戦士への助言
「その……少しお時間、いいですか?」
ナクウルの呼び掛けに対し、俺は逆に問い掛ける。
「町の人達の避難は?」
「ほぼ終わりました。町に常駐する兵隊さんを含め、国側の方々が上手く取りまとめました」
ふむ、戦士団はお払い箱ということか……可哀想だがナクウルの実力も並といったところなので、今後魔物が出現しても出番はないだろう。
そうしたことを予期しているのか、それとも他に不安要素があるのか……ナクウルはずいぶん不安そうな顔をしていた。
「……えっと、俺と話がしたいということでいいのか?」
「はい」
「わかった。どこで話す?」
「戦士団の拠点でいいですか?」
否定する理由もなかったので俺は承諾し、二人して拠点へ。中に入ると他の戦士団の姿はない。
「他のメンバーは?」
「全員出払っています……あ、別に人払いをしたわけではありませんよ」
「わかっているよ……で、話って?」
「剣のことについてです」
――彼の発言により、何が言いたいのかはわかった。
「負い目を感じているのか?」
こちらの質問に、ナクウルは一時沈黙。ただ図星のようで、やがて小さく頷いた。
「その、俺が招きよせたのではと……戦士団の面々は何も言いませんが」
「考え過ぎだよ。それに、勇者クロエの郷里ということで、いずれ狙われていた可能性はある」
なおも不安げなナクウル。そこで俺は肩をすくめ語る。
「……敵はどうやら、この町に対して何か仕掛ける気ではいたようだ。それがクロエの出現により露わになった……むしろ対処できてよかったと思おう」
「もし、クロエが来なかったら?」
「どうなっていたかはわからない……町が滅んでいたか、それとも魔物により制圧していたか」
身震いするナクウル。話が大きくなっているため、対処しきれないと考えているはず。
「……正直、これはこの町の事件では留まらない可能性がある」
俺はさらに続ける。するとナクウルはゴクリと唾を飲み込み、
「……テスアルド帝国自体が、何か仕掛けていると?」
「そう考えた方がいいだろうな……森の中に魔法陣が仕掛けてあったことを踏まえれば侵略戦争を行う準備をしていたという見方もできる」
ナクウルの表情が固まる。無理もない。
「……形はどうあれ、戦端が開かれてしまったのは事実かもしれない」
そう口にして、今後戦争に発展する可能性を考えてみる。軍には森の中に魔法陣があったということは報告している。となれば他の場所に似たような場所があってもおかしくないため、今後調査に乗り出す可能性が高い。
そして他の場所でも似たような準備がされていたとしたら、一気に緊張が高まるのは間違いない。
「ですけど、この国に帝国と戦えるだけの力があるとは……」
ナクウルが動揺を見せながら呟く……気付けば国家間の戦争に足を突っ込んでしまっている。神魔の力は人間が保有していることから、人間相手の戦いは念頭に置いていたわけだが……さすがに予想外だ。
これはシアナやエーレとも相談しなければならない所。さすがに魔王や神々としては人間同士の戦争介入は避けたいだろう。というより下手に干渉したら、それだけで事態が重くなりかねない。
魔族や神々の干渉はまずできない。となると戦争を回避するためには、どうすればいいか。
「……勇者セディ?」
俺に声を掛けるナクウル。どこかすがるような目つきなのは、事態の重さを理解しプレッシャーが肩にのしかかっているためだろう。
加え、神魔の力を持つ剣を手にし活動していたことを考えると、今起きている事象や今後起きるかもしれない戦争は自分が引き金を引いた――などと考えている可能性もある。
「……まずは、クロエがどう対処するかだな」
その中で俺は呟く。
「俺達は結果的に敵の計画の一つを潰していることになる。さらにこれが戦争に連なる計略ならこちらは看破した事にもなるし、テスアルドととっては悪い流れとなっている」
「つ、つまり?」
「エルと名乗った人物……彼を倒すことができればテスアルドの計画の一端を潰すことになる。その上で相手がどう出るかはまったくわからないが……少なくとも、テスアルド側としては計画の失敗と見ることができる以上、引き上げる可能性だって否定できない」
「できれば、そうであって欲しいですけど……」
言葉尻が小さくなるナクウル。俺としても同意見だが、どう転ぶかわからないのでこれ以上の言及は控えることにした。
沈黙したので話を切り上げようかなどと考えたのだが……ナクウルはさらに口を開く。
「その……もう一つ、いいでしょうか?」
「構わないけど、何か気になる事が?」
「……俺の、実力です」
こちらは何も発さない……これもまた、尋ねたい内容は理解できる。
「その、俺は……クロエと対等とまではいかなくとも、ニコラのように彼女を支援したいと考えたのは事実です」
「それは、なんとなく理解できるよ」
「ただ、久しぶりに会って……俺自身強くなったと自負していたのが、今回の騒動やクロエと直接戦ったこともあって、自信を失くしました」
意気消沈とする彼。そもそも基準がクロエのような実力なので仕方のない話ではあるのだが。
「……勇者セディから見て、評価して欲しいんですけど……俺は、クロエの近くで戦えるようにはなるでしょうか?」
俺は無言。しばし互いに目を合わせる。
できる、と言うのは非常に簡単な話だ。しかしそれが嘘だとわかれば、彼自身さらに落ち込むのは明白だ。
正直な所、魔物と戦うのにはそれなりだといった感じだが、魔族と戦える技量としては程遠い。確かに彼自身訓練はしているのだろう。けれど、女神から武具をもらえるような勇者と比べれば、ずいぶんと劣っているのは間違いない。
俺はなおも沈黙し……その中で提言すべきことを思い付き、ナクウルへ口を開いた。
「……正直な所、非常に難しいと言わざるを得ない」
婉曲的ではあったが、俺は厳しい言葉を投げかける。
「ナクウルさん自身、努力はしてきたと思う……けど、クロエはそれ以上の力を魔族と戦うことで手に入れている」
「そう、ですよね……やっぱり」
肩を落とすナクウル。このままでは、下手をすると力を求めドツボにはまる可能性もある。
テスアルドの計略により武器を所持した彼だ。今後甘い誘惑に乗るにしても警戒はすると思うけど……俺は、なおも続ける。
「クロエと共に、というのは難しいと思う……けど、クロエをアシストする方法は、ないわけじゃない」
言葉に、ナクウルは顔を上げる。
「それは?」
「当然ながらクロエは大陸を駆けまわりながら戦っているわけだけど……そうなると当然、自身の故郷まで目を向けることはできなくなる。そこで、ナクウルさんの出番だ」
「それって、今までとやることはほとんど変わっていませんけど」
「いや、現状から改善すべき方法はたくさんある」
「……それは?」
俺の言葉にナクウルはじっと立ちつくし耳を傾ける。
「こうした騒動と関わって、ナクウルさん自身どうにもできないとして不安に思ったのは事実だと思う。けど、魔物の襲来についてだけ言えば、国と連携すれば対処はそう難しくない」
「……国と、ですか」
「今以上に兵士達との連絡を密にして、いざ町に危険が迫った時早急に対応できる仕組みを作る……兵士以上に、この町のことを良く知っているのは戦士団だ。町の人と接し、こうした事態に備え色々と手を打っておく……そうした対策を主導して立てられるのは、戦士団だけだろう」
俺が述べた瞬間、ナクウルは驚き目を見開いた。そうしたやり方でアシストを、とは頭になかったといった雰囲気だった。




