意外な展開
「私達を監視するように動いたのはあなたね?」
クロエが問う。するとローブの男は悪びれも無く頷いた。
「ああ、そうだ。私が色々と指示を出した……いや、正確に言うと違うか」
「どういうこと?」
風が吹く。ローブの男の人相まではわからないが、声の質感からするとまだ若いように思える。
「私が彼らに依頼したのではなく、我らが依頼した、か」
「組織ぐるみというわけ?」
クロエは剣を抜き放とうとする。だが柄に手を掛けた時点でローブの男が制止の声を上げた。
「やめた方がいい。ここで下手に行動を起こすと、牢屋行きだ」
「そうかもね。でも、やる価値はあると思わない?」
「それよりも、話がしたい。聞いてみないか?」
話……? なんだか展開が変な方向にいっている。クロエもそれを感じているのか、訝しげな声を上げた。
「あなた、何が目的なの?」
「――実のところ、勇者クロエ御一行については色々と観察していた」
男は語る。俺はじっと彼のことを注視する。
「なぜか……私達のところに報告はきていたからね。いずれ帝都に来るだろうと予想していた」
――ここまで語る以上、目の前の男はクロエの故郷で騒動を起こした人物の関係者だろう。
「だからまず、君達が何をしているのかを観察するつもりだった。何事もなく帝都を離れてくれれば放っておくつもりだったけれど、色々と動き回っているようだから、ちょっと干渉することにした」
「――その言い分だと」
今度はシアナが声を発する。
「先ほどの男性達を寄越したのは、私達にわざと気付かせるため、ということですか?」
「ああ、そうだとも」
男は頷く。
「色々と言いたいこともあるが、できれば街中で騒動を起こすのはやめてもらいたい。もし話をするなら、しかるべき場所でと思っている」
「あなた達、自分の立場がわかっているの?」
殺気すら滲ませてクロエが問う。彼女の気持ちはわからなくもないが――
「ああ、わかっているさ。それを含めて話をしようと提案しているのだ」
対する男は至極冷静に応じて見せる。
「交渉決裂ならば話はこれで終わりにする。もし帝都で何か生じたなら、私達も色々と対抗手段をとらせてもらう」
「そこまで言う以上、あんたは国の管理に関わる人物なのか?」
今度は俺が質問。相手は一時沈黙し、
「……私と来てもらえるのならば、その辺りも話すことになる」
ふむ、これはどうするかな。意気揚々と調査のために帝都に入り込んだわけだが、相手は俺達のことを把握して行動させないよう干渉してきた感じか。
今ここで暴れると関係のない人々が巻き込まれる上、調査自体も続行が不可能になるだろう。できればここは穏便にいきたいと思っているが、果たして――
「いいわ、乗ってやろうじゃない」
クロエは承諾する。俺やシアナも、彼女の意見に賛成で頷いた。
「いいだろう。ならば、ついてきて欲しい……ああただ、その前に自己紹介はせねば」
フードを下ろす。中から出てきたのは、彫りの深い青髪の男性。見れば頬に多少ながら刀傷がある。騎士だろうか。
「私の名はオーファス=シェロット。どういう人間なのかは……ついて来てもらえればわかる」
「さっさと案内しなさい」
もし下手な行動をしたら斬る、といった様子すら見せるクロエ。それにオーファスは苦笑しつつ、
「では、こちらに」
手で一本の路地を示し、先導を開始。
「……物腰から考えると、騎士でしょうね」
シアナが言う。俺は同意するべく頷き、歩き出した。
クロエを先頭にして、オーファスに追随。方角的には城へ向かう道のり。さすがに城に入れるとは思わないが、案内役が騎士である可能性が高いことを考えると、何かしら城に関わる施設へ連れていかれるのだろうか。
「……不快に思ったのならば、聞き流してもらいたいが」
道中、オーファスが語り出す。
「君達の戦い……圧倒的という言葉しか出てこなかったよ」
「へえ?」
クロエが声を発し剣を抜く構えを見せる。それを俺がどうにか抑え、
「どのあたりで、そういう感想を持ったんだ?」
「一から十、全てだな。君達にとっても犠牲が生じた戦いだったわけだが、その上で見ても私達の被害が圧倒的だった」
肩をすくめるオーファス。
「君達は何も感じていないと思うがね……あの作戦には相当なリソースがつぎ込まれていた。正直、それを金額で換算し、思わず天を仰いだよ」
「言いたいことはそれだけ?」
「落ち着けクロエ……で、こうやって俺達を誘ったのは、その復讐ってことか?」
「その辺りは話し合いの席で」
それだけだった。言葉の端々からは俺達を下手に刺激しないよう気を使っているようにも思えるが……。
「勇者クロエは当然としても、もう片方……勇者セディ。そちらも相当な実力者だな」
俺のことも調べはついているようだ。
「とはいえ、これはむしろ当然と言えるのかもしれない。東部と西部、それぞれ分かれて活動してはいるが、互いに戦績は見事なものだ。魔族との戦いにおいては東も西も関係あるまい。そう考えると、二人は人類にとって大きな財産とも言える」
俺達を評価する口ぶりだが……クロエは嫌味としか聞こえないのか、露骨に不快な顔をした。
オーファスは一度だけ振り返り彼女の表情を確認し……苦笑する。
「そう怒るな、といっても無駄な話か」
それ以上は何も声を発さないオーファス。よって俺達も無言となり、目的地へ辿り着くまでは沈黙は続いた。
やがて辿り着いた場所、そこは城に程近い白い建物。城と同様石造りであり、窓もないことから相当厳重であることが理解できる。
「ここは――」
「エルという人物を、憶えているな?」
オーファスは確認。当然とばかりに俺とクロエは頷く。
「簡単に言えばここは、奴が所持していたような力を研究する機関だ」
――ちょっと待て。俺は内心驚愕する。
つまりそれは、神魔の力を研究する場所だということだろ?
「そこに案内してどうするつもり?」
クロエが問う。するとオーファスは笑みを浮かべ、
「まず、こちらの事情について色々と話しておく必要があると考えた。そちらがどう動くかは、我らの話を聞いた後でも遅くはないだろう」
オーファスの言葉に敵意はない。ここにきて、俺は帝国側の目論見を察した。
クロエの親友であるニコラを殺めたのは間違いない。だがそれをわかった上で、俺達を引き込もうと考えている。
そして……俺やシアナにとっては好都合かもしれない。勇者ラダンと関係がある帝国。どの程度の情報を持っているか、探りを入れることができる。
ただ、神魔の力について見過ごすわけにはいかない以上、放置することはさすがに――
建物の中に入る。明かりに照らされ影がまったく見当たらないような空間。逆に不気味だとさえ思える。
無言のまま、建物の中を進む。研究員らしき白いローブを着た人物を見かけることはあるのだが、その全てが例外なく俺達を無視するように歩いていた。




