勇者の末路
「どこに行った……!?」
シアナがいなくなったことによりイダットが声を上げる。今まで大した活動もしていない彼女に警戒している……これこそ計略の本命だと察したためだろう。
その間に俺とクロエは突撃準備を整える。死角から脱してしまえば後は犠牲者が出ないことを祈りながら戦うだけだが……シアナがどう動くかによって対応が変わる。
「まだ待ちましょう」
クロエが言う。おそらく攻撃の時は近い。だが、まだだ。
イダットが周囲を見回す間にリーデスがさらに仕掛ける。魔族達は多少なりとも負傷しているが動きに影響のあるレベルではなく、さらに言えば魔法を受け続けてもまだ余裕がある。
無謀な特攻といった状況だったわけだが、シアナが消えたことによりイダットも戦況が変わったと認識したことだろう。
「キラフ! 出力を上げろ!」
そう彼は指示した。それにより光る柱の輝きが増し、放出される光もまた数が増える。
シアナもまたこの雨を受けているのか……俺やクロエからも姿を消した彼女の動向。戦いの行く末はそこに懸かっている。
魔族達は執拗に突撃を繰り返す。光に巻き込まれダメージを受けているが、それでもなお魔族は迫る。
「ちっ!」
イダットはそれを迎撃せざるを得ない。当然シアナへの注意は散漫となり、リーデス達にとってチャンスが生まれる。
シアナはどう動くのか……事の推移を見守っていると、やがて異変が訪れた。
「――があっ!!」
声がした。だがそれはイダットではない。彼の後方にいる、キラフからのものだった。
「狙いはそっちか……!」
イダットは即座に反応。だがそこへリーデス達が襲い掛かる。当然動きが制限されるイダット……キラフが狙われることは最大限の注意を払っていたはずだし、またキラフも大丈夫なように対策を打っていたはず。しかし戦いが長引き集中力が切れた……そんなところか。
俺達は物陰からキラフのいる場所へ視線を送る。シアナがキラフへ手刀を決めているところだった。回避できず彼は床に倒れ――けれどその直後、光の柱がさらに強く輝いた。
魔法が発動しようとする……おそらくこのままでは負けると踏んで決死の反撃に出た。
「セディ!」
クロエが叫ぶ。俺は頷き全力で駆けた。
イダットもこちらの動きに気付く。広間全体が光で覆われる中、イダットは俺を見据え対応するべく剣を振ろうとする。
魔法が発動。光りが拡散し縦横無尽に広間を覆う。魔族はまともに食らえばまずいと判断したか回避に移り、一方のシアナはキラフを倒しその場でやり過ごすことを決めた。
そうした中で、俺とクロエはイダットへ肉薄する――彼の立っている周辺に魔法は降り注いでいない。これはおそらく下手に魔法が直撃すれば自分達の身も危うい……そう考えているからだろう。
これまでの規模ならイダットも負傷しなかったため問題はなかった。しかしここに至り強力な魔法……さすがに直撃はまずいとキラフは判断したようだ。
俺とクロエはとうとう間合いに到達する――ここで仕留めることができなくともリーデス達とシアナが仕掛ければ撃破は容易いだろう。だが窮地に立たされたイダットがどう出るのかわからない……犠牲者が出る可能性は否定できないし、脱出しようとして色々動くかもしれない。そうなると地の利があるイダットが有利。神魔の力を活用すれば結界を突破することも可能かもしれないし……つまり、今この時をもって倒さなければ。
イダットが構える。そこへ俺が挑もうとして――それより先にクロエが大剣を振りかざす!
「終わりにしましょうか!」
「――断る」
クロエの言葉にイダットは単純明快に答える。そして両者の刃が激突し……神魔の力を保有するイダットにおそらくクロエは傷を負わせることはできない。だがそれでいい。俺の剣が届くだけの隙を作り出せばいいのだ。
「そういう、ことか……!」
イダットも悟り俺を見た……が、完全に動きを制限され、最早どうにもならない状況。
そこで俺は神魔の力を刀身に注ぎ……一撃を、叩き込んだ――
俺の剣戟はイダットにとって致命的なものとなったらしい。完全に動きが止まり、力なく倒れ伏した。
「……これで、終わったな」
「ええ」
俺の言葉にクロエは返事をして、周囲を見る。
「ご苦労様」
「まったくだよ。いやあ、大変な戦いだった」
リーデスの声。見れば最後の攻撃を受けてだいぶボロボロになっている魔族達。
「最後の一撃は、回避に徹していなければまずかったね」
「……犠牲者が出なくて何よりだよ」
「ま、そこは細心の注意を払っていたから」
肩をすくめる。リーデスとしては味方に犠牲が出るのは何としても避けたいところだっただろうし、本当に良かった。
「しかし……これだけの魔族を敵に回して戦ったんだから、神魔の力恐るべしだな」
「そうだね。ただこっちはあくまで戦闘不能を前提として戦っていたからね。純粋に殺傷を目的とすれば、話はずっと早かったんだけど」
……確かに遠慮なく魔法を撃ち込んだりすればあっさりと勝てたかもしれない。
「ところでシアナ様、キラフという人物の方は?」
「確保できていますよ。こちらもイダット同様気絶しています」
返答しながらシアナは姿を現した。魔法を受けているわけではないため無傷。
「砦の戦いは終了ですね。目的も果たしたので、このまま脱出しても問題ないとは思いますが……念のため資料などを押収しましょう」
シアナの言葉にリーデスは頷き、魔族達に指示を送る。気絶し倒れているイダットやキラフについては、これから魔族達の尋問なんかが待っているだろう。
「シアナ、尋問とかをするにしても――」
「非道なことはしませんよ」
そうシアナは返す……まあそういう気はしていたけど。
「心配しないでください。ただ情報を得た後、少しばかり記憶を改変させてもらうと思いますが」
「ま、仕方がないわよね」
述べたのは、クロエだった。
「この人を野放しにしておくと、何をしでかすかわかったものではないし」
「残念ですが、そういうことです……具体的に言うと神魔の力などに関する部分は、消すことになるでしょう」
「勇者ラダンについても?」
「神魔の力について修正するとなれば、必然的に……」
「そっか。でもまあ、それしかないだろうな」
頭の中をいじくるのは正直どうなんだという意見だってあるかもしれないけど……クロエに視線を注ぐと、彼女は肩をすくめた。
「それが大いなる真実の枠組みを維持するためなんでしょう?」
「まあ、そうなるな」
「私もこうして管理する以上、後ろ暗いことだってする必要があるって理解しているわ。むしろ、処置としてはずいぶん優しいって思うくらい」
「できるだけ人々を傷つけたくはないのですが、今回は仕方がありませんからね」
シアナが言う。意見は一致したし、クロエも納得しているようなので、ひとまずシアナ達に任せよう。
「で、シアナ。資料を回収したらここでの仕事は終わりか?」
「そうなります。捜索は私達でやりますから、セディ様達は一足先に砦を出てください。後はお任せいただければ」
――俺とクロエは同時に頷き、歩き始める。
こうして勇者イダットとの戦いは終わりを迎えた……ある意味勇者ラダンの目論見の一つを潰したと言えるが、決して本丸ではない。彼との戦いを終えるまでは気を引き締めなければ……そんな風に心の中で決意しながら、クロエと共に砦を出ることとなった。




