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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者始動編
22/428

裏切りの意志

「――これで、いいんですか?」


 グランホークの部屋を訪れ、開口一番指輪を示しながら問う。

 彼は執務を行うため椅子に座っていたが、何事かと立ち上がって目を向け――驚愕した。


「な――」


 指輪を見て、言葉を失う――そこでふと気付く。この指輪、グランホークが見てもわかるくらいには、有名なのだろうか。

 まあ、そこを追及しても仕方ないので、驚く相手に口を開く。


「で、これで信用してもらえます?」

「……それは、一体どうした?」


 答えは来なかった。代わりに俺に問いを向ける。


「あなたの言葉通り、盗み出してきたんですよ。あ、無論わからないように処置はしていますよ」


 にっこりと俺が言う。

 しかしグランホークは目を見張ったまま再度問う。


「それは……偽物ではないのか?」

「直接手に取って、確認してみますか?」


 訊くと、グランホークは俺に近寄った。手のひらにある指輪を手に取って確認し、すぐに俺へと返した。


「本物だな……この魔力は、間違いない」


 ああ、そうか。確かシアナは自分が造った物だと言っていた。グランホークもそれに気付いたのだろう。


「で、話してくれますか?」


 にこやかに尋ねる。グランホークは無言。目を細めこちらに視線を送るだけ。

 静寂が部屋を包む。その時間はほんの僅かだったかもしれないが、俺にとっては長く感じられ――


「ならば、一つ頼みがある」


 やがて、グランホークは告げた。


「その無謀な、精神を見込んでだ」

「……それは、魔王に仇なす存在となれ、ということですか?」


 問い掛けに、グランホークは笑みを浮かべた。

 声には出していない。しかし間違いなく、肯定の意だ。


「……まあいいでしょう。何をすれば?」

「それほど難しくない。私に情報を流せばいい」

「スパイをやれと?」


 先読んで尋ねると、彼は深く頷いた。


「そうだ。魔王エーレが、どのように考えているか。今回なぜ私の下に来たのか」

「なるほど。真意を探れと」

「ああ……無論、私の内心を気付かれてはいないだろう。そうであったらお前の言う通り、滅ぼされているはずだ」

「……お認めに、なるんですね?」


 再確認の意味を込め訊くと、グランホークは俺に疑いの無い眼差しで「そうだ」と答えた。


「私にはまだ反逆の意志がある」

「理由を、聞かせてもらえますか?」

「力を、手に入れるためだ」


 簡潔な答え。かつ、エーレが予想していたもの。


「魔王誅殺に協力するならば、力を与える――そうブディアス殿に言われ、私は従った」

「力を欲していたのは、なぜです?」

「私はこのような立場を、望んではない。そのため力を手に入れようとしている」


 あわよくば、魔王の座を――俺はなんとなく、言葉の端々から読み取った。


「それで、力とは具体的にどのような?」


 俺は尋ねたのだが、グランホークは肩をすくめた。


「さあな」

「さあな……って」

「話を聞け。私がこれに従った理由は、幹部の中で有名な者が荷担していたためだ」


 どうやら複数の魔族――しかも幹部クラスの存在が関わっていると見て、間違いなさそうだ。


「今も、そうした幹部と連絡を?」


 俺はその魔族達を聞き出そうとした。しかし、グランホークは苦笑する。


「私が知っている幹部は、全て勇者に滅ぼされている」

「……そうですか」


 どうやらグランホークからは、これ以上裏切った魔族に関する情報は得られなさそうだ。

 ならば……次の質問をどうしようか考えていると、彼から声が発せられた。


「現在、私は情報を集めている。魔王誅殺を志していた存在……存命している魔族の中にもいるはずだ。お前にはこの点も追及してもらいたい。魔王側が何かしら情報を掴んでいるのか……今回訪問したことと、関係しているか」

「いいでしょう」


 俺は素直に応じた。取り入ることには成功――とはいえ、これ以上魔王誅殺の詳細を知るのは無理そうだが――


「そして、もう一つお前に教えておこう」

「……もう一つ?」


 さらなる言葉に眉をひそめた。対するグランホークは口の端を醜く歪ませ、告げる。


「もし反逆の意志を知られたら、地下に逃げ込む」

「地下……?」

「転移でしか到達できない場所だ。地中深くに存在しているため、身を隠すにはもってこいの場所……お前も協力する以上、知っておいた方がいいだろう」


 ――そこで俺は、内心首を傾げた。シアナの指輪を見て大いに反応したのはわかる。だが、いくらなんでも信用し過ぎではないだろうか。

 いや、力を手に入れようと躍起になっているという見方もできるが……正直、上手くいきすぎてこちらが疑心暗鬼となるくらいだ。


「……わかりました。案内してください」


 けれど疑念を押し殺し、要求した。


「よし、では早速――」


 言うや否や、彼は腕を振り――床が突如光り出す。


 それは部屋全体に描かれた魔法陣。退避のため予め用意しているものだろう。

 俺は反射的に目を(つむ)った。次の瞬間、僅かな浮遊感を覚え――目を開けた。そこにはグランホークと、見慣れない部屋。


「ここが?」

「ああ」


 彼が答える。一言で述べれば、だだっ広い石室。

 見上げるくらいの高さを持った天井に、真四角の空間。他に何もないその場所は、ひどく殺風景だった。


「ずいぶんと、シンプルな部屋ですね」

「魔力を外部から断絶するように構築した結果、こうなった。それに加え地上からかなり離れた位置にある。気付かれることはないだろう」


 自信を持った笑みで、グランホークは答える。

 俺はそんな彼の表情を見ながら、質問した。


「いざとなればここに入り籠城戦を?」

「そうだ。特定の術式と手段でしか到達できない場所のため、ここでは長距離転移はできない。代わりに、侵入もできない。もしもの時はほとぼりが冷めるまで、ここで様子を見る。城の様子程度は、わかるからな」

「わかりました……が、こちらは転移魔法が使えません。どうすれば?」

「それは説明しよう――」


 完全に俺のことを信用しきった目で、話し始めた。






 それから俺は転移魔法に関する詳細を聞き、グランホークと共に部屋に戻った。時刻は既に夜。そういえば、夕食も食べていない。


「……怪しまれないよう、一度戻るべきですね」


 俺はシアナ達に報告する必要もあったので、そう呟いた。

 グランホークも同意見のようで、頷きつつ言葉を重ねる。


「今後の方針は決めておく。その間に、魔王がどのように考えているか、探れるなら探ってくれ」

「わかりました……と、連絡手段はどうします?」

「散策できるのならば、この部屋に来ればいい」


 今後の行動が決まる。俺は一礼して部屋を出た。


「ふむ……ずいぶん簡単に話が進んだな」


 なんだか拍子抜けだ。逆に罠でも張っているのかと警戒するくらいに。


「何か、理由があるのか?」


 口にしてみるが――答えは出ないので、ひとまずシアナ達に話してどう動くか考えることにする。

 結論付けて歩もうとした時、廊下の奥から足音が聞こえた。それはこちらに突き進んでいるようで、大きくなっていく。心なしか、焦りを感じさせる歩調。


 やがて見えたのは侍女。俺とすれ違い、グランホークの部屋に入った。


「何か、あったのか?」


 もしやリーデス達の行動がバレたのか――直後、いきなりグランホークの部屋から飛び出るように彼が出てくる。


「セディ、少しいいか?」


 声を掛けられる。俺は首を傾げながら体を向けると、彼は話し始めた。


「少しばかり厄介な話になった。もしかしたら、協力を仰ぐかもしれん」

「どうしました?」


 なんだか切羽詰まった様子なので聞き返す。彼は神妙な顔つきで、俺に告げた。


「魔物が大量に出現しているらしい。方向は城から見て北側……場合によっては、討伐に参加してもらうことになるかもしれん」






「やれやれ、次から次へと……」


 俺が事の一切を話すと、リーデスはそう感想を漏らした。


 今はシアナの部屋に戻り再び作戦会議。俺とリーデスは椅子に座るシアナを挟むようにして、立ったまま話をする。


「魔物の襲撃か……タイミング的には偶然だろうけど」

「ふいに発生した魔物ってことか?」


 俺が質問すると、リーデスは頷いた。


「たまにあるんだよ。大気中の魔力がわだかまり、急に魔物が出現する」


 偶発的に出現――改めて訊くと、厄介な話だ。


「まあ、こんな所に人は来ないだろうから放っておいてもいいけど、そういうのが徘徊して最悪人間を襲う可能性は否定できないから、駆除するようにしている」

「大いなる真実を知らない幹部達も?」

「むしろ彼らの方が敏感だよ。人間から搾取している幹部にとっては、人が死ぬことは利益が減ると考えるし、そうでなくとも神々が来る可能性がある――それだけでも、駆除する理由になる」

「なるほどな」


 納得の声を出した時、リーデスは唐突に肩をすくめた。


「中にはそういった魔物を従えようと画策するなど、城の外観を傷つけられる恐れがあるから倒す、という変わった理由もあるけれど」


 事情も様々らしい。なんだか大変なんだと適当に解釈しつつ、俺は質問を重ねる。


「で、俺達は何をすれば?」

「ここに来た経緯から実験と称し、君を討伐に向かわせるのがセオリーだろう。討伐中にグランホークが動くかどうかは、わからないね」

「ひとまずここは、裏表なく協力すべきでしょう」


 シアナの言。俺は頷いて、本題を切り出す。


「で、シアナ。グランホークについてはどうすればいい?」

「彼はこちらの内情を知りたがっている様子ですから、情報を与えより信用させた方が良いでしょう」

「その内容は?」

「具体的な方が良いでしょうね……なら、将来性を見込んで仕事を与えようとしているとかなんとか」

「それって、事実だよな?」

「口裏を合わせるよりも楽ですし。あ、もちろん詳細は話しませんよ。その辺はボカし、さらに情報を引き出すよう彼が要求すれば時間稼ぎにもなりますので、それでお願いします」

「その間に、もっと情報がないかリーデスが確認すると?」


 リーデスへ向け問うと、彼は首肯した。


「まあね。ただセディに話したグランホークの言葉を正しく受け取れば、今回は単独で動いている……情報は、望み薄だ。けれど、やっておかないと」


 やれやれといった様子で応じた。彼は今回成果が出ず、フラストレーションが溜まっているのかもしれない。


「まったく、新しい仕事をやり始めて、いきなり厄介事とはね……セディ、実はこういうトラブルメーカー的な要素を持っていたりする?」

「そんなことはないと思うけどな……」

「そう? まあその辺はいいか。で、僕とファールンはシアナ様の護衛ということで通すから、よろしく」

「ああ。わかった」


 答えると、リーデスは踵を返した。


「ではシアナ様。私はもう少し調査をしていますので」

「わかりました。気を付けて」


 シアナの言葉の後、彼は部屋を出て行く。それを見送り、俺は小さく息をついた。


「大変そうだな」

「それが彼の任務ですから」


 シアナが言い……残された俺達は一時沈黙する。


「座ってください」


 やがてシアナの声。俺は無言で承諾し彼女と対面にある椅子に座る。


「セディ様の腕なら、討伐はさして難しくありません」


 まず彼女は俺に助言をした。


「勇者としての力も持ち合わせていますし」

「ああ。その辺は勇者の時に経験していたから大丈夫だとは思うが……何か注意することはあるか?」

「グランホークの動向については、注意が必要です。彼の言動で事態が大きく変わりますから……こちらの目的が知れれば逃げられるでしょう。隙を与えないようにだけお願いします」

「わかった……あ、そうだ」


 俺はふと親愛の儀を思い出し、右手を彼女に差し出す。


「念の為、これの使い方を教えて欲しいんだけど」


 そう言って見せる俺の右中指には、シアナから貰った漆黒の指輪がはめられている。


「これ、よくよく見ると紋様が彫られているし、魔力が相当こめられているみたいだけど……って、どうした?」


 シアナは身に着けた指輪を凝視し、呆然としている。


「あ、あの……」

「うん? ああ、指輪のこと? もちろん魔法であげた指輪に擬態はするよ」


 怪しまれないよう大丈夫だと言いたかったのだが――シアナはなおも表情を変えず。

 いや、心なしか顔が赤い。


「えっと……」


 俺も話すのを躊躇(ためら)う。そんなに驚くことなのだろうか。


「あ……すいません……」


 やがてシアナは頭を下げつつ、口を開いた。


「えっと、単純な増幅器となっています。私が製法しましたが純粋に魔力を強化する効果しか持ち合わせていないので、女神の武具にも使えます」

「武具の効果を増幅させることもできるのか?」

「はい。使用者の力を全体的に底上げします……ただセディ様は魔族化している時、力を制限されていますよね? それは潜在能力に対し出力を減退しているので、その増幅器を使っても内なる魔力に対しては効果が薄いと思います……それと、指輪から発している魔力は私のものですが、その辺りは露見しないようにできていますので、使用する分にはバレないはずです」

「そうか。なら今回の戦いで試してもよさそうだな」


 シアナにあげた指輪と同じような効果だと思えばいいだろう。そうすると使い方は大して変わらない。

 とはいえ、以前の指輪はあくまで俺の力を上昇させるもの。今回の指輪は武器――おそらく魔法具もだろう。カレンから貰ったアミュレットと同義だと考えてもよさそうだ。だとすれば、使っていた物よりも色々利用できるかもしれない。


「ありがとうシアナ。大切にするよ」


 と言った所でシアナの顔が濃い赤に染まる。うお、ちょっと待て。


「シ、シアナ……?」


 反射的に名を呼んでしまった。彼女はすぐさま気付いたのか顔を両手で隠しながら、頭を下げた。


「す、すいません……なんというか、身に着けて頂いていることが嬉しくて……」


 ――なんだろうか、この反応は。いや、親愛の儀を通してのものだろうというのは想像つくが……俺としては親愛の儀の価値を完璧に把握しているわけではないので、イマイチ理解できない。

 けれど、シアナの態度を見て大変重要なことなのだろう――そう無理矢理納得することにした。


「……できれば、ちょっとだけ隠してくれるとありがたい」


 思うと同時に俺は少し、苦言を呈した。

 シアナは手で顔を覆ったまま、指の隙間から覗き見るようにこちらを窺う。


「わ、わかりました」


 自信なさげに答える。俺は「お願いするよ」とだけ告げると、椅子から立ち上がった。


「さて、俺はグランホークから言い渡されるまでは自室で待機しているよ」


 シアナに告げ、退出する。廊下に出ると、俺は小さくため息をついた。

 そして横を向いて部屋に行こうとしたら――正面に待ち構えていたかのようにリーデスがいた。


「やあ」

「……お前」


 半眼で(にら)むと、リーデスはおかしそうに笑った。


「今回は何もしていないじゃないか」

「いや、お前のその反応にイラつく」

「酷い言われようだ……自覚はあるけど」

「なお性質が悪い」


 言い切るとリーデスは、両手を上げやれやれといった仕草を見せる。


「でも際限なく口説きにかかっているのは、セディ本人じゃないか」

「口説いているわけじゃないぞ……一切そんな気はない」

「価値観の違いだね」


 価値観――その一言で片づけられるのだろうか。


「まあ、先も言ったけど気を付けなよ。陛下だって君だから無茶はしないだろうけど、はらわた煮えくり返っていると思うし」

「……善処するよ」


 再度ため息をつくと、リーデスは廊下を歩き出した。それを見送ると自室に戻る。


「なんだかなぁ」


 自覚無い内に、退路と外堀が無くなっていく。


「……結論は出たはずなんだけど」


 けどそれも保留と言う回答――いや、考えても仕方ない。そう思うことにした。






 夕食を済ませた後、正式にグランホークから討伐要請が来た。協力して頂けるならという前置きが含まれていたらしいが、シアナは即座に了承した。


 やがて一時間もしない内に彼に呼ばれ、俺は森へ行軍することとなった。


「では、頼むぞ」


 グランホークは森を進みながら告げる。俺は「はい」と答えつつ、周囲にいる面々を確認した。

 彼の隣に控える侍女が二人――その内一名はグランホークの槍を持っている――と、魔物達。これは彼が使役している存在だろう。兵力としては大半が魔物であり、魔族は俺や侍女を含めれば実質四人だけ。ちなみにシアナは当然のごとく待機。見張り役としてリーデスとファールンが付き従う。


「討伐の場合は、いつもこのような編成なのですか?」


 俺はなんとなく気になって尋ねてみる。本来グランホークは城を守る立場なので、城内にいてもおかしくないのだが――

 けれど彼は「無論だ」と応じた。


「城を預かる身として、周辺の自治くらいはしておくべきというのが建前だ」

「建前?」

「実際は、訓練的な意味合いが強い。新たな技法を試すのに、丁度良い相手だからな」


 ――魔族にしてはずいぶんと努力している。見様によっては人間のように勤勉……それもまた、彼の目的に準ずる行為なのか。


「力を手に入れるための一環だな」


 予想を肯定するような言葉をグランホークは告げる。俺は少し気に掛かり、質問した。


「あなたは力を手に入れるために、こうして色々行動を?」

「そうだ。魔族の中で絶対的な地位を手に入れるため、魔王に対抗しようとした」

「……良いんですか? こんな所で話をして。侍女もいますが」

「城にいる者達は知っている」


 俺は彼の傍らにいる侍女を見た。彼女達は一切表情を伴わず歩を進めている。


「全ては力だ。それさえあれば、上に立つことができる」


 上に――それがグランホークの行動動機らしい。とはいえ、魔王を倒そうと画策するほどである以上、妄執と言っても差し支えないくらいの目的意識があると見ていい。

 そう結論を立てつつ、俺はさらに言及する。


「なぜそのような考えを?」


 問いに、グランホークはこちらを一瞥した。


「……個人的な要件だ」


 それだけだった。しかし過去に何かがあったのだと、半ば直感する。


「わかりました。これ以上は尋ねません」


 俺も引き下がることにして、黙った。


 そこからしばらくは無言だった。足音以外は、どこからかフクロウの鳴き声が聞こえるくらいには静寂。辺りを見回すと魔物が大半であるため、傍から見れば異様な光景だろう。


「……しかし、勇者を尖兵とするとは、個人的には驚きだな」


 沈黙が破られたのはグランホークの言葉。俺が首を向けると、彼と目が合った。


「結果として、制御が効かず足元をすくわれている形となっている」

「俺が、あなたの協力をすることですか?」

「そうだ。しかもベリウスの名を持つ者を味方に引き入れるとなると、こちらとしても心強い」


 やはり、ずいぶんと信用してもらえている。ここまであっさり受け入れられると逆に疑いたくなるが――


「……そうだ、一ついいですか?」


 訊いても大丈夫だろう――そういう推測に行き着き、口を開く。


「指輪を盗んだという事象はありますが……出会って間もない俺を信用したのは、なぜですか?」

「信用……その言葉には語弊があるな」


 グランホークは首を左右に振った。


「私が考えたのは単なるリスクの問題だ。お前が信用を得るためあの指輪を持ってきた。その一事で反逆の意志が明確であるのを悟ったまでだ」

「……盗み出すのがどれほどリスクのあることか……その辺りは明瞭ですからね」


 実際は何も知らなかったわけだが、ここは話を合わせる。対するグランホークは淡々と切り返す。


「そうだ。お前の行動を見て、少なくとも言っていることは真実だと認識した次第だ」

「そうですか……と、一ついいですか?」


 俺は物のついでと、シアナから言われたことを告げる。


「魔王がどのように考えているかについてですが……どうも、あなたに何か仕事を任せたいとのこと。その点は、間違いないようです」

「仕事か。リーデスという魔族も言っていたな。しかし、なぜ私に?」

「それは不明です……しかし口上からは、謀反の件を察しているようには見えませんでした」

「そうか」


 グランホークはあまり反応を示さなかった。純粋に、シアナの存在を疑問に思っているようだ。

 俺はさらに言葉を紡ごうとして――正面から気配を感じ取った。どうやら目的地が近いらしい。


「ふむ、来たな」


 グランホークも察したようで呟いた。同時に前から唸り声のような音が聞こえ始める。

 俺は耳を澄ませつつ、グランホークに言った。


「声からすると、ゾンビとかではなさそうですね」

「だろうな。狼他、動物系の魔物だろう」


 ――俺は勇者時代戦っていた魔物の姿を思い出す。基本魔族が率いていない魔物というのは、姿形がバラバラだった。その中でポピュラーなものは漆黒の毛並みと青い目をした狼や熊のような動物型の魔物。魔族の率いる悪魔が現れるケースは少ない。


「さて、森の中である以上接敵はほぼ気配探知によって行われる」


 そこでグランホークは解説を始める。


「魔物を倒すのは私やお前の役目だ。周囲にいる魔物は追いたてて一ヶ所に集めるよう動く」


 つまり、魔物は羊を追いたてる狼らしい。明確な戦闘要員と解釈しない方が良いようだ。


「魔物の掃討は大した手間ではない。とはいえ魔物を探すのは多少厄介だ。お前にもきちんと、働いてもらうぞ」

「承知しました」


 俺は一礼しグランホークに応じると剣を抜いた。

 グランホークも侍女から槍を受けとり戦闘態勢に入る。


「では、始める」


 彼の号令の下、交戦を開始した。

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