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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者襲来編

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216/428

待ち受ける罠

「ニコラ、気を付けて」

「うん」


 クロエは剣を構えつつ、洞窟内を慎重に進む……彼女としては直接やり合わない相手であるため、性格上戦いにくい相手だろう。それは自覚しているのか魔王城以上に警戒している様子である。

 直後、正面から唸り声。ニコラが明かりを生み出すと、真正面に多数の魔物――


「――はああっ!」


 気合いと共に一閃。手近にいた魔物を滅した直後、他の奴らが動き始めた。


 それはまるで濁流のようで、クロエ達に襲い掛かるのではなく押し潰すような目論見で突撃しているもがわかる。町へ仕掛けながらこの場所にも魔物を生み出していたのか……そう思うとエルという術者が相当な技量の持ち主であると理解できる。


 あるいは、神魔の力を得たからこその能力なのか……考える間にクロエが剣を薙ぐ光景を目に入る。


 彼女の剣戟は一つ一つが暴風のように相当な威力であり、斬撃と共に放たれた衝撃波がクロエ達を飲み込もうとする魔物の進撃を完全に押し留める。顔色一つ変えずにそうした所業をやっているため、敵とすれば相当恐ろしい光景だろう。


 だが魔物も執拗に攻撃を仕掛け続ける。無限に湧き続けているのかという程に魔物は後続から際限なく現れる。魔法陣による魔物生成は大地の魔力に干渉し創り出すわけだが、エル自身の魔力も多少消費する。これだけの魔物……さらに町に仕掛けたこともあり、エル自身も相当な魔力を消費しているはず。その上でこれだけの物量。どこまでもつのか。


「――このっ!」


 クロエがさらに剣を振る。先ほど以上の鋭い斬撃と衝撃波であり、突撃してくる魔物達が大きく減った。それでも攻撃は来るが――最初と比べ、徐々に突撃する個体数が減っている。

 クロエもそれを認識したか、なおも攻撃を行う。やがて突撃の数が見る見るうちに減っていき……そして、


「こんなところね」


 涼しい顔に、汗一つかいていない彼女は、魔物が消滅した場所を見据え呟いた。


「ニコラ、大丈夫?」

「うん、怪我はないよ」

「なら、進みましょう……しかし、ずいぶんと魔力が濃い空間ね」

「クロエ、気配探知とかはできる?」

「あんまり」


 肩をすくめるクロエ。


「私も、この濃い魔力だとクロエの気配を掴むのも難しいよ」

「なら、はぐれないように気を付けないとね……ニコラ、離れないでついてきなさいよ」

「うん」


 二人は揃って歩き出す。エルがいる場所まであとどれほどなのかわからないが、この調子ならすぐにでも辿り着けそうな気がする。

 俺は彼女達の戦いをシアナがどう評価しているのか気になり、訊こうかと首を向けた。


 そこで、気付く。彼女の表情が、ずいぶんと硬くなっていた。


「……シアナ、どうした?」


 問い掛けてみるが、彼女は反応しない。再度口を開こうとした時、ようやく視線をこちらへ向けてきた。


「先ほどの戦い……ですけど」

「何か気になる事が?」

「……私の、思い違いだと思いますが」


 そう語りはしたが不安の色を隠せない様子。


「気になるなら、言ってみてくれ」

「……私達は魔力を察知することはできません。よってあくまで今の戦いを外野から見ただけの検証ですが」

「ああ」

「何か魔法を……使われたような気がするのです」


 それはどういうことなのか……俺はクロエ達に視線を向ける。二人は相変わらず、洞窟内を進んでいる。


「魔法、とはどういう?」

「それはわかりません。けれど、そんな雰囲気を感じ取りました」


 魔法などに関する知識を豊富に持つ魔法の妹だからこそ、何かしら感じるものがあったのかもしれない。

 その不安は俺にも伝播し、クロエ達を注視する。


「……俺達も、動いた方がいいのか?」

「まだ町の方が安全だと断定できたわけでもありません。私達が離れ魔物が生じたら、犠牲者が出る可能性があります」


 シアナの言葉はもっともだ。よって、俺達ができることは一つしかない。


「信じて、待つ……か」

「はい」


 シアナは頷く。とはいえ先ほど彼女がいった事……魔王の妹という肩書を持つ彼女の発言である以上、信憑性が高いように思えた。

 となると、クロエ達の戦いも一波乱あるということか……? やはり神魔の力を所持する相手では勝手が違うのかもしれない。


 やはり俺達が行った方が良かったのか……いや、後悔しても遅いか。


 やがてクロエ達は開けた場所に出る。ここまでは一本道であり、最初の魔物以外さしたる障害もなかった。罠などが配置されていないのは……準備していなかったか、魔物を生み出すことに注力する必要があり、できなかったのかもしれない。


「ようこそ」


 空間の中央に、目標としていたエルがいた。真上に明かりが存在し、それによって照らされた彼は幽玄という言葉が似合うような、非現実的な様相さえ兼ね備えている。


「決着をつけに来たわ」


 クロエが言う。同時に剣の切っ先をエルへと向ける。


「覚悟しなさい」

「……正直な所、あの攻撃で倒れなかった以上、俺の負けは確定だよ」


 エルが言う。とすると彼は、魔物の一極集中により対処しようとしたのかもしれない。

 クロエに対しては戦力の小出しは通用しない――そう考え、一気に攻勢に出た結果があれだった。けれど、失敗した。


「町の方も、もう一人の勇者によって対処されたよ」

「やっぱり、仕掛けていたのね」


 クロエは怒りを滲ませながら言う。


「まあ、対処できたのならそれでいいわ……ともかく、そっちの目論見は全て潰えたということよね」

「そう解釈していいだろうね」


 あっさりと認める。しかしその表情はまだ策が残っているようにも見える。

 いや、こうした空間で待ち構えている以上、何かしら罠があっておかしくない。そしてクロエ達は魔力探知などができない状況。これが戦いにどう左右するのか。


「――正直、俺はほとんど捨て駒扱いなわけだよ」


 ふいにエルが語り出す。


「勇者クロエにちょっかいをかけた結果がこれなわけで……確かにけしかけて色々やろうとしたけれど、その目的は全て阻まれた……まあ、俺の完全敗北と言っても差し支えない」

「なら、さっさとやられてもらえない?」

「でも、タダでやられるわけにはいかないな」


 エルは言う……次いで、


「そして、こうまで俺の考え通りに事が運ぶとは思わなかった」

「……何?」

「最初から、あなた達だけに標的を絞った方がよかったのかもしれない」


 仕掛けがもう発動している? 疑問を抱えながら見ていると、クロエが動いた。

 猛然とエルへと迫る。だが次の瞬間、彼の目の前に悪魔が出現する。


「無駄よ!」


 声と共にクロエは一刀で撃破する。さらに勢いそのままにエルへ間合いを詰め――

 首筋に刃を突きつけたと同時、動きを止めた。


「さすがだね」


 あまりにもあっさりとした戦い……いや、入口付近の攻撃でほぼ出し切ったと仮定すれば納得できなくもないが、彼が発する言動から考えても、まだ何かあるように思える。


「俺を殺すかい?」

「……ずいぶんと、悠長に構えているのね」


 クロエが言う。もし目の前の敵を斬ったりしたら、何かが起こる――そういう考えが浮かんでいるのだろう。


「罠を警戒しているのかい?」


 エルが問う。それで間違いないはずだが、クロエは無言。


「確かに、俺の言動から警戒するのは至極当然だろうね……ただ一つ、言っておくことがある」

「何よ?」

「君に対し罠を張っても、おそらく意味はないだろう。魔族と戦い続ける経験豊富な勇者だ。どれだけ深謀を巡らせたとしても、おそらく無意味だ」

「高く評価してくれるのは嬉しいけれど、私は警戒を解かないわよ?」

「わかっているさ。でも俺が言いたいのは――」


 沈黙の後、彼は声を発した。


「君に対し罠を仕込んだというわけじゃないって話さ」


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