勇者の定義
翌日、転移魔法により俺達はテスアルド帝国首都、アリクザンルスへと戻ってくる。皇帝に神魔の力を教えた存在――名はイダット=ガルマン。彼については、一両日中に話ができるとのこと。
「今回、私自身が二人を招き、神魔の力について語ったことにする。それで二人も興味を示し、件の人物に話を求めたと」
「彼がクロエの故郷で起きた事件について知っていたら厄介ですけど」
場所は研究所の部屋。そこで今回会う人物に対する打ち合わせをする。この場にいるのは皇帝と俺、クロエとシアナの四名。
こちらの質問に対し、皇帝は頷く。
「ああ。だから顔を突き合わせるのはセディ君とシアナさんの両名だけってことにしてほしい」
「私は待機ね。別に構わないけど」
そうクロエが応じると、皇帝はさらに続ける。
「彼がセディについて調べているとなると動き方も変わる。もし知らなければ、私がセディ君を引き込んだ、って説明をさせてもらう」
「つまり大いなる真実を知り、皇帝に協力することになったと」
「ああ、そういうことだ」
相手に説明するのはそれが妥当か。
「そこから神魔の力について話をつなげていく。もし勇者ラダンからセディ君の情報をもらっているのなら、出会った時点で反応があるだろう。申し訳ないが、結界を発動させて捕らえさせてもらう」
「強引ですね」
こちらのコメントに皇帝は肩をすくめ、
「しかし、このくらいやらないと勇者ラダンとの戦いに後れを取る……だろう?」
――なんだか生き生きとしているな。魔王と協力することになり、色々と思うところはあったらしい。
まあ大いなる真実に触れ、苦悩なんかもあっただろう。いつ何時魔王の配下が来て、干渉してきてもおかしくない……不安だって感じていたかもしれない。それを払拭できたわけだし。
「その間、クロエはどうするんだ?」
「神魔の力について……現段階でわかっている範囲で色々調べているんだが、そうした力に適合するかを、この研究所で調べさせてもらいたい」
「変なことをしたらぶった切るわよ」
クロエの言葉に、皇帝は「落ち着いてくれ」となだめるように言う。
「こっちだって丁重に扱うさ……というわけで、クロエさんは研究所の方に頼むよ」
「わかったわ……けど一つだけいいかしら?」
「ああ」
「私は故郷の件に対し、決して納得したわけではない。そこはきちんと認識してもらいたいわね」
全面的に信用しているわけではないってことだ。皇帝もそれは深く理解しているのか、頷いた。
「信頼を得るには難しい……と思うが、できる限りの努力をさせてもらう」
「ええ。歩み寄れることを期待しているわ」
――ちょっとばかりギスギスしているような状況下だけど、大丈夫だろうか? 不安に思ったが、こればかりは割り切るしかないか。
皇帝との話が終わったので、俺達はひとまず待機ということに……城内で客人としてもてなすとのことで、部屋に通される。
個室で魔王城の自室と比較しても遜色ない広さ。俺はなんとなく窓際に近寄り、外を眺める。
あいにくの曇天。城の位置的にそれほど高い場所ではないためか、町並みではなく城壁が見える。
「さて、イダットについて……どういう展開になるかな」
呟いていると、ノックの音。返事をすると扉が開き、シアナとクロエが姿を現した。
「どうしたんだ?」
「私の方でお話が。今回会うことになる、イダットという人物について」
彼の個人的な部分か。調べられる範囲だと思うが、彼の人となりを知るにはいいだろう。
俺とクロエは隣同士で部屋にある椅子に着席。テーブルを挟み対面に座ったシアナは、一呼吸置いた後、話し始めた。
「年齢は不明瞭ですが三十前後くらいで、現在諸国を放浪。また勇者として活動しています。しかしクロエ様とは異なり、魔物や魔族を相手にするのではなく、人間を相手にしているのが特徴です」
「この西部なら、そう不思議な話じゃないわ」
クロエは肩をすくめながら言う。
「私は女神様から武具をもらったりして、なおかつ人間相手に戦う意味を見いだせなかったから、魔物や魔族を相手にしていた……けど、戦乱がある西部だと人間から依頼を受けて人間相手に仕事をした方が儲かるってのもあるからね」
俗物的だなと思うが、こればかりは仕方がない。勇者といえど、食っていかなければならないわけで。
「東部では戦争がほとんど起きていないからな。そういう風に人間相手に稼ぐってやり方が難しい。その代わりギルドなんかに登録して魔物退治に精を出すことがほとんどだな」
「そう。西部だと国や地方領主なんかに召し抱えられるケースが多いわね……というか、そもそも東部と勇者という定義が違うのではないかしら」
そう述べるとクロエは頭をかく。
「東部は純粋に、魔物や魔族を相手にするが故に、功績を称えられ勇者と呼ばれるケースが多い。けれど西部の場合は東部と同様魔族なんかを倒し勇者と呼ばれる以外に、傭兵として戦地を回り国に貢献する……こういう人物もまた勇者と呼ばれる」
「大いなる真実を知る存在としては、魔族や魔物と戦う人間だけを勇者と捉えているだろうな」
「そうですね。セディ様の言うとおりです」
俺のコメントにシアナは賛同する。
「言わば、国のために戦う存在に勇者という称号を与える……定義としては決して間違ってはいないと思います。その国の人にしてみれば侵略してくる敵と追い払う存在……勇者と呼ぶにふさわしいでしょうから」
「つまり、西部には二種類の勇者がいるってことだな。クロエは魔王や女神が求める勇者で、イダットは王などが求める勇者だと」
「そうね……シアナさん、続きを」
「はい。人として活動するイダットですが、経歴を見ても魔物ではなく人と戦うに十分な理由を持っています」
「この西部ではよくある事例じゃない? 戦火によって故郷を破壊され、復讐のように件を握ったと」
クロエの推測は当たりのようで、シアナは深々と頷いた。
「まさしくそうです。彼は幼い頃に故郷の村が戦争に巻き込まれ、消えています」
「本来なら、村を襲った一団……というかこの場合は国か。そこに憎悪を向け剣を振るというのが普通だけど、イダットの行動を見るにそういうわけではなさそうね」
「はい。その後、彼は放浪を始め、戦場で剣の指導者を見つけ傭兵として生きていきます。小さい頃から叩き込まれた剣術は相当なもので、一時期彼が関わった戦いは全て勝利したそうです」
それだけの戦歴を持つ勇者、か。
「その後、二十歳を過ぎた時点で一線を退き、現在のように放浪の旅を開始しました」
「二十歳で戦場を離れるって、ずいぶんと早いな」
「そうですね。理由は不明です。そして勇者ラダンと出会い……皇帝に神魔の技術を教え込みました」
「他に彼が関わり神魔の力を持つ存在はいるのか?」
「調査中です。ただこれは、直接問い質した方がいいかもしれません」
会うわけだからそれもそうか。
「最初に言った通り、現在は諸国を放浪してどこかに所属しているわけではありません。しかし時折仕事もしています。もっともどこかの国に留まるようなことはせず、依頼された仕事をこなしているというだけみたいですが」
つかみどころがないな……真意訊かないとわからなそうだ。
「イダットについては以上となります。何か質問はありますか?」
俺とクロエは首を左右に振った。




