勇者との接見
イダットについての話は以上となり、シアナはここで話題を変える。
「クロエ様についてですが……今回皇帝により神魔の力について扱えるかどうか、調べてもらうことになりました。魔王城の方でも改めて調べますが、ひとまずあなたがこの戦いの最前線に立つかどうか……それを判断しなければなりません」
「もし適合しなかったら、私はどうなるの?」
「管理の枠組みの中で色々と仕事をしてもらう点は変わりませんよ……ただ一つ。もし適合していたなら――」
「もしニコラがここにいたなら、やりなさいと言うでしょうね」
クロエは言う。それでシアナは彼女と目を合わせた。
「……それで、よろしいのですね?」
「ニコラのことが引っ掛かって私に遠慮している節があるけど、その必要はないわ。それに、私自身皇帝についても思うところはあるけど、それと同時に勇者ラダンの存在について快く思っていない。彼の行動によってニコラが……って考えも多少はあるからね」
「わかりました……クロエ様、改めてよろしくお願いします」
礼を示すシアナ。
「では、時が来るまで城の中で待機ですね。その間に何かやっておくことはありますか?」
「そうね……大体話は聞いちゃったから、ひとまず休もうかしら」
そう言って彼女は席を立つ。
「何かあれば呼んで」
部屋を出る。残された俺とシアナは、同時に息をついた。
「クロエについては大丈夫そうだけど……イダットって勇者について、どうなるのか不安だな」
「同意見です。もしラダンと深いつながりがあれば、私達が姿を現した瞬間に何をしでかすか」
「……騒動を起こしてくれた方が話は早く進むかもしれないけど」
「確かにそうかもしれませんが……」
言葉を濁すシアナ。まあ彼女もエーレも下手にもめ事を起こすのは避けたいって考えみたいだからな……。
「ま、ここはなるようにしかならないか。あとは俺達のことは知っていて、演技していた場合だけど――」
「接触した時点で勇者イダットに露見しないよう追跡できる魔法を使うつもりです。もし逃げたとしても追うことは可能になりますから、収穫がゼロになるようなことはありません」
「泳がせるって考え方もありか」
「はい。勇者ラダンと接触する可能性もありますからね……どちらにせよ、まずは会って話をしてからになります」
イダットが皇帝に神魔の力について教えたのは、なぜか。そして勇者ラダンの存在について、どう思っているのか。
色々訊きたいことはあるのだが、まずは会ってから。どれだけかかるのかわからないが……俺は城の中で、その時までゆっくり過ごすことにした。
イダットと直接顔を合わせたのは、城で過ごし始めてから三日後のことだった。
「研究所の方に顔を出している。クロエさんについては別所で調査をしているので、問題はない」
そう告げる皇帝。場祖は俺の部屋で、今から実際にイダットと会おうという段階だ。
「基本は俺が話をする。出方を窺いながら、情報を引き出し……場合によっては捕える方向になるかもしれない」
「その準備はできていますか?」
シアナの問いに、皇帝は「もちろん」と応じる。
「とはいえ、決して無理はしない。あとシアナさんとは協議したが……イダット次第では勇者ラダンのことも切り出し反応を見る」
常日頃会っていたとしたら、俺の名を聞いた瞬間逃げ出しそうなものだけど……ただ相手にすれば虎穴に入っていると認識するかもしれない。そうなったら演技して素早く都を離れる――こんな感じか。
「というわけで、早速行動だ。二人とも、準備はいいな?」
頷くと、皇帝は俺達を先導し研究所内へ。
どうやらイダットを通した場所は俺達が最初に皇帝と話をした部屋らしい。扉に前に立つと、皇帝は一度ノックをしてから開けた。
「すまない、待たせてしまった」
そう言いながら皇帝が中へ入る。彼に続き部屋に入ると、立ち上がりこちらを見る一人の男性が目に入った。
見た目はシアナの情報通り三十前後くらいだろうか? 黒髪で青い目を持ち、人相は戦場を生き抜いてきただけあってかずいぶんと重々しく、また研ぎ澄まされた雰囲気を持つ。顔の頬なんかに傷が走っているのは、幾重の戦いを経験した証だろうか。
「久しぶりだ、勇者イダット」
「形式の礼はいい。そちらは中々動き回っているらしいな」
クロエの故郷の話だろうか? イダットは柔和な笑みを浮かべた後、俺とシアナに目を向けた。
「そっちは?」
「ああ、是非とも紹介したかった……君と同じ勇者であり、また研究している力に興味を持った御仁だ」
「皇帝が目をつけここに連れてくるということは、名が知られているかよほど気に入られたかどっちかだな」
「理由は両方だな」
皇帝は俺を手で示す。さて、どうなるか。
「名は聞いたことがあるはずだ。東部出身の勇者、セディ=フェリウス――」
そうして俺とシアナの紹介をしたのだが……反応は、口元に手を当て俺達を推し量るような態度だった。
演技をしているのか、それともクロエの故郷の戦いで関わっていることを知らないか、わからないな……あの事件はつい先日起きたけど、この都へ来る途中に勇者クロエが関わったくらいのことは俺の耳に入っていた。その中で俺の名前は聞かれなかったけど――
「……ふむ、面白いな」
イダットは呟き、俺達に座るよう促す。
「立ち話ではなく、ゆっくり語り合おうじゃないか」
少なくとも、警戒している雰囲気はないな。これで演技だとしたら相当な役者だ。
俺は「はい」と返事をして彼と対面に座る。皇帝とシアナの真ん中を陣取り、まず俺は口を開く。
「えっと、まず……今回研究している力の詳細についてだけど」
「皇帝から多少は聞いているだろう?」
「ああ……名は神魔の力」
イダットは笑みを浮かべる。
「そうだ。神と魔の特性を持っている」
「にわかに信じがたいんだが……実際にこの研究所に存在する以上、信じるしかないわけだ」
「この力を使って、何をしたい?」
――動機については訊かれると思っていたので、俺は明瞭な回答を提示した。
「魔王に挑むために」
「ほう?」
倒す、ではなく挑むという単語に反応した様子。
「挑む……か。なぜ魔王に挑む?」
――理由としては、一度魔王に挑み追い返されたという経緯を話そうと思っていた。だがそれより先に、皇帝が口を開く。
「彼が力を得たい理由を語るには、まず彼がこうして私と共にいる理由から話さなければならない」
ラダンについて伝えるようだ。いきなり踏み込んだわけだが……事の推移を見守ろう。
「あなたには話していなかったが、この神魔の力について研究し始めてから少し、とある人物がやって来た。その人物は勇者イダットのことをよく知っていたし、その人物から興味深い情報をもらった」
――さすがに勇者ラダンに協力する以上、彼も大いなる真実について把握しているだろう。
それはどうやら正解だったようで、イダットは眉をひそめた。
「情報……出会った人物とはもしや――」
「勇者、ラダンだ。彼は私が研究していることを知り、干渉してきたわけだ」
「なるほど、な」
彼は口元に手を当て、考え込む。事情を知っても存外冷静だな。
「当然、その情報とは大いなる真実……だな?」
「そうだ。勇者セディにもこれは話した。」
「そうした中で勇者セディは魔王に挑む理由は何だ?」
「……問い質したい。現状をどう思っているのか」
俺の言葉にイダットは「なるほど」と応じる……ひとまず、まったく信用されなくて逃げる、ということではなさそうだった。




