人間最大の敵
――例えば山岳地帯などで国の兵士などの往来が難しい場所は、魔物に対しそれなりに自衛の手段を備えているケースが多い。俺がナクウルへ言っているのは「自衛の手段をもっと向上させる。その先頭に立てるのは戦士団だ」と語っているに過ぎない。
実を言うと魔物に対し被害を出さない手法としては、非常に重要なのだ。地震などの天災と同じで、きちんと対策を立てることができれば人命を守ることができる。
「こうした騒動から、しばらくは国の兵士達が大人数ここに留まることになるはずだ……その間に戦士団としては国側と密に連絡を取り、兵士が引き上げた時どうするかきちんと話し合う……まずやることはそれかな」
「……そう、ですか」
「言っておくが、これはナクウルさんがクロエを支援する一番の方法だよ」
驚く彼。どういうことなのか意味を図りかねた様子でもあるが――
「確かにクロエと一緒に戦うのは難しいだろう……けど、彼女の大切な故郷を守る。そうした後ろ盾があれば、彼女をより安心させられるとは思わないか?」
――こちらの提言によって、彼の表情も変わる。腑に落ちた様子だった。
「……なるほど、そういうことですか」
「そういうわけだ。クロエと一緒に戦うんじゃなくても、彼女を支援する方法はいくらでもある……特にナクウルさん、あなたにはその中で特に重要なものがある」
言葉に、ナクウルは小さく頷く。
「確かに力を求めるのは理解できる。けど、それ以外にも道はある……俺が言いたいのは、そういうことだ」
「……ありがとう、ございます」
ナクウルが言う。うん、どうやらこれ以上心配する必要はなさそうだ。
「わかりました……俺のやれることを、やります」
「ああ。今はクロエが無事に戻ってくることを祈りつつ、仕事をしようじゃないか」
「はい」
軽快な返事をしてナクウルは歩き去る。どうやら俺の助言はしっかりと伝わったようだ。
ただ、彼自身考えていた悩みは理解できる。誰だって想う人間の隣で支えたいと思うものだ。それが魔族という人間最大の敵と戦い続ける勇者であれば当然だろう。
とはいえ、俺としては無理をして戦っても不幸な結末しかないと確信している……というより、実際そういう悲劇は魔族との戦いで目の当たりにしてきた。魔王や神々が裏で色々しているといっても、戦いである以上そこに生き死には存在する。特に魔王達の管理の範囲外にいる魔族との戦いであればなおさらだ。
ナクウルは下手をすると俺が見てきた悲劇と同じような結末を迎える可能性があった……それが回避できたのは喜ばしいことだろう。
さて、気持ちを切り替え目先の騒動を解決しないといけない……考えつつ、俺もまた移動を開始する。
魔物の襲撃があったとしてもおそらくは大丈夫だろう。敵のエルもクロエ達が近づいていることは察知しているだろうし、そちらに注力するはず。となれば今後魔物が町を襲撃してくる可能性は低い。
しかし、警戒はしておかなければならないだろう……俺はシアナと合流しつつ今後のことを話しあうことにする。
「ひとまず町の安全は確保できそうな感じだ……あとはクロエ達が帰ってくるのを待つのみか?」
「それでいいと思います……無論敵が何か仕掛けてくる可能性はゼロではないので、それに注意を払うのは重要でしょうけれど」
「そうだな」
どう対応すべきか……まあ人もいるし魔物が数現れてもおそらく問題ないだろうと思うけれど。
ただ、エルが魔物をけしかけている間に何か仕込んでいたという可能性はゼロじゃない。一応町を見回って異常がないか確認しよう。
俺はシアナに提案して町の巡回を始める。クロエ達が戻って来るまでは警戒するということになり、町はひどく静かで物々しい雰囲気に包まれている。
もし俺達が来なかったら犠牲者が出ていたかもしれないと思うと、良かったなどと思いつつ戦慄する――テスアルド帝国としては、クロエの故郷を狙うことで彼女自身にもダメージを与えるつもりだったのだろう。それを事前に対処できたのだから、結果オーライだ。
ともあれ、間違いなくテスアルドは他の場所にだって同じように侵食しているだろう。ここで思うのはテスアルド側の深謀……というより、計略の仕込み具合。何でもないことからスタートして徐々に侵略できる下地を作る……魔物をけしかけるのはそれを利用してこのプロジオン王国を崩壊させるのか、それとも疲弊させたところに侵略するのか。
どちらにせよ、手の込んだやり方だが……真正面から戦争するよりも犠牲や戦費も少なくて済むだろう。はっきり言って魔族なんかよりもタチが悪い。
というより、魔王という絶対悪が存在していようとも、人間の死亡理由は病気や天災などの環境的なものと人間同士の争いがほとんどだろう。そもそも人間は魔物に対しては警戒するため襲われても怪我をすることはあっても死ぬことは少ない。相手が異形の存在であるが故に警戒するのだが……人間相手だとこうはいかない。だからこそ、問題が発生するし時には犠牲者が出る。
「結局、人間最大の敵は人間ってことか」
勇者ラダンだって人間だしな……すると呟きにシアナが反応する。
「人間?」
「ん? ああ、魔族が侵略どうのって活動しているにしろ、結局のところ人間が人間を殺すケースの方が多いって話」
「人間同士常に接しているから当然だと思いますけど……」
まあそういう解釈もできる……と、会話をしている間にどんどん町の中を進んでいく。
至る所に兵士がいて、町にもし魔物が現れれば絶対に見逃さないという雰囲気に満ちている。これなら大丈夫だと思う反面、警戒度合いを見てなんだか嫌な予感もした。
そんな風に思ったのはなぜだろうか……あるいは、単なる勘なのか。正直勇者の勘なんてものは他者から見れば何かの啓示に見えるのかもしれないが、俺にとっては正直どうでもいいもの。
とはいえ、嫌な予感程当たってしまうのは事実。
その時、遠吠えが聞こえた。犬でも吠えているのかと最初思ったが、どこからか人のざわめきらしきものも聞こえてくる。
「始まった……みたいだな」
「ですね」
シアナが同意した直後、俺達は一斉に走り出す。新たな戦い……ただ、クロエ達がいないためか、それとも先ほどの予感が頭を掠めたためか、どこまでも嫌な感覚を振り払うことができなかった。




