違和感
勇者イダットが去り部屋に残された俺達。すると、
「おそらくですが、勇者イダットは何かを隠しています」
そう確信を伴うシアナの声が、部屋にもたらされた。
「隠している?」
シアナの言及にいち早く反応したのは皇帝。
「話自体に矛盾はなかったと思うが」
「はい、そこは問題ではありません。私が疑問に感じたのは、皇帝以外の誰かにこの神魔の力について教えたという質問に、ないと答えた点。セディ様の表情を窺うような素振りをしていました……おそらく、ないと答えるのが無難だと判断したのでは」
「シアナ、追跡の魔法は?」
「使いました。もし何かを隠しているなら、相応の怪しい行動をとるはずです」
雰囲気的にクロエの故郷で起きた出来事は知っていそうな感じだった。ただ俺に接する態度から、俺もまたその事件に関わっていた、と知っている可能性はなさそうだ。
無論、演技の可能性もある。その場合はシアナが施した追跡魔法が異変をキャッチするはず。
「そう情報は得られなかったな」
皇帝が呟く。彼は腕を組み、神妙な面持ちで語る。
「確かにシアナさんの言うとおり、どうにも引っ掛かるような態度もあった。しかし私やセディさんのことを危惧していたわけでもなさそうだ」
「……問題は、彼のことをどうするかだな」
その隠していることが何かによって、こっちの対応も変わってくる。
「勇者イダットには申し訳ありませんが、居所については捕捉させていただきましょう」
シアナが言う……常時監視しているようなものなので個人的には複雑な心境ではあるのだが――
「勇者ラダンのこともある以上、さすがに野放しにはできない。何せ資料にも書かれていた人物ですからね」
「そうだな……皇帝、俺達は――」
「ここに滞在してもらっても構わないし、あるいは帰還してもいい」
目的は果たしたので、とりあえず帰ってもよさそうだが……シアナは反対の様子だった。
「念のため、数日は様子を見ましょう」
「……わかった。では皇帝。そのような形で」
「ああ。滞在については自由にしてもらって構わないから」
そういうわけで話は終わる。それからしばらくして研究所員からイダットが帰ったとの報告を受け、俺達は部屋を出る。
皇帝と別れて、俺とシアナはクロエがいる部屋へ。そこで椅子に座る彼女を発見した。
「クロエ、どうだ?」
「勇者イダットは?」
「話をしたよ。ひとまず穏便に」
簡単に説明。すると彼女は短く唸り、
「微妙なところね……彼の目的は何なのかしら?」
「勇者ラダンと会っているわけではないみたいだし、彼は彼の目的があって行動しているみたいだけど……」
「皇帝もいたことだし、本音を語ったのか疑問に残るわね」
クロエの指摘。確かにそうだな。
「ここはシアナさんの追跡魔法で要観察ってところかしら」
「そうだな。ところでクロエは何をしているんだ? 休憩中?」
「一通り終わったから待機を命じられたのよ。結果が出るまでは数日かかるらしいわ」
そう言って息をつく彼女。この数日は色々と研究所内で調べられていたので、精神的に疲れたんだろう。
「ひとまず調べものも今日までみたいだから、私は当面休むことにするわ」
「わかった。数日城の中に滞在する予定だから」
「魔王城とどっちが気が楽なのかしら」
肩をすくめながらクロエは呟き、立ち上がった。
「先に戻っているわ」
軽く手を振り彼女は部屋を出て行く。それを見送った俺は、一つシアナに質問した。
「……もし彼女が神魔の力に適合していたら――」
「事情を知りながら協力してくれる勇者……さらに言えばその実力は幾多の戦いで実証済み」
エーレにも怖じけない胆力もある……ここまでは完璧か。
「クロエ様も今回の戦いについて了承しています。よって、セディ様と並ぶ『原初の力』を持つ鍵となる……神魔の力に適合すれば、間違いなくそうなるでしょう」
「クロエ自身もそれでいいって思っている風ではあるけど……」
ただ、こうまでスムーズに話を通すことができた以上、重要な役回りになることは確定。エーレもそれを望んでいるだろうし、クロエも構わないといった様子。
神魔の力の相性が問題なければ、このまま彼女が一翼を担うことになる、か。
「その辺りは結果を見てから改めて考えよう……ひとまず、イダットがどうなるか観察してくれ」
「はい」
シアナの返事の後、俺達は城に戻ることにする。
ただ、何かしら目論見があるにしても、イダットが目立った行動するのか……そんな疑問を感じていたのだが、
事態が急変したのは、それからわずか数日後のことだった。
城の中で滞在し、その間にイダットに関する報告を聞き続ける。
彼はどうも宿場町の宿に泊まり、何やらやっているらしい。シアナとしてはもう少し情報を探りたいようだが、彼のことを警戒し攻めあぐねている様子。
「さすがに一線を退いたとはいえ、勇者です。おそらく追跡魔法の時点でギリギリでしょう」
これ以上深追いすると、バレるというわけだ……こちらが何か仕掛けたと気付いたら、彼自身どう行動するかわからない。よって、居所を探るだけにしている。
「国内に留まっているということは、何か用があるってことか?」
「わかりません。私達と別れて以降、宿場町の宿に入っている状態を維持していますから。昨日などは一日中部屋にこもりっぱなしだったようですし……」
逆に不気味だな。俺は「わかった」と応じ、
「ひとまず、俺達が次にどうするかは、イダットがその宿場町から脱してから……かな?」
「ですね。その方がいいと思います」
いつまでも宿にいるわけにもいかないと思うので、そう遠くないうちに行動すると思うのだが……宿にこもっているのは何か理由があるのか?
神魔の力について検証している、とは考えにくい。それなら研究所内でやるはずだし、一人でやるにしてもきちんとした施設に行くはずだ。
それに、イダットは皇帝と話をした後に研究所を見回ったが、資料などを確認したわけではなく、あくまで視察という感じだったらしい。つまり彼自身具体的な研究成果を知っているわけではなく――
「今回イダットがここを訪れたのは、皇帝が呼び掛けたというのも理由の一つだと思う」
俺が口を開く。シアナは言葉を待つ構え。
「けど、目的はそれだけじゃない……ような気もする」
「根拠はありますか?」
「具体的には何もないんだけど……」
ただ、何か引っ掛かる……皇帝に対する対応や、俺のこと……嘘は言っていないと思うが、シアナの言うとおり何かを隠しているのは間違いない。
その隠し事と、宿に引きこもっていることはおそらく関係がある……と思うのだが、
「嫌な予感がするな」
俺の呟きにシアナの顔も引き締まる。
「少々リスクはありますが、もう少しイダットについて調べましょうか?」
「それがいいかもしれないけど……できるのか?」
「魔族を偵察に使うのは問題がありますから、召喚した魔物とかなら気配を隠し行動できるとは思います」
「俺が直接出向くか? 気配を完全に断つことのできる魔法で――」
「いえ、セディ様はこの場にいてください」
指示と共に、シアナは魔物を生みだそうとする。
その時だった。
「――セディ!」
突如、クロエがノックもせずに入ってくる。何事かと俺とシアナが視線を送った矢先、
「緊急事態よ。すぐに来て!」
「どうしたんだ?」
俺の言葉にクロエは険しい顔で、
「……研究所が、襲撃されている!」
驚愕の言葉を告げた。




