勇者の交渉
俺達は店を出て歩き出す。すると観察者の目が追随して来るのを肌で感じ取る。
「ついてくるみたいだな……さて、どこまで行く?」
「さすがに町の人間を巻き込むわけにはいかないわ。私がここからは先導してもいい?」
「あてでもあるのか?」
「まあね。昨日シアナさんと色々見回って」
つまり、喧嘩できるようなポイントも探っていたわけだ。用意周到というか、最初からそういう気でいたのに対し釘を刺すべきか……まあいい。ひとまず彼女の案内に任せよう。
俺達は通りを一本外れる。そこも人通りは少なくなったが、店が立ち並ぶ道であった。
「路地に一本入った直後、私が一人で行動する」
直後、クロエが一方的に喋り出す。
「二人は歩調を変えないまま路地を真っ直ぐ進んで」
何をするのかわからないが……俺はシアナと目で会話をした後「わかった」と応じる。それから少しして路地へ入り込むクロエ。ここからどうするのか見物だったわけだが……突如彼女は走り出した。
驚いたが、俺とシアナは歩調を変えぬまま歩く。真っ直ぐ進んだ先はどうやら人気のなさそうな広場らしいが……たぶん住宅街の中にある井戸端会議ができそうな場所といったところか。
そこへ向かってシアナと俺は進んでいく……また同時に、観察者の視線も追随し――
「はい、ちょっと待った」
クロエの声――なぜか後ろから。
だが彼女の声により、何をしたのか俺にはすぐにわかった。
「回り込んだのですね」
「みたいだな」
シアナの言葉に同意しつつ、俺は振り向いた。そこには背後を取られ驚く観察者の男性二人と、クロエがいた。
彼女がやったことは非常に簡単。路地に入った直後は観察者も死角となり俺達の姿が一時見えなくなる。その間にクロエは全速力で移動し、回り込んで別の道から通りに出る。そして観察者が路地に入るタイミングを見計らって背後に回る、といった感じだ。
クロエの姿がいなくなった時点で警戒されておかしくない状況だったが、ここは彼らが対応するよりもクロエが先んじて動いた、といったところだろうか。
俺とシアナはクロエ達に近づく。動揺している男二人は、俺達とクロエを交互に見て、どう動くべきか迷っている様子。
「心配しないで、危害を加えるつもりは一切ないから」
殺気を放ちつつ、クロエは言う。
「なぜ尾行していたのか理由を聞かせてもらえないかしら?」
何もしないと言ってはいるが、クロエの瞳はずいぶんと怖い。男二人はそれを感じ取ったのか、慌てて喋り出す。
「い、依頼だよ」
「依頼?」
「お前さん方三人を監視しろと、命令されたんだよ」
「それは、私達が手配書でも回っていたということ?」
「知らねえよ。とにかく俺達はただ言われたまま動いただけだ。依頼人の羽振りも良かったからな」
……嘘を言っているようには感じられない。誰が依頼したのかわからないが、まあ素人を雇って監視していたというのは間違いないだろう。
男二人は町のごろつきという感じで、戦士という様子も一切ない。訓練なども受けていない体格のいい町衆といった感じで、神魔の研究に関わるような人間でもないだろう。
「その依頼人の特徴は?」
なおもクロエの質問が続く。男達は狼狽えつつ、言葉を紡ぐ。
「フードを被っていたし、人相まではわかんねえよ」
「なら、あなた達はこの依頼が終わったら、どういう形で報酬を受け取ることになっているの?」
「報酬を……? それは、とある場所に行き、合図を送る――」
そこでクロエが何を知りたいか察したか、男は口をつぐんだ。
「その場所に案内しなさい」
「そ、それは……」
「報酬を貰うフリでもしてその場に行くこと。私達は見つからないように動くから」
依頼人と直接会うつもりだな。まあその方が話も分かり易くていいけど。
それから男達はどうにかクロエと依頼人とを引きはがそうと会話を行うが――結局強気のクロエに終始圧された男達が屈した。
「それじゃあ、待ち合わせの場所に行きなさい。もし嘘の場所とかだったら、背後から一撃だから」
クロエの言葉に男たちは顔を引きつらせつつ、動き出す。そこで俺は、彼女へ言った。
「気配を消す魔法を使うよ」
「ああ、そういう魔法も使えるのか」
「……使わずに対処するつもりだったのか?」
「なんとかなるかなと思って」
行き当たりばったりだな……なんというか、ニコラも苦労しただろうというのがわかる。
俺は気配消しの魔法を使いつつ、二人組の後を追う。別の路地へと歩み、だんだんと人気のない場所へと向かっていく。
「罠、というのは先にないか」
クロエが呟く。もし罠ならばいつ何時起きてもおかしくなかったが……周囲の気配は穏やか。
ただ、疑問もある。監視するということは俺達のことを注視しようとする輩がいるということ。それはつまり、俺達の素性がバレているということを意味している。
だが、俺達の実力がわかっていたら、ごろつきを雇おうと思わないはずだ。今回のようにあっさりとバレるし、逆に利用されてしまうから。ただ、これについてはとある前提条件が加わると途端にひっくり返るのだが――
前方で男達の足が止まる。どうやら待ち合わせ場所らしい。
俺達は気配を消しつつもさらに物陰に隠れ様子を見る。すると男の一人が何やら取り出した。笛らしい。
それを吹く――が、音が鳴らない。
「人には聞こえない音色のようですね」
シアナが言う――よくよく考えたらどれだけ力を保有していようともベースは人間なのだから、聴力などを向上していなければ聞こえないのは仕方がないか。
それから何も起きなかったのだが、おそらく相手には何かしら聞こえているはずで――やがて、男達の前に黒いローブで身を包んだ人物がやってきた。
「想定していた時間と比べずいぶんと早いな。見逃したのか?」
男性の声だった。すると男達は互いに顔を見合わせる。
「どうした?」
ローブの男が問い掛けた瞬間、クロエが静かに歩き始めた。
止めようかとも思ったが、ここで隠れていても埒が明かないのも事実。よって俺は魔法を解除し、姿を現した。
ローブの男は俺達を見て、再度男達を見た後、
「なるほど、そういうことか……帰っていいぞ」
男達に告げる。言われた当人達は少々怯えた様子を見せつつ、この場を立ち去った。




