防衛戦
「本当に、申し訳ないわ」
町の南の入口に到達した段階で、クロエが発言。それに俺は小さく肩をすくめた。
「後悔しているのか?」
「まあ、ね。しかも今回は町の人達に迷惑をかけてしまった……」
「被害が出ないように全力は尽くす。後悔はまず、敵を倒してからにしよう」
「……そうね」
クロエが返事をしたのと同時に、前方から気配。俺は後方で住民が騒ぎ始めるのを聞きながら、避難も準備も間に合わないだろうと悟る。
敵の襲撃が恐ろしいほどまでに唐突である事に加え、侵攻速度はこちらが準備をする暇さえない。この状況下で町を守るためには魔物を一頭たりとも町へ侵入させないようにしなければならず……もし全方位からの攻撃を受けたとしたら、どうしようもない。
「とりあえず、目の前の魔物達を撃破することだけを考えましょう」
クロエが言う。その言葉はこれまでに見せてきた雰囲気とは一変している。
魔王城に踏み込んだ時ともまた違う。故郷である町を守るために、ずいぶんと肩に力が入っている様子。
何か言った方がいいのかとも思ったが……その前に魔物が迫ってくる。形状としては四足歩行の獣然としたものが大半だが、その頭部は牛であったり羊であったり人間っぽいものであったりと、ずいぶんと気味が悪い。
ふと、これだけの魔物を気付けれぬまま一気に生み出したプロセスはどうなっているのか気になった。その辺りはシアナも考えているだろうから捕まえることができれば解明できそうだが……と、考えるのはここまでのようだ。
魔物が攻め込んでくる。その動きには一切の迷いがなく、先ほどの男性の指示を受けがむしゃらに仕掛けているのだとわかる。
「セディ、私がやるわ」
迫りくる魔物を見据え、彼女は言う。
「私が敵をなぎ倒すから、討ち漏らした魔物をお願い」
「構わないが……大丈夫か?」
「ええ」
一言で応じた後、彼女は剣を構え――魔物へ向け突撃を開始した。
一見すると無謀極まりない行動……だが、彼女から発せられるみなぎるような魔力を感じ取り、問題ないと俺は悟った。
「――はああっ!」
声と共に一閃した彼女の刃から、光が漏れる、俺が発する白波の剣のような衝撃波。それが魔物に直撃した直後、爆散した。
魔物が大きく吹き飛ぶ。衝撃は後続の魔物にも伝わったが、なおも仕掛ける魔物も存在する。
だがそれを、クロエは引き付け一撃で片付けた。一振りごとに魔物を確実に屠っていく……その剣は正確無比でありながら、豪快の一言に尽きる。
ただクロエではなく町へ狙いを定める魔物もいた。それについては俺が対処する。白波の剣のような仰々しいものではないが、白い刃を刀身から飛ばして撃破する。
連携としては上々。さらにクロエが殲滅する速度は俺の予想をはるかに上回っている。このままいけばそれほど時間は掛からず目の前の魔物を撃滅することができる。
魔物の生成速度がどの程度かわからないが、もし多方面から仕掛けてきてもこのペースで即撃破できたとしたら足があれば追いつけるか……そんなことを思った時、またも森から魔力。
まさか、また魔物が……!? 驚く間に咆哮が聞こえた。しかも一つや二つではない。
「森の中に何か仕掛けているような感じね……!」
クロエが言う。確かに瞬時に魔物を生み出す以上、それ以外に考えられない。
原因を断てば魔物の出現もなくなるのか……? クロエも同じことを考えているはずだが動かない。さて、どうするか――
その間に近くにいた魔物は全てクロエが叩き潰した。だが森から新手が出現し、さらに森から魔力を感じ取る。
「クロエ……」
「わかってる。けど、どちらかがここを離れると、町に被害が及ぶリスクもある」
クロエが言う。俺は手がないか考える。先ほどの男を探しているシアナをここに連れてくるか……? けれど根本的な原因である彼を野放しにしておくわけにもいかない。それに神魔の力に触れている可能性がある以上適任者としては彼女しかいない……駄目だ。
となると、ニコラを呼ぶか? いや、周囲の状況を探れなくなるのもまずい。どっちにしろリスクがある。
ふと、敵の目的はこうして俺達の行動を制限することなのかと考える。その間に別口から動こうとしているとしたら……ここで延々戦い続けるのもまずい。
「……クロエ」
再度名を呼ぶ。彼女はこちらと魔物達へ交互に視線を送りつつ聞き返す。
「何?」
「このまま魔物を食い止め続けるにしても……リスクがあるのはわかるよな?」
「そうね。この状況で別所から魔物が出るとお手上げだわ」
「現状ニコラから連絡もない以上今の所そういう気配がないのは確か……そう考えると魔物は一定の場所でしか出現させることができないのかもしれない。となれば、あの森のどこかに何か仕掛けがある可能性が高い」
「そうね」
魔物が近づく。悠長に会話していてはまずい。
「仮にその何かを破壊しに行くとして……どっちが素早く行動できると思う?」
「それを言うなら、どっちが多勢の魔物を抑えられるかの考慮をした方がいいんじゃない?」
町の守りを優先するわけか。当然か。
で、言葉を待っているとクロエは苦笑した。
「正直、仕掛けがあるにしても私が判断できる可能性は低いと思う」
「根拠は?」
「そういうのはニコラに任せてばかりいたから」
……それもどうかと思うのだが、言わずにおく。
「なら、やるとしたら俺になるわけだな?」
「そうね……けど、さすがにこれだけの魔物相手に一人で防衛するのは苦しいわね」
――もしクロエが一人でただ魔物と戦うのならばこれほど悩まなくても済むだろう。背後に故郷があるため、対応に苦慮しているわけだ。
クロエなら目の前の魔物を一蹴できるような大技だって持っているだろう。だが町の周囲に被害を与える可能性を考慮すると、思い切った攻撃ができないといったところか。
かといって、このまま耐えていても状況は悪くばかりなのは間違いなく……軍の増援を待つ場合だって、大急ぎで駆けつけたとしても数時間はかかるはず。その間にこちらが力尽きる可能性は低いが……どうするか決断するなら、今しかない。
「判断は、セディに任せる」
クロエが言う。俺はそこで考える。増援が来るかシアナが首謀者を捕らえるまで耐えるか、それともリスクをとって魔物の発生源を塞ぐか。
ここからは勘しかない。どちらが正解かはわからない……だが単純に待つという受けの選択は、相手にとって有利な方向になってしまうのでは、と俺は思った。
よって、結論を口に出す。
「……クロエ。俺が一度森に入って調べてみる」
「わかった。その間一人で耐えればいいのよね?」
「ああ。目の前の魔物をある程度殲滅したタイミングで行動に移す。だけど、長時間は動かない。さらに魔物が押し寄せて来るまでには帰ってくる」
結局のところ、こういう形にしかならないのもまた事実。時間制限ありの戦いだが、文句は言っていられない。
魔物が迫る。先んじてクロエが動き、大振りな横薙ぎによって突撃を仕掛けてきた魔物を一掃する。撃ち漏らした魔物は俺がカバーに入り撃破。それを繰り返しどんどん数を減らしていく。
さらに森から魔力。断続的に攻めてくるのかと思いつつも、森から出てくる魔物が途切れる。魔力が発生しても、魔物が生み出されるのにはタイムラグがあるのか? 色々と疑問に感じるが、ともかく魔物の発生源を止めなければどうしようもない。
やがて、町に進撃してくる魔物の数が大きく減る。もう大丈夫――そう俺は認識し、森へ向けて走り出した。




