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その勇者は最強故に  作者: 陽山純樹
勇者襲来編

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厄介な人物

 声の方向は上。商人ブルークを含むこの場にいる全員が頭上を見る。すると、


「物見遊山気分で勇者クロエの御尊顔を拝見したかったんだけど……思わぬ方向に話が進んでいるようだ」


 屋根の上。そこに、黒いローブを着た男性が立っていた。

 灰色の髪にオレンジ色の瞳……顔立ちは中性的で、声を出さなければ女性に間違われるかもしれないくらいの人物。年齢は俺よりも少し下くらいかもしれないが、取り巻く空気は歴戦の戦士にも劣らぬようなもので、ひどく奇妙に思えた。


「何? この場に首謀者がご登場ってわけ?」


 クロエが剣を抜き放ちながら告げる。すると男性はため息を漏らし、


「さっき言っただろ? あなたが帰ってきているということで興味があったって。その結果何やら探っている様子……その勘の鋭さは驚きだね」


 ここに来たのは偶然と言いたいようだが……クロエがここにいるということで呼び寄せた感じだろうか。

 とはいえ――これはこれで話が早いのも確か。


「あんたは、テスアルドの人間?」

「仮にそうであったとしても、はいと答えることはできないな」


 涼しい顔で受け答えする男性。会話の中での揺さぶりや、クロエの威嚇もまったく効いていない。こういう状況に慣れている様子。


「ま、いいや。どうせいつかはこうなるわけだったし、少し早いけどやってしまおう」


 そして不吉な事を言い始める男性。当然はクロエは反応する。


「あんた……まさか、ここが私の故郷だと知って――」

「君はあくまで魔族や魔物だけを狙う人間……けど、この国において君の価値は相当高い。もし君が戦場に立つとなればこちらも相当な被害が出るだろう」


 だから未然に芽を摘んでおくということか――すると、クロエは今にも飛び掛かりそうな雰囲気右足を前に出す。

 そのまま跳躍でもするつもりだろうか……考えていると男性は笑った。


「そう焦らないでくれよ……ま、ここで俺を殺せば事件解決というわけだから当然と言えば当然だけどさ……けど、君達が見ている俺の姿を剣で斬ったりしても、意味はないよ?」


 言葉からすると、目の前の存在は幻か人形か……言葉にクロエの足が止まる。直後、男性は笑みを浮かべた。


「それに、俺はまだこの町に何もしていない……少し怪しい人間がいてそれを片っ端から始末していたんでは、町のモラルが保たれないんじゃないか?」


 詭弁スレスレの言葉……理があるのは事実だがはっきり言って聞く耳を持とうとするだけ無駄だろう。


「じゃあ、そういうわけで一度退かせてもらうよ。次俺を捕らえることができたとしたら、正体くらいは話してあげてもいいよ」


 言って、彼は屋根の上を歩き去る。対するクロエは足に力を入れると一気に跳躍。そのまま屋根の上に立ったのだが――


「……いない。魔法で形作った存在なら当然か」


 クロエは屋根から下り、着地すると同時にナクウルへ手を差し出す。


「剣を頂戴」

「……どうする気だ?」


 俺が問い掛けると彼女は鋭い視線で見返し、


「決まっているでしょ。破壊するのよ」

「それが特殊な剣だというのはわかっているはずだ。破壊することで魔力が噴出して、さらに問題が生じる可能性もあるぞ」


 こちらの言及にクロエは押し黙る。けれど納得はいっていない様子で――


「なら、こういうのはどうですか?」


 そこで口を開いたのは、シアナ。


「魔力を遮断すれば、おそらく外部に影響はないはずです。よって、ひとまず物理的に密閉すればいいと思います」

「あ、私もそう思います」


 ニコラが同調。そこでクロエはようやく矛を収め、シアナに問う。


「わかったわ……でも、できるの?」

「特殊な武具であっても、魔力の性質自体は変わらないはずなので、魔力が漏れないよう魔法で封じることはできるはずです」

「その処置については、私がやります」

「ならニコラ、お願い」


 ニコラの言葉にクロエはそう言うと、俺へと向き直った。


「敵が何かしでかしそうな雰囲気……悪いけど、協力してもらえる?」

「ああ」


 色々言いたいことはあったが、それをグチグチ言っても仕方がないので何も語らないことにする。

 ニコラがいち早く行動を開始し、ナクウルの剣を持ってこの場を立ち去る。続いてクロエが声を発した。


「ナクウル、戦士団の拠点に人はいたけど……彼ら以外は何をしているの?」

「見張りなんかが主だけど……」

「なら警戒の度合いを強めるように言って。それと、国の駐屯地が近くにあったはずよね? そこに連絡して兵を寄越すよう頼んできて」

「お、俺がやるのか?」

「誰でもいいわよ」

「その辺りは町にいる兵士にやってもらった方がいいな」


 俺の発言。それにクロエは顔を向け、


「兵士に?」

「戦士団だと門前払いされる可能性もある……とはいえ、兵士達も事情がわからなければ納得はしないだろう。戦士団を動かすのと同時に、この町にいる兵士に声を掛けた方がいいと思う」

「わかった……ナクウル」

「お、俺一人だと事情を説明できるかどうか」

「ああもうわかったわよ。私が同行するからまずは戦士団の拠点に行きましょう」


 指示にナクウルもようやく頷き、二人は動き出そうとして――


「おい、倒れている商人はどうするんだよ!?」

「あ、忘れてた」


 俺の言葉にクロエは思い出したように呟き、その体を持ち上げる。

 あっさりと肩に担ぐ彼女。身体強化を用いているのは容易に想像できるが、ナクウルがびっくりして硬直するくらいにはインパクトがある。


 そしてそのまま走り出す。けれど去り際、クロエは俺とシアナへ振り向いて、


「二人は準備をして戦士団の建物の前に!」


 クロエの言葉に俺達は同時に頷き、それを見た彼女はナクウルと共に去った。で、残された俺達は――


「……シアナ、どうやら騒動みたいだけど」

「みたいですね。私もこのような展開は、想像していませんでした」

「遭遇したあの男……クロエの様子を見にここに来たって口ぶりだったよな?」

「はい。元々マークされていたんでしょう。そして作戦……神魔の武器を渡した場所……それも故郷を訪れたということで、観察に来たと」

「俺達が調べたのは性急だったか……?」

「町の人からすると、厄介な話かもしれませんね……相手がどのような形で干渉してくるかわかりませんので、今はまだどうとも言えませんが……」


 とはいえ、町に不利益をもたらすのは確定であるはずだ。まさか敵がこういう形で観察に来ていたとは思わなかったので、悔いるような気持ちもあるが――


「後悔は後にして、いまは起こったことに対応しましょう」

「ああ、そうだな。エーレとの連絡は?」

「宿に戻った時に行うことにします。お姉様としても対応が必要な状況……いえ、これを好機と捉える可能性も否定できませんね」


 相手が逆に接近してきたため、それを利用してということか……リスクはあるが、見返りも大きい。


「……シアナ、念の為に確認だが、さっきの男はテスアルドの関係者ということでいいのか?」

「その可能性は極めて濃厚です。もちろん証拠はありませんけど……状況的には間違いないでしょう」


 断定。まあテスアルドでないにしても神魔の力に関与している可能性は極めて高い以上、放っておくことはできないな。


「とにかく、行動することにしましょう」

「ああ。まずは報告を」


 俺とシアナは共にこの場を後にする――どうやらここでも騒動が始まろうとしている。今回はクロエが発端とはいえ……色々と複雑な心境を抱かずにはいられなかった。


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