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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
神魔と帝都編

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魔王からの頼み

 森の出口は丘の上のようなもので、眼下を一望することができた。


 まず目に入ったのは、一面に存在する麦畑……遠くに人間――ではなく魔族が作業する光景さえ見られる。

 真正面、遙か遠くに山脈が連なり、その頂には白い雪が残っている。雄大な自然と、魔族の手で作り出した手の行き届いた畑……それが、目の前に広がる景色だった。


「魔族は元来、破壊などの力に特化しており、何かを生み出すといった行為が苦手です」


 シアナは景色を眺めながら俺達へ解説する。


「魔族の魔力は退廃などの要素が強いため、こうして畑を生み出すのも魔力を介在しないようにしなければなりません」

「つまり、魔法なしでこれだけの畑を?」


 クロエの問い掛けにシアナは首肯する。


「そもそも人であっても魔法を介在せず作物を育てることは普通でしょう?」

「まあ確かに……魔法を使って作物を大量生産なんて手法は古来試されて非常に難しく、成功した例は少ないしね。それは魔族も同じなのね」


 ……とはいっても魔族は普通の人々と比べ魔力が多い。おそらく作付けなどにも大なり小なり影響を及ぼすはず。

 どれだけの苦労を伴い目の前の光景があるのか……俺はじっと畑を眺める。クロエもまた同じような態度で目前の景色を見据えている。


「……決して、魔族の全てを許せとは言いません」


 シアナが語り出す。


「ですが、私達も人間と同様、営みがある……魔族全てが同じような考えを抱いているわけではありませんし、この景色を否定する存在もいます」

「でも、守るべき魔族もまたいるってこと?」


 クロエの問い掛けにシアナはコクリと頷いた。


「お姉様の営みは、こうした方々に支えられている。だからこそ、それに報いるためにお姉様や私は、相応の働きをする」

「わかったわ……もちろん完全に納得できたわけではないけれど」


 クロエは大きく息をつき、シアナへ告げる。


「こうやって知ってしまった以上、私もまたあなた達に協力する……といっても、どこまで頑張れるかわからないけどね」

「大丈夫か?」


 俺の問い掛けに、クロエは笑った。


「平気よ……と言っても信じてもらえないかもしれないけれど」

「クロエ……」


 彼女は肩をすくめる。それは大丈夫だと主張しているようだが……とはいえ、ここで問答していても仕方がないか。


「わかった。一緒に戦おう……当面の目標は、勇者ラダンの目論見を防ぐことだ」

「同じ人間だけれど、災厄をもたらそうとしているなら成敗しないとね」


 クロエの力強い言葉。それと共に見せた笑みは、少なくとも勇者ラダンを止めようとする意志は感じられた。

 ひとまず、大丈夫か……そんな印象を抱いた矢先、シアナが突然声を上げた。


「あ……お姉様が呼んでいます」

「呼んでいる?」

「魔法で連絡が来ました。すぐに戻りましょう」


 彼女が言うので、俺達は再び森の中へ――そうして魔法陣を抜け城へと戻ってくる。


「場所は玉座ですね」


 シアナが言う。よって俺とクロエはシアナと共に玉座へ。

 そこに、エーレが立っていた。


「待っていた……ふむ、少しは良い顔になったか」

「ま、踏ん切りつかないところもあるけれど」


 クロエの言葉は多少なりとも棘のあるものだったが……、


「それでも勇者ラダンの凶行を止めるってことは、セディやあなたとも一致しているわ」

「そうか……私としてはあなたを迎え入れたい。その力、是非ともこの事件に欲しい」

「どこまでやれるかわからないけれど、頑張るわ」


 肩をすくめ答えたクロエに、エーレは「頼む」と一声添え、話を進める。


「では……現在勇者ラダンに関する一派については調べているところであるため、もう少し待ってもらいたい。その間に他の面を解決しておかなければならないと思ったのだ」

「他の面?」

「勇者ラダンの一派は相当広範囲にわたって活動している。一国に収まらぬほどに。よってこちらもラダンの動向について情報を得るために、体制を整えておかなければ、と思ったのだ」


 相当話が大きくなっているが、これは当然の話か。


「よって、大いなる真実を知る者達を一度こちらへ呼び、協力してもらうべく話し合う」

「それ、今からか?」


 こちらの疑問にエーレは首肯。


「そうだ」

「信用できるの?」


 ここでクロエがやや訝しげな声音で問う。


「その中にラダンの一派がいたらまずいことになるわよ」

「心配いらない。元々身体検査など十分に済ませている上に、今回一度改めて調査した」


 魔王の言う調査か。相当なものなのだと想像できる。


「そもそも、ラダンを引き入れるような者達ではないからな……大陸西部にいる様々な種族だよ」


 様々な……それを聞いてクロエは尋ねる。


「ここに連れてくるの?」

「転移魔法を用いて、だ。そこで勇者クロエ、あなたに提案がある。今回の戦い、性質上人間の勇者が先頭に立つ必要がある。加えあなたの功績は今回呼んだ面々にも知られている……よって、大陸西部の戦いについて、是非あなたを中心にやりたいと考えている。無論、先にも言ったが私の一存で決められない部分もある。そこはきちんと決着をつけた上で、だが。もっともこの役目についてはほぼ確定と考えていいぞ」


 その言葉に、クロエの表情が引き締まった。


「私に、種族間の超えた連携の陣頭に立てと?」

「作戦などはあくまで私達が決める。しかし勇者ラダンと戦うことになるなど、重要な局面には、あなたにも動いて欲しい」

「それは別に構わないわ……というより、策略とか向いていないからそっちの方が性に合っているし」

「エーレ、一ついいか?」


 俺は手を小さく上げる。


「大陸西部の戦いについて、って言ったのは……」

「東部は当然セディ、あなたが主役だ」


 ああうん、まあ俺しかいないか。


「東西の勇者……実績を積んだ二人がいれば、こちらとしても大変心強い」

「まさか魔王に頼られるとは……」

「勇者クロエ、それはあなたが手に入れた実力を考慮してのものだ。頼む」

「……わかったわ」


 クロエは頷く――とはいえ、俺としては安易に受けて大丈夫かと思った。


「エーレ、このタイミングで話をするのは――」

「勇者クロエならば、そう慌てることもないだろう」

「どういう意味?」


 クロエが問うとエーレは笑う。


「さて、そろそろ時間だな」


 エーレの言葉と同時、後方の扉が開いた。

 振り向くと、そこには――


「これはこれは、久しぶりだな」


 全身鎧に身を包んだ、背の低い……ドワーフか。ただひげは生えておらず、どこか好青年かつ愛嬌がある。黒い髪はずいぶんとサラサラしており、普段イメージするドワーフとは少し異なる容姿。


「あなたは――」

「自己紹介はさせてくれ。隣に見慣れない人物がいるからな。名はブロウ=マディラー。西部に存在するドワーフを統括する、一応王だ」


 まさかのドワーフの王様。次いで後方からさらにやってきたのは、金髪のエルフ。


「久しぶりだな、勇者クロエ」

 先ほどドワーフにも反応したが、どうやらエルフとも彼女は知り合いらしい。

「彼の名はジェデル=ファラーザ。西部の中央に位置する巨大な森、オルクロア森林地帯に住む、エルフの長だ」


 エーレからの紹介が入る――エルフの長、か。

 クロエとしては思わぬ再会に驚いている様子……いや、この場合彼らが大いなる真実を知っていることに対し、驚いているのだろうか?


 こんな面々を連れてきたのは……考えていると、さらにここへやってくる者達が。

 その片方は男性。そしてもう一方は――見覚えのある存在だった。


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