せておけば大丈夫です」


 とシアナが言うので、静観することに決めた。


 朝大事件があったにも関わらず、城内はひどく穏やかだったのだが――均衡が崩れたのは昼を回った時。そういえば、昼食はどうするのかという疑問を感じた時、ドアがノックされた。


「はい」


 シアナが応じる。扉が開き、ファールンが姿を現す――


「……へ?」


 彼女だとわかって視線を逸らしたが、二度見した。黒い翼と顔つきは相変わらずだったのだが、食事を運ぶ台車を引き、侍女の格好をしていた。


「お食事をお持ちしました」


 淡々と告げるファールンから俺は視線を外せない。彼女が台車から料理をテーブルに並べる最中も、やはり同じだった。


「ご苦労様」


 一方のシアナは労いの言葉を投げかけ、目の前に置かれた料理に目を落とす。どうやら、見慣れた光景みたいだが。


「どうしましたか?」


 そこに至り、ファールンが声を掛ける。俺はどう返答しようか一瞬迷ったが、二人が平静なのを見て、無難な質問を投げかけた。


「もしかして、普段は侍女をやっているのか?」

「はい」


 迷いなく答えるファールン。


「で、この料理は誰が?」


 続いて気になった点を言及する。侍女はリーデスが聴取しているはずなので、作れないように思えるけど――


「私が料理しました。無論、材料の検査もしています」


 あっさりとした彼女の返答。どうやら料理もできるらしい。普段食事すら取らない魔族にしてみれば、珍しい部類だろう。

 色々訊きたかったが……ひとまずそれ以上は尋ねず、ファールンから視線を外した。食べようと思い料理へ目を移そうとしたのだが、


 ――横手にリーデスがいて、思わずのけぞった。


「うおっ!?」

「え?」


 対するリーデスは呆けた顔。


「あ、と……リーデスか。びっくりさせるなよ」

「いや、普通に部屋に入って来たんだけど」


 驚かすつもりはなかったらしい。俺が気付かなかっただけか。


「いきなりどうしたんだい?」

「……いや、何でもない」


 ファールンの姿に驚いて、というのはなんだか口にしたくなかったので、濁した回答を示す。さらに、追及されまいと話を移すことにした。


「で、リーデス……結果は?」

「ん? ああ、とりあえず色々と聞けたよ」


 彼は答えるとシアナへ首を向けた。


「シアナ様、ひとまず事情を聞きましたが、詳しいことはグランホーク本人しかわからないようです」

「そうですか。ところで侍女の方は?」

「記憶は消しました。もしグランホークがいなくなれば、こちらから仕事を与えることになるでしょう」

「わかりました。取り計らうようにお姉様に伝えます」


 彼女が結論を出すと、リーデスは再度俺に向き直る。


「というわけで、出番だ」

「わかったよ。ただ食事はさせてくれ」

「構わないよ。別に時間制限があるわけじゃない。それに……」


 彼は間を少し置いてから、さらに続ける。


「グランホークの動向くらいは多少把握できている。やはり地下で長距離転移はできないようだね」

「……把握している?」


 驚いて聞き返すと、リーデスは小さく頷いた。


「この城の魔力や魔法陣を掌握しただろ? だからこれを利用して魔力の索敵範囲を上げ、地下にあるグランホークの居所もキャッチできたわけだ」

「じゃあリーデス達はそこに……」

「行くことはできないな。隔絶した空間みたいだからね。土を掘り返し物理的に接近すればどうにかなるかもしれないけど……それらしい魔物を造りだせば可能だけど、やる意味はないな」

「そうだな」

「で、時間がある以上、実験でもするかい?」


 リーデスはさらに問う。シアナからもらった指輪の力により、使えなかった魔法を試す――確かに今が好機だろう。しかし、一つだけ懸念があった。


「リーデス。こちらが敵の動向を把握しているように、相手も把握している可能性はあるか?」

「そこはどうとも言えないな……けど、気付かれないように密かに仕込んでいる可能性はある」

「なら、手の内をさらさない方が良いだろうな」


 俺の発言に、リーデスは「なるほど」と呟いた。


「ならぶっつけ本番で戦うと?」

「ああ」

「気を付けてくださいね」


 シアナが口を挟む。俺は「もちろん」と答え、目の前にある料理を食べることにした。






 ――そして俺は、一人でグランホークの自室にいた。書面を発見し、裏切りの意志を知った一室。ここで彼から教えを受けた通りの手順を踏めば、あの石室に辿り着くことができる。


「さて……」


 呟き、まずは部屋をぐるりと見回す。リーデスは侍女から事情を聞きつつここを調べたらしいが、結局以前の書類以外何も出なかったらしい。


「後気になるのは、切り札だな」


 魔法具を、石室に隠している――それがお目見えするかどうかわからないが、警戒するにこしたことはない。


「じゃあ、行くか」


 いよいよと思い、まずは口の中で詠唱を始める。それを終えた瞬間魔法陣が出現し、部屋全体が光によって包み込まれる。


 俺は僅かな時間まぶたを下ろした。浮遊感が生じ、それが消えた直後ゆっくりと開ける。

 目の前に広がるのはグランホークの部屋ではなくあの石室。そして奥には、槍を携えた彼。


「……来たか」


 グランホークは俺に正とも負ともつかない表情を差し向ける。


「どうにか、逃げることはできましたよ」


 俺はひとまず味方であるような言葉を彼に告げる。


「とはいえ、ここでは袋小路なのは間違いないでしょう……何か方法は?」

「今、考えているところだ」


 グランホークは俺に視線を送りながら答え、


「一つ訊いてもいいか?」


 さらに彼は質問を投げかけた。俺は「どうぞ」と了承する。


「ここに来るまでかなり時間が掛かったな。なぜだ?」


 ――裏切りを疑っているように一瞬思えたが、敵意は感じられなかった。純然たる興味からの問いなのだろう。


「……少々申し訳ないと思いつつ、壁を破壊し外に出た。それだけです」


 想定していた問いなので(よど)みなく答えると、グランホークは笑った。


「なるほど……そして、気を見計らいここに来たというわけか?」

「はい」


 頷くと同時に彼へと足を向ける。表情といい口調といい、やはり俺を警戒する様子は無い。

 シアナに直接剣を構えたことや、指輪を盗んだことが根拠なのだろう。だが正直、ここまで信用におけるとは予想外だった。


「城内は、かなり警戒されていました。しかし敵は少数である以上、どうにか出し抜けたわけです」

「私の部屋に魔法陣があること、露見されていないな?」

「それは大丈夫です。調査はしたかもしれませんが、ここに来ない以上無事です」

「ならばここに来ることはない……ならば、手はある」


 グランホークは顎に手をやり何事か考え始める。俺が黙って見守っていると、彼から声が発せられる。


「ひとまず静観……というのも一つの手だが、今は見つかっていなくとも、私の部屋にある魔法陣にはいずれ気付くだろう」

「とすると、すぐにでも移動を?」

「そうだ。お前が来た以上、逃亡の可能性は上がった」

「――そういうことですか」


 どうやら、城へ戻り逃げる腹積もりらしい。無難かつシアナ達にも推測できるような案なのだが、石室の制約上それしか手がないのもまた事実。


「ベリウス。お前が先行してくれ。少し間を置いて私が続き、城内から脱出を図る」

「わかりました……しかし、身を隠す当てはあるのですか?」

「魔王は神々の出現を危惧し、人間を襲うようなことがない。逆にそれを利用する」

「なるほど」


 人間の住む街に逃げ込む――それなら、エーレが手出しするのは難しいだろう。


「後は街を渡り歩き……魔王に反感を抱く魔族にこれを見せ、協力を取り付ける」


 グランホークは続けると、左手で首元にある何かを示した。見るとそこには、金色の細い鎖のペンダントがあり――


「……それは?」


 先端には、ひし形に加工された金細工。その中央に水晶らしき物が埋め込まれている。


「先に言った、切り札だ」


 言われてそれを凝視する。魔力は一切感じられないのだが――いや、待て。


「その中央に埋め込まれた水晶みたいな物が……魔力源ですか?」

「そうだ」


 質問に対し、グランホークは深く頷いた。


「肌で感じることはできないが……魔力を強化する特性がある」


 見た所なんの変哲もないペンダントだが……グランホークの様子から確証があるのだと思い、ひとまず出自について訊いてみる。


「それは、どのような経緯で手に入れた物ですか?」

「かの文書を交わした時、協力の証としてブディアス殿から貰い受けた。しかし基本、魔族が魔法具を使うわけもなく、他の魔族は魔王に反逆する同士の証明とする意味合いが強い」

「しかし、強力な力があると」

「そうだ。渡された時実演も兼ねてテストした。単なる下級魔族が瞬間的であれ、一気に力を増大させ上級魔族に匹敵する力を得た。その力があれば、私も城にいる奴らと対抗できる」


 何か反動がありそうな魔法具だが――その点も確認してみる。


「ちなみに、その下級魔族はどうなりましたか?」

「使用後魔力が大幅に減退した。時間が経てば戻るようだが」


 きっと魔力を無理矢理増加させる――魔力を先食いするような代物なのだろう。

 推測していると、さらにグランホークは語る。


「一人ではさすがに、力を開放している間に逃げることは難しいかもしれない。だがお前と私が二人で逃げに徹すれば、勝算はあるだろう」

「……そう、ですね」


 俺は返答しながらグランホークに近寄る。


「では指示通り先行します……が、その前に一つお伝えしたいことが」

「何だ?」


 彼が聞き返す間に、さらに接近する。それはグランホークの持つ槍の間合いに踏み込み、さらには俺の剣が届く場所まで――

 ここに至っても、相手から攻撃は来ない。やはり、俺を信用しきっている。


「リーデス達について、情報が」

 グランホークと目を合わせる。彼は視線を逸らさずじっと言葉を待っている。

「……俺は」


 刹那、右腕を動かした。グランホークの目が僅かに見開く。


 ――居合いというのは、正直あまり得意ではない。だから今回の、自然体からの居合い斬りによる奇襲は、相当運が良くなければ成功しない、と高をくくっていた。

 だからグランホークが条件反射で槍を引き、斬撃を受け止め後退したのも大して驚かなかった。


 金属音の後、沈黙が生じる。俺が眼光鋭くグランホークを直視すると、彼はひどく狼狽していた。


「……ベリウス?」

「伝えないまま切り結ぶこともできました。しかし、それは俺の本意ではない」


 語ると同時に、剣を握らない左手に力を込める。途端に魔力が生まれ肌が粟立つ。


「なので、全てをお伝えしようと思います」


 ――これには、時間稼ぎの意味合いも含まれていた。ぶっつけ本番で使用する、グランホークに対抗する魔法。これには多少時間が掛かると、俺は自覚していたからだ。


「最初に言っておきますが、俺達がここに訪れた理由は複数あります……しかしリーデスの言っていた仕事を、あなたにやらせるかどうかの見定めが主軸でいた。もしこれに合格すれば、あなたは陛下から何かしら賜ったかもしれません。ですが、クーデタの書面が見つかった。俺は勇者時代から知っていたと言っていましたが……口から出まかせです」


 その言葉に、グランホークの表情がにわかに曇る。どうやら、俺の行動を理解し始めたらしい。


「私もまた、それに荷担する存在でした……結果、このような形となって残念です」

「全て、虚実だったと?」


 彼が問うと、俺は静かに頷く。


「ええ。あなたの心の内を探るための、策でした」

「……ならば、お前の盗んだシアナの指輪はどうなる」

「親愛の儀ですよ」


 事もなげに告げた一言に――今度こそグランホークは凍りつく。


「信じられない面持ちですね……まあ、俺が魔族となったのはほんの数日なので当然ですが……逆に言えば親愛の儀を交わす程に、この作戦は重要な意味合いを持っているというわけです」

「……全て作戦のため、というわけではなさそうだが」

「それはグランホーク様もご存知でしょう?」


 問うと、彼は押し黙った。そんな状況下で、俺はさらに続ける。


「以降は、簡単でしたよ。俺があなたに関する情報を逐一伝え……今、ここに至ります」

「貴様に協力を仰いだのが、破綻の始まりだったか」


 グランホークの目つきが険しくなる。それに対し、俺は冷厳と答える。


「違いますよ。あなたが反逆心を捨てなかった……それが、破綻の始まりです」

「なるほど、な」


 グランホークから表情が消える。俺を真っ直ぐ見据え、槍を静かに構える。


「ならば、覚悟はできているわけだな?」

「はい……あんたと決着をつけるため、俺はここに来た」


 口調を変え、こちらも剣を構える。


「陛下……魔王エーレの指示の下、お前を倒す」

「いいだろう。できるものなら……やってみろ」


 怒りの混じる言葉と共に――戦いが始まった。

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