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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
神魔と帝都編

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女勇者と魔王

 先手は当然クロエ。その動きに迷いはなく、紛れもない最高の一撃を彼女は放つ。


「見事な斬撃」


 エーレは評価をしながら、易々と避けてみせる。


「だが、当たらなければなんの意味もない」

「なら、これはどう!」


 大剣にさらに魔力が集まっていく。一度後退した彼女を見て、俺はどういうことをするのか頭の中で推測する。

 刹那、彼女の豪快な一撃が放たれた……が、それは単なる剣戟ではなかった。いわば広範囲系の攻撃……刀身から衝撃波が流れ、エーレが立ち回れる空間を押しつぶすように迫っていく。


 当然エーレは対応を余儀なくされる。かわすか受けるか……彼女は、防御を選択した。

 渾身の一撃を、魔王は真正面から防御する――かざした左腕に触れた直後、周囲の空気が振動し、衝撃波が拡散した。


「おっと」


 シアナがそれを結界を構成し防ぐ。彼女の魔法により、俺や皇帝は被害ゼロ。

 一方のクロエだが、さすがに自慢の一撃を防がれて何も思わないわけではなさそうだった。


「さすが、と言っておこうかしら」

「余裕だな」

「そう見える? 正直、これを防がれるともう手がないのよね」


 クロエは大剣を引いた。エーレが追撃するかなと思ったが、構えただけで動かない。


「あら、今のは好機だったんじゃない?」

「その目は、何か策ありという様子だ」

「……用心深いわね」

「私は勇者という存在を脅威だと考えている。それは女神の武具を持っているといった理由ではなく、人々のために戦う存在こそ、この世の中で最も強いと考えているからだ。あなたもその枠にあなたも入っている。警戒するのは当然だろう」

「……勇者の中には、腹黒いやつもいるけど?」

「そうした人間はさすがに除外だな」


 笑うエーレ。するとクロエは肩をすくめた。


「なぜ、脅威だと思うの?」

「人々のために戦い続けるなど、並大抵のことではない……まして、自分が死ぬかもしれない戦いに身を投じる。そうした人物が弱いわけがない」

「なるほどね……魔王様のお眼鏡にかなって、光栄ね」


 皮肉を告げているのかと最初思ったが……不思議とそういう印象は受けなかった。


「次はどうする?」


 エーレが問う。渾身の斬撃を防がれてしまったクロエ。他に何か手段は――考える間にも彼女は走り出した。

 どうやって戦うのか……と思ったら、さっきと同じように魔力を収束させる。力押しは通用しないと感じたはずだが……。


 それでもクロエは果敢に向かう。エーレもまたそれを真正面から受ける。

 再び衝撃波が俺達を襲う。シアナがそれをきちんと防御し……だがクロエは攻撃を止めなかった。


「ふっ!」


 短い掛け声と共に、一閃される。それもまた全力だったみたいだが、エーレは涼しい顔で弾き飛ばす。


「策を用いるのは嫌いなのか?」


 エーレが問う。それに対しクロエの動きが止まった。


「……何が言いたいの?」

「単純な興味だ。あなたの雰囲気を見ていると、ただひたすら押し一辺倒というのは納得いくのだが……それでも魔王が相手だ。何か別の手段だってとりたいだろう?」

「……全力でかからないと、魔王のあんたに失礼かと思ってね」


 一人気を吐いてクロエは応じる――彼女自身、決して策がないというわけではないはず。魔王の力量を察知したならば、それに応じた戦法に切り替えてもおかしくない。

 けれど、クロエはそういう手段を使う気配がない……魔王相手に小手先の策は通用しないだろうし、ましてそんな勝ち方では納得いかない、といったところか。


 だが、彼女の剣は一切通用していない……ならばどうするのか。


 クロエの選択は単純明快だった――すなわち、さらなる攻撃。通用しないことからヤケになっているようにも見えたが、俺達の所まで後退した彼女の横顔に、あきらめている様子はなかった。


「……予想とはずいぶん違ったけど、さすが魔王ってことね」


 クロエが呟く。それにエーレは肩をすくめる。


「勇者クロエ、次はどうする?」

「……正直、これで勝負をつけるのはあまり気が進まないけど」


 そう前置きをしたクロエは、呼吸を整える。エーレがいつ仕掛けてきてもいいように警戒しながら、それでいて準備を始める。


「その一撃で、勝負を決めるつもりか?」


 エーレが問う。するとクロエは笑みを浮かべた。


「セディがどうやってあんたを倒したのかは知らないけど、生半可な力が通用しないのはわかった。もし今からやる技が通用しなければ、もう私に倒せる手段は存在しない」

「捨て身の一撃というわけか。いいだろう。あなたの実力、しかと拝見させてもらう」


 エーレは待つ構え。俺は自分自身が発した、最後の力を思い出す。


 魔王を打ち破った力……あれは仲間達から譲り受けた道具を結集し、自分でも想像外の力を引き出して勝利した。あのようなことをもう一度やれと言われても、きっとできないだろう……魔王と対峙し、勝たなければならないという強い思いが、あの力を引き出した。


 クロエにそれができるのか……きっと今、彼女の頭は混乱しているだろう。あまりにも予想外であった大いなる真実。そしてまったく想像にしていなかったであろう魔王エーレの姿とその考え。俺の時は多少なりとも考える時間が与えられたし、自らの意思で答えを出し最終決戦に望んだ。


 だがクロエにはそんな時間はなかった。そうした邪念を振り払い今彼女は剣を握って魔王と対峙しているはずだが……その状況下で全力が――それこそ全身全霊の力を出せるのか。


 俺はふと横にいるシアナに視線を送る。不安げな表情……クロエが持つその力を警戒し、最悪の事態も想定しているのか。

 視線をクロエに戻す。目をつむり、ゆっくりと呼吸している。明確な隙だが、それでもエーレは仕掛けない。いや、目を閉じていても、クロエなら反応できると踏んで様子を窺っているのか?


 やがて、クロエのまぶたが開く。見た目は何も変わっていない。


「……魔王」

「ああ、どうした?」

「もし私が勝ったら、一つだけ頼みを聞いてほしい」


 エーレはじっと彼女と視線を合わせ、言葉を待つ。


「といっても、別にあんたの命がほしいとか、そういうつもりはない」

「管理の世界に影響がないこと、と言いたいわけだな?」

「ええ、そうよ」


 皆まで言わないつもりのようだ。クロエの要求が気になるが……彼女は何も言わずに、走った。

 刹那、その刀身と彼女の体から魔力が発せられる――が、その量が尋常ではなかった。


 光……彼女の全身を包む白銀の光は、まるで彼女そのものを飲み込むようにして生じ、一つの巨大な光弾のようにも見えた。

 それが真っ直ぐ――凄まじい速度でエーレに肉薄する!


「まさしく、捨て身の一撃だな」


 だが魔王は冷静に言葉を紡ぎ、両腕を交差させ、防御に転じた。


 勇者と魔王が激突する――直後、玉座の間を爆音が満たした。シアナが結界を構築したため俺達は平気だったが……下手すると広間が無茶苦茶になるんじゃないかという不安に襲われた。


 両者はどうなっているのか……しばし注視していると、やがて光が収まり状況が見えた。

 クロエの剣がエーレの腕と交錯し、止められている。次いで双方共にダメージは皆無らしい。


 つまり、クロエの全力を真正面から受け、エーレは平然としている……魔王の勝ち、ということだ。


「……次の手はあるか?」


 エーレの問いに、クロエは苦笑した。


「残念だけど、もうないわ……完敗ね」


 どこかあきらめたように、クロエは声を発した。


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