戦いの結末
さすがに町を防衛するために動き回っていたツケが……それに白波の剣自体、連発するような技法ではない。本来なら一撃で仕留めるための大技。それを使うとなると、さすがに魔力もなくなってくる。
だが、まだだ……俺は心の中で自らを鼓舞すると、さらに剣を振った。俺の剣によって巨人の歩み止めることができている。絶対に、犠牲者は出さない……そう心の中で決意し、何度も剣を振る。
限界が少しずつ近づいてくる。シアナの魔法はまだ時間がかかるか……ただ俺は、剣を振るごとに食い止めるという考えから、目の前の敵を倒すという意識に変わっていく。
エルという人間が生み出した巨人……魔物もそうだったが、こいつらの目的は、人々の蹂躙だろう。戦乱が存在する西部でこんな戦いは日常なのかもしれない。だが、少なくとも俺の目の前で……虐殺なんて、起こさせやしない。
白波の剣が、巨人の動きを完全に止める。このまま一気に――という考えがよぎった瞬間、足元から魔力を感じることができた。
「――お待たせしました」
いつのまにか三分経過していたらしい……気付けばシアナは魔法陣を構築し、魔法を展開しようとしていた。
「――受け取りなさい」
シアナの声。直後、巨人の足元から光が溢れ、巨人の腕にも匹敵する太さを持った、人の形をした手が地面から出現する。
それは巨人の四肢を拘束し、物理的に動きを止めることに成功する。
「セディ様!」
シアナが叫ぶ。俺は力を振り絞り剣を下から上へ振り上げるように薙ぐ。一際魔力を込めた白波の剣が、巨人を両断するがごとく放たれ、貫通した。
刹那、巨人の体が傾ぐ。だが四肢を拘束された巨人が倒れ込むようなことはなく……ゆっくりと魔力を失い、崩壊し始めた。
後方から兵士の歓声が聞こえる。それを耳にしながら俺はシアナへ視線を移した。彼女は小さく頷き返す。エルはクロエによって倒した。となれば、この戦いはようやく終わりを迎えるはずだ。
けれど、不安があった……シアナの魔法が途切れる寸前の光景。一体何があったのか――その不安を隠せない中、俺は魔力を失っていく巨人をただ眺め続けた。
町での戦いが全て終わり、兵達もようやく一息ついたのは夕刻。長い戦いだったと思いつつ、俺はシアナと共にクロエの帰りを待っていた。
一度強制的に魔法を遮断されてしまったため、再度魔法を行使することはできないらしく……クロエ達が無事であることを祈るしかなかった。
「クロエ……」
不安げに呟くナクウル。他の戦士団も俺やシアナと同様彼女を帰りを待つため、町の南で待っていた。
その中で、俺とシアナはどこまでも険しい顔で待つ……魔王城に戦いを挑んだ人物達である以上心配はいらない。そんな考えが頭の中に浮かんでは、エルの最期の言葉を思い出す。
何か仕掛けていたのは間違いない。それが不発であることを祈り――その時だった。
森の中から、人影を発見する。見間違えようもない。クロエだ。
「クロエ――!!」
ナクウルがいち早く叫び、他の戦士団の面々も声を荒げる……しかし、それはすぐに止まってしまった。
原因はわかっている……彼女は、誰かを背負いこちらへと歩いて来ている。
「……シアナ」
「……結局」
名を呼んだ俺に対し、シアナは悔いるような目をする。
「セディ様が仰ったように……人間最大の敵は、人間ですね」
その言葉はひどく重かった――俺は彼女の発言内容で、どういう顛末を迎えたのか悟った。
クロエが近づく。ナクウル達戦士団が沈黙する中、彼女は俺達の前で立ち止まった。
「……着いたよ、ニコラ」
俯きながら声を発するクロエ。今まで聞いたこともない――きっと、ナクウル達でさえ聞いたことがないと確信できる、弱弱しい声だった。
「帰って来たよ、ニコラ……返事を、してよ」
泣いていると俺は直感する。ナクウル達がそろりと彼女へ近づいていく。
それを見た俺は、シアナに目配せをした。彼女もそれに応じ、俺達は黙ってこの場を後にする。
「……なぜ」
俺は、歩きながら呟く。
「なぜ……彼女が」
「エルという人物の狙いが、最初からニコラさんにあったのかどうかはわかりません」
シアナは冷然と語る……ただ声音には、怒りに近い雰囲気も感じ取れた。
「けれど、勇者クロエの戦いぶりを見て……ニコラさんを標的にしたのは、間違いないでしょう」
「……シアナ」
拳を握りしめる。町の人は救うことができた。けれど――
「セディ様」
シアナは名を呼ぶ。視線を転じると、何かを押し殺すような表情をするシアナが目に入る。
「怒りは、もっともだと思います……しかし――」
「わかってるよ。冷静にならないといけない。ニコラさんが……ニコラさんが亡くなったことで、今後のことを考えないといけない」
シアナは頷く。やり切れない思いが胸に満ちる。けれど、進まなければならない。
俺達は宿に戻り、エーレへ事の顛末まで報告を行う。すると彼女も今回の結末は予想できなかったか、額に手を当て考え始めた。
『従者が亡くなったか……魔王城まで踏み込む程の実力者だ。正直、予想していなかった』
「私もです、お姉様……今後の方針ですが……」
『わかっている。しばらく勇者クロエは私達が責任を持って観察しよう。セディ、シアナ、引き続き任務を行って欲しい』
「テスアルド帝国に行くのか?」
俺の問い掛けに、エーレはゆっくりと首肯した。
『そうだ……神魔の力。未完成ながらシアナをも欺く程の力を持つとなると、脅威だ。勇者ラダンとの決戦前に、倒さなければならないだろう』
「それは、大いなる真実の管理下の世界を壊す可能性があるから、だよな?」
確認すると、エーレは頷く。
『そうだ。人間同士の戦いについては基本静観するが……今回ばかりはそうもいかない。とはいえ、セディ達に神魔の力を持つ存在を全て倒せ、などとは言わない。まずは調査だ』
「調査……」
しかしテスアルド帝国は大いなる真実の威光が及ばない場所。様々なリスクのある任務であることは間違いない。
『任務についてはセディとシアナ……他にも戦力を用意する。未完成とはいえ、おそらくその力は私達にも通用するものだろう……セディ、シアナ。気を引き締めてくれ』
「ああ」
「わかりました」
『調査の詳細については、今後定期連絡で行うことにする……ひとまず休め。そしてある程度落ち着いたら、町を出て連絡をして欲しい』
会話が終わる。俺達は沈黙し……やがて、
「……シアナ、町の様子を見ようか」
「はい」
俺達は宿を出る。外では訃報が伝わったのか多くの人が嘆き悲しんでいる。
ふと空を見上げる。非常に綺麗な夕焼け空。けれど俺は、それがどこか悲しくて仕方なく……ただ黙って、シアナと共に町を歩き続けた。




