待っていた相手
「ずいぶんと、大掛かりな施設だな」
俺が呟くと、オーファスは頷いた。
「研究に、これだけの設備が必要だというわけだ」
「……その力を研究して、何をするつもりなんだ?」
「傍から見れば、帝国の領土拡大だと思われるだろうな」
「そうね」
クロエは同意。
「何せ、その力を使って私達の町を襲っていたわけだし」
「……それについても色々話をするべきだろう。領土拡大を行っているのは事実ではあるが、それは目的ではなくあくまで皇帝の目的の過程だ」
「過程、ですって?」
クロエが敵意をむき出しにする。対するオーファスは「説明する」とさらに告げ、俺達を部屋へと招き入れた。
そこは、どうやら研究室。気味悪いくらい白い外壁で、俺からすれば理解不能な機具が散見される。
「単なる魔法の研究、などというわけではありませんね」
シアナが口を開く。彼女は魔力の解析などを行っているため、何をしている場所なのかわかったのか。
「ああ、そちらのお嬢さんは気付いているのか。そう、ここは力の解析と、それを人間に注入するための薬剤の開発場所だ」
薬剤……エルという先日戦った相手を思い出す。つまり――
「私の村を襲ったエルという奴は、薬を飲んだ結果ああした力を得たと?」
クロエが問う。オーファスは即座に頷いた。
「正直、私達としても持て余していた人間だ。半ば暴走した結果、ああした戦いを生んでしまった」
「言い訳はそれだけ?」
「……勇者クロエ。君は才能あふれる実力者であり、単独で魔族と戦える人物だから理解できないだろう。誰もが力を欲している……その望みをかなえるべく、こうした施設が存在する」
オーファスは述べると、沈痛な面持ちを見せた。
「その中で、悲劇も生んでしまった」
「……あなた達」
「怒りを抱くのはもっともだ。加え、この研究機関で得た実績……製造した武器なども流通している。間違いなく戦争を引き起こす材料となるだろう」
クロエが剣を抜こうとする。それを止めようとした時、オーファスからさらに声が。
「色々言いたいだろうし、怒りを抱くのはもっともだ。その辺りのことについても、しっかりと話したい」
「話したいって……」
「実は、とある御方が二人に会いたいということで今回連れてきた」
一方的にオーファスは言う。御方、などと言う以上どうやら重役らしいが――
「ご苦労だ、オーファス」
声が聞こえた。視線を転じれば入口――そこに、白い法衣に身を包んだ男性が立っていた。
年齢は、四十過ぎくらいだろうか? 顔つきこそ年齢相応だが、格好とその俺を超える上背から迫力があり、威圧感を与えてくる。
「ご足労いただき、感謝いたします、陛下」
礼を示すオーファス……次いで、俺は目を丸くした――陛下……!?
「この施設は、少々特別だ。私も自由に出入りできるようになっている」
微笑を見せる人物……今目の前にいる人物が――
「自己紹介をせねばなるまい。我が名はアゾン=フリファ=テスアルド。呼び方はどのようなものでもいい。同じ勇者として歓迎しよう」
――さしものクロエですら言葉を失くす。偽物であるという可能性も否定できない。けれど、
「……どうやら、本物であると理解できたようだな」
アゾンが述べる。俺とクロエはただ黙ったまま……皇帝と対峙し続けた。
場所を移し、建物の中にある応接室に移される。応接、といってもがらんどうの部屋に木製の椅子とテーブルが置かれたシンプルな部屋。
一番驚いたのは、アゾンが護衛を供わなかったこと。オーファスでさえ部屋を出るよう言い渡し、皇帝は俺とシアナ。そしてクロエと対峙する。
「申し訳ないな、こうした施設を作っただけでかなりの費用だ。備品にあまり気が回っていない」
そう言って笑うアゾン。皇帝としての威厳が存在するのは事実だが、次に感じられたのは気さくな雰囲気。同じ勇者であるためシンパシーを感じるのかわからないが……悪い印象はあまり感じられない。
ただ、クロエとしては納得できないだろう。どういう経緯であれ、この帝国のしでかしたことで親友が死んだのだから。
「まず、そうだな。あの事件の詳細について語ることにしよう」
アゾンが言う。当然クロエは眉間にしわを寄せる。
「あれは単に、あなた達が侵攻しようとした出来事ではないの?」
「当然そういった意味合いもある。しかし、信じてもらえないかもしれないが、元々は抑止のために動かしていたんだ」
皇帝の言葉にクロエの顔がさらに歪む。
「抑止、ですって?」
「君達の国を、力で押し潰そうという考えは持っていなかった。とはいっても荒っぽいことには違いない。様々な町を包囲し、武力を見せつけたうえで交渉しようとしたんだよ。テスアルド帝国領土の一部にならないか、と」
ここで、アゾンはため息を吐いた。
「この力をは相当なもので、並の戦士ではまず対抗できない……よって、圧倒的な武威を示し、必要最小限の労力で領土を拡大できると考えたわけだ」
「……そうまでして、領土拡大に勤しむ訳は?」
俺が問うと、アゾンは「よくぞ聞いてくれた」とでも言いたげな表情を示した。
「単純な話だ……この西部を統一するためだ」
――西部に存在する国々が一つにまとまったことなど歴史上存在しない。西部大半を領土とした大国はあったが、その国は内部から瓦解し、分裂し今の状況がある。
「戦乱が吹き荒れる今が正解だと認める人間はいないだろう。誰かが統一をしなければならない……そうでなければ、延々と血が流れ続ける」
そう語ったアゾンは、クロエに目を向ける。
「とはいえ、友人を殺めたという事実は変わらない……けれどそうした犠牲の果てに、私はやらなければならない」
「ニコラが死んだのは、その目的の礎だとでも言いたいの?」
「到底納得できる話ではないだろう。ただ、一つ理解してもらいたかった。殺戮のために、事を起こしたわけではないことを……もっとも、前線を任せていたエルが暴走した面は拭えない。私達としても、深く反省し、そして――」
クロエを見据え、皇帝は言う。
「こうなってしまったことを、謝罪する」
皇帝が……これが単なる演技なんて可能性も十分考えられるのだが、そうは思わせない説得力が彼にはある。
クロエも何も言葉を発しない。ただ皇帝を見定めるような眼差しを向け――
「……どういう形であれ謝罪なんてするということは、私達を引き入れたい意図でもあるの?」
「そういう面もあるな」
正直に答えるアゾン……俺達はテスアルド帝国が悪逆非道な存在であるという先入観を持ってこの国に入った。けれど、もし皇帝の言ったことが本当であれば、あの一連の事件も結局は、戦乱の中にある戦いの一つだったということが認識できる。
もっとも、だからといって神魔の力を見過ごすわけにはいかない。
「……さて、本題に入るとしよう。君達とは、是非とも手を取り合い活動したい」
「そう簡単に従うと思っているの?」
なおも敵意を抱いたクロエの発言。しかし皇帝は動じない。
「まずは、そうだな……話を聞いてくれ」
説明すれば納得してもらえる――そういう意図が見え隠れしていた。




